第16話【友情④】

〖時は進み、別れは来る〗

あれから時は経ち、俺は19となって前よりも凛々しくなった姿に女将さんは大喜びしていた。

「こんなに立派になられて、大変嬉しいばかりです」

女将さんはハンカチで涙を拭いながら今風のパーカーを着ているけいぶんに話し掛けた。けいぶんはジーンズのチャックを閉めてから女将さんの方へと振り向いて優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。女将さん、俺をここまで面倒見てくれて」

「いいのよ。それにその体の傷や筋肉、自分で鍛えたの?無理はしないでね」

「わかってますよ!」

けいぶんはこっそりと己の肉体を鍛えていたはずだったが女将さんにはバレバレだったらしい。そしてけいぶんは着替え終わって部屋を出て行こうとすると女将さんに肩をぽんぽんと叩かれ振り替えるとあの時着てた着物が綺麗に畳まれていて、その上に黒いキャップ帽子が乗っけてあった。

「これは?」

けいぶんは帽子に指を指して質問をした。すると女将さんは両手で持っていた着物と帽子を片手に変えて帽子をぽすっとけいぶんの頭に乗せた。

「ほらやっぱり、貴方の美しい髪色にぴったりな帽子です。それは私お手製なんですよ」

まさかの女将さん手作りの帽子だったことに驚いたけいぶんに女将さんは口元を隠して微笑んだ。

「えっ!?いいんですか!でも、」

「いいんですよ。私からのほんの些細なお礼でもあるのです。私を家族のように見てくれたんですから」

「俺は女将さんに幸せと居場所をくれたのですよ!?それなのに帽子まで、俺はどうすれば…」

一生懸命悩むけいぶんの頭に手を乗せて女将さんは語りかけてきてくれた。

「いいですか。私は貴方がこれからも自分らしく生きてくれるだけで良いのです。寂しくなりますが、これも親の務めですもんね」

「…」

女将さんの言葉に切なさと寂しさを感じてけいぶんはほろりと涙が溢れた。それでもけいぶんは気を確かに手で涙を拭って女将さんに覚悟を決めて最後のお礼を言った。

「今までありがとうございました!俺はこの大切な時間を絶対に忘れませんっ!!」

「はい、こちらこそありがとうございました」

 けいぶんは女将さんがくれたスポーツシューズを履いてバッグに着物を入れて帽子を被り、外に出た。外は眩しいほどに太陽が照りつけていた。大きく息を吸って、女将さんに手を振りながら走り出した。

タッタッタッ!!

「はぁ」

結局、あれから狂浪とは一度も会わなかった。そんなことも考えながら走っていると気付けばトンネルの前まで来ていた。そこで立ち止まり後ろを振り返ろうとした瞬間だった。

ブンッ!

バキィ!!

「ぐっ!あ"ぁ"」

ドサッ…

後ろから何者かに殴られたけいぶんは気を失ってその場に倒れ込む。すると数人の村人が森の方面にけいぶんを引きずって歩いて行くのだった。


「ハッ!?…此処は。そうだ、俺はあの時…」

ガチャン!

体を起こして立とうとすると金属音が聞こえると共に腕がぴんと何かに引っ張られた。見ればそれはなんと手縄であり、縄に繋がれていて身動きが取れない状態だった。気付けば被っていた帽子もなく、外は明らかに暗く唯一、月の淡い光だけが小屋の窓から差し掛かっていた。どうしてこんなことになったのか考えていると扉の方から音が聞こえ、見上げれば扉を開けて数人の村人が入ってきた。村人の顔はまるでゴミを見るかのような上目使いでけいぶんを見下していた。

「此処はどこなんだ!?何で俺をこんな所に閉じ込めたんだよッ!!」

けいぶんの声はまるで村人には届いてはおらず、縄を柱から取り外すと外に連れられ、けいぶんは縄に縛られながら歩かされた。少しするとあの時狂浪と出会った湖まで来ていて、静かな湖を見つめながら通り過ぎて更に歩いて行くと古い神社に辿り着き、御社殿(ごしゃでん)に連れ込まれて正座を無理矢理させられた。

「何なんだよテメェらぁ!!」

すると村人達は一斉に土下座をして、奥の扉に頭のてっぺんを向けた。その姿にけいぶんは少し同情できた。なぜなら…その扉の向こうから圧死されるほどの気配を感じたからだ。まるで金縛りに会ったような状態になり目をそらすことすら出来なかった。

ギィィィィ…!!

(何だ、このおぞましい程の気配…)

遂に扉が音を立てて開くと、けいぶんの目に映るその邪悪でおぞましい気配の正体は、上半身に腕が六本あり、人間の女性の姿、下半身は蛇の姿の化け物だった。そんな中、村人達は立ち上がって深く御辞儀をした後に後ろの扉から出て行った。そしてけいぶんと化け物二人だけの空間となってしまいけいぶんは何とかして縄を解こうと両手をもぞもぞさせていた瞬間だった。

シャァァァ…

「やっと、御会い出来ましたね。若い生贄よ」

化け物が口を開いたと思ったら気が付けば目の前にはもう近付いていた。その見た目の恐怖で周りの空気は寒く、重くなっていく。

「ほぉれ、何か喋らぬのか生贄よ。大事なこととかないのであるのか?」

姦姦蛇螺がけいぶんの隣に座り込み、耳の近くで囁いて来る。けいぶんは重い唇を開いて喋り出す。

「お、お前は何だよ。その姿…人間じゃねえって」

恐る恐る姦姦蛇螺へと話し掛ければ長い黒髪をくるくると弄りながらすました顔をしながら答えた。

「あぁ、私の名を言っておらぬな。私は姦姦蛇螺"かんかんだら"って言われていてね、馬鹿な村人が私の封印を解いてくれたお陰で今こうやって貴方みたいな人を弄んでは喰らっているのよ」

その言葉にけいぶんの頭の中では沢山の子供や学生達の悲鳴や呻き声が聞こえた。耳を塞いでも聞こえる声はけいぶんを徐々におかしくしていった。

「あ"、あ"ぁ"ぁ"!!」

(そうだ、ここに来たのは俺だけじゃない!!もっと、俺の前に此処でコイツに殺されて…)

「ハッ…!」

その瞬間、けいぶんの脳は情報処理が追い付かず目の前の絶望的な光景により、目から涙に変わった濁った血液が流れた。姦姦蛇螺の奥の部屋は薄暗いが確実に見えたのが様々な大きさの頭蓋骨の山やボロボロの衣類が散乱しているのが見えた。

ボタ…ボタボタ…

(目から血が…)

けいぶんは自分の目から血が垂れていることがわかり、同時に吐き気と目眩に襲われた。

「おおっと、大丈夫かい?」

倒れ掛かった所を姦姦蛇螺に掴まれて突如、頬に垂れる血液を舐められた。

「あら、貴方。今まで喰った中で一番美味しいじゃない」

「あ"ぁ"…」

もう無理だと感じたけいぶんは目を閉じて、「もう、終いにしてくれ」と言った。すると姦姦蛇螺は恐ろしい顔で微笑んでけいぶんの首筋に牙を突き立てた。 

「それじゃ、いただき…」

その瞬間に御社殿の天井が崩れると共に姦姦蛇螺の手から誰かに救出された。

「あ…あぁ、俺は…」

そして、見たことあるがぼやけた顔を見上げたが聞き覚えある声が耳に届いた。

「全く人間は、いつまで経っても自分を大切にしないんだな」

「…ッ、ハハッ。狂浪…久しぶりだな」

けいぶんを助けたのはあの時出会った狂浪であり、狂浪は姦姦蛇螺の方へ闇ある瞳で見た。その姿に姦姦蛇螺は笑い出し、その前まで普通の人間味ある顔が怨念ある悪霊の歪んだ顔になりけいぶんは恐怖の声を張り上げた。

「ギャァァァァ!!」

「うるせぇよ」

すると、一瞬で近付いて来る姦姦蛇螺に対し、狂浪がけいぶんを後ろに放り投げて姦姦蛇螺に立ち向かった。その異形と闘う狂浪の姿に自分も加勢しようと震えた足を立たせようとしたが立てずにけいぶんは自分を悔やんだ。無力で弱虫なのはあの時もそうだと思い出し、狂浪の方を見た瞬間に"親友"の人影(じんえい)が見えた。

(弱い…俺はまた、何も…)

ぽすっ…

「貴方は優しくて強い人だわ。だからもう一度、立ち上がれますか?」

けいぶんの頭に帽子が被さり、振り向けば背中を撫でる女将さんが居た。

「女将さん。どうして…」

「帽子を見つけた時にあの人が貴方の場所を案内してくれたの。あの人は姦姦蛇螺"かんかんだら"と言って昔、この村の巫女が人食い大蛇から村人を守る為に下半身を失っても闘い続けたのに村人に腕を斬られて大蛇に食べられてしまい、そんな村人達の裏切りに絶望と憎しみの感情であんな姿になってしまった人なの…呪いを広げて村人を殺すような人になってしまったの。だから私はどうにかしてあの人を救いたいのだけど…」

「わかった!」

その"思い"と自分を動かす"言葉"によりけいぶんは頬の血を拭い、今までに無い程の決心した顔を浮かべた。その時、後ろの森から村人達の声が聞こえた。

「でも、けいぶんさんが死ぬのは…」

「大丈夫!!」

「!!」

女将さんの涙声を拒み、けいぶんは言い張って女将さんに笑顔を見せて言った。

「女将さん!行って来るわ!!」

「うっ…、すん…行ってらっしゃい!」

女将さんは涙を止めて、けいぶんは女将さんを村人達の方向より斜め先に逃がした。そして、けいぶんは帽子を深く被って振り替えるとやっぱり地獄であった。

姦姦蛇螺を止めていた狂浪が壁に吹き飛ばされてけいぶんに迫って来る。近くの壁に棒が立て掛けてあるのが見えて姦姦蛇螺の六本腕を交わして棒を掴み取り、勢いで壁に両足を付けて、筋力で壁を地面のように蹴り上げて棒を振り上げて振りかざそうとしたが、女将さんの言葉を思い出して手が止まる。すると、姦姦蛇螺に掴まり、喰われかけた瞬間に再び狂浪が飛び蹴りをかまして来た。

ガシャァァァァァァンッ!!

「大丈夫か!!ケイブン!!」

「あいだっ!問題ねぇ!!」

振り落とされたけいぶんