8話 魅了された者たち

 現れた騎士は、巨人を地面へと突き飛ばすと、その大きな手でジグルゼをつかんだ。


『ジグルゼ、これに乗れ、遠隔操作には限界がある。俺もまだ復活ってわけじゃねぇ。悪いが今すぐだ』


 それは、ジグルゼ達に試験導入される予定の機体群、その中でも隊長機の物だった。


 白い肉体に紫の装甲、《スロウ》とは違う新たなる機体、それを任された高揚感、ジグルゼは返事もせずにコックピットへと乗り込んだ。


 コックピットの中は外見ほど変わっておらず、今までの《スロウ》と同じだったのに安心したのか、落ち着いた様子で座り込む。


「ティレイは……大丈夫ですか?」


 ジグルゼはコックピット内に入るとすぐに思い出したかのように通信越しにファフニールに問いかける。


 ティレイは、逃げ出した一般人の救助に行った、しかしこの《サテライト》、特に虚獣の現れたジグルゼ達の反対に真上部分では特に魔力の漏出量が多かったはず、となれば、逃げだした”人間”が魔人化してもおかしくはなかった。


「お前が心配してんのは魔人化だろ? 大丈夫……とはいえねぇ、ティレイは救出したらしいが、あっちは今ほかの隊員が《キュプリア》で向かってる。

 まぁ、お前はこっちに集中してろ。」


 やっぱりか……というのがジグルゼの思いだったが、ティレイだけでも助かったのならいいと思いコックピットの操作を始める。


「あとは頼んだぜ」


 ファフニールからの通信はそれを最後に途絶え、ジグルゼの目の前には起動時の文字列が表示される。


〈if you need to release the save mode,just hit your panel again……〉


〈started the imaginary system. Welcome to the magical world……〉


〈You are now a wizard.〉


「わかってるよ、俺はもう、魔術師だ」


 そういってハンドルに手を伸ばす。

 もうハンドルは軋まない、自ら魔術師として、ジグルゼは《イーリアス》に乗り込んだ。


 失いかけていた魔力は機体に備え付けられたタンクから補填され、ジグルゼはもう一度魔法の発動が可能となる。


 「俺が、お前を殺してやるよ、同じ魔に魅せられたものとして、お前を”人間”として殺してやる。

 それが、《ウィザード》の俺にできることだ」


 そういいながら機体の腰部についたスラスターを使い、急激に加速させ地面へと迫る。


 それに気づいた魔人は、自らに生えた触手を使い、せまりくるジグルゼの《イーリアス》を遠ざける。


「魔法はまだまだ…か、フェーズは2ってところかな。それでもデカすぎる、やっぱ”人間”は守られてる方がいいよ、俺らに」


 軽々しく迫りくる触手を避け、なおも迫るジグルゼに、魔人は慣れない魔法を無理やり撃ちだす。


 さきほどの《亜弾》が少し整っただけのモノと、見様見真似で再現される水や雷、炎の数々は、魔法としては半人前だが、魔人とした底上げされた魔力への理解度が織りなす魔法の数々は威力だけは見事だった。


「これじゃ野放しだと上にまで届くな……」


 ジグルゼはそういうと、疑似魔法の感覚で無理やり広げた盾を機体の前面に広げ、魔人の生半可な魔法を防ぐ。


 さすがに十を超える魔法の砲撃を一機体で押さえるには重かったのか、スラスターを最大まで強くしても機体が後ろへと下がっていく。


 そこに加わるように触手からの攻撃が盾と機体の後ろから這いよる。


 それに気づいたジグルゼは盾に魔法をかけ空中に固定し、這いよる触手に切りかかる。


「さっきからうぜぇんだよ……ッなぁ!! ……は?」


 盾を固定し振り向きざまに職種に剣を振りかざそうとした時だった。

 《イーリアス》の腰から手に取った剣には、あるべき刀身がなかった。


「は? 嘘だろおいおい、これ隊長機じゃねぇのか? とんだ欠陥品じゃねぇか!!」


 切りかかろうとした機体を無理やりバックで触手から突き放し、なんとか触手からの攻撃を食らうことはなかったものの、ジグルゼは手に持った剣の持ち手をどうするか考えていた。


