38

レッスン中はなるべく先生を見ないように声を出すことに、歌うことに集中した。

まるで超真面目な生徒になった気分だ。


おばさんたちが時々どうでもいい世間話をし始めても、

おじいさんが、得意らしいだじゃれを言っても、

レッスンに集中した。

おじさんもレッスンに集中している。

真面目な方なのだろうか。あるいは。


先生は、薄手の細かい花柄のワンピースを着ていた。

なるべく見ないようにはしたが、時々ほぼ無意識に盗み見した。

髪型は前回と同じでゆるく巻いていた。

肌は白く左目の下に小さなほくろがある。

指輪はしていない。

ネックレスもしていない。

小さなピアスが見えた。


盗み見だけでも情報が蓄積されていく。


胸の高鳴りは今日も抑えられなかった。


ハーモニーはことのほかうまくいった。

先生がすごーいと言って褒めまくる。

じゃあ今度はこれをやりましょう!と言ってささっと楽譜に音符をちりばめた。

少し離席して、コピーをみんなに渡す。

白く指の長い手。

マニキュアもしていないようだ。

譜面を落としそうになる。

すみませんと言って反射で顔を見た。目と目が合い、心臓をなにかがずどんと突き抜けた。


重症だ。


恋のやまいとはこのことか。

顔がほてって耳が赤くなるのを感じた。

レッスンが終わり外に出て解放感で力が抜けた。


なんとかしなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る