 そんなことは知らずなおも追いかけてくる触手、それに体制を立て直した魔人が空へとジグルゼを追いかけにやってくる。

 放たれていた魔法は消えており、ジグルゼの固定した盾もその姿を消していた。


「この剣は……使い物にならねぇな、それこそ魔法で刀身生やしたりしねぇと……あ、なるほどな」


 コックピットの中で戸惑いながらも乱雑に魔法を放ちせまりくる魔人を対処していると、なにかに気が付いたジグルゼは《イーリアス》を空中で静止させる。


 空に静止したまま、迫りくる触手を避けることはせず、魔人から乱雑に放たれる魔法だけをジグルゼは一つ一つ魔法で相殺していた。


「そろそろ魔人ごっこも終わりにしようぜ? なぁ!!」


 その一言とともに、ジグルゼは自らが握る剣のグリップに魔力を込める。

 西洋的な作りの剣、柄はよくある十字架になるような剣、そうなっていなかったのは、刀身のブレイドがなかったからである。


 迫りくる魔法を相殺し、魔人の持つすべての職種が《イーリアス》の間合いに入った瞬間、ジグルゼは作り上げた、魔法の刀身を。


「《魔剣装甲 雷》」


 それは雷の刀身、刀身として凝縮されたそれは、魔法により柄から現れる。


 ジグルゼにより作られた魔法の刀身、迫りくる触手の一切を切り裂くその一撃は、紫電を纏いて魔人の触手を切り溶かした。


 さらに切り飛ばした触手の先から魔人の肉体までその紫電は足を走らせ、内部にまでダメージがわたる。


「ちったぁ”人間”らしくなったんじゃねぇか!?」


 内部にまで忍び寄る雷で魔人がその体を少し痙攣させ、一瞬の隙を見せる。

 ジグルゼはその隙を逃さず機体に魔法をかけ剣を構えたまま魔人へと切りかかる。


「《魔法装甲 青》」


 青い気を纏う《イーリアス》、その姿は彗星がごとく、魔の虜へと切りかかる。


 青色となった騎士によって放たれる紫電の一撃、紫の雷光が先走ったその瞬間、魔人は叫んだ、まるで共鳴を願う様に。


「ッあぁ!? なんだよくそが!!」


 その叫びは《サテライト》内の空気を響かせ、その勢いで切りかかった《イーリアス》も後ろへと気おされる。


 《サテライト》内に響き渡った叫び声は、やがて大きくなっていく。が、それが目の前の巨人だけのものではないことに、ジグルゼは気づかなかった。


 もう一度魔人から現れる触手、叫び声と共に《イーリアス》を威嚇するように攻撃を加えるそれは、明らかに進化を遂げていた。


 明らかに生物ではないその形状、魔人は新たな進化を手に入れた。


 それは《ステア》のままに魔人化し、戦闘機を捕食したが故の進化、かみ砕いた3人の意思、魂というべきものを引き継いだ、いや、保管していたというのか、生物的な触手だったものは、やがて機体から切り離れ、その姿を変える。


「おいおいおいおい、嘘だろこりゃあ、戦闘機を作る魔人なんて聞いたことねぇぞ!?」


 それは、魔人が噛み潰したはずの戦闘機だった。

 遠隔操作だったものを対虚獣用の物にしたがために乗せられたパイロットの姿まで見える。


 それは亡霊の姿か、先ほどまでジグルゼと戦っていた男の姿まで確かにジグルゼの目には映った。


 そして、ジグルゼは気づく、その姿の理由を。


「まさかッ!! 内部で魔人化してたってのか!? 」


 それは、ジグルゼにとって信じたくない事実であっても、間違いのない事実であり、やがて、死んだはずの魔人たちは口を開き、声を重ねて言葉を放つ。


「ダイニラウンドヲ、ハジメルトシヨウ、スベテハ」


「世界を歪めるためにだ、《ウィザード》の青年よ」


 それは明らかに男の声だった。

 ”人間”だった男は魔に魅せられてなお、その力を以て”人間”のために魔人と化す。


  


 


 


 


 




 




 


 





 


 


 

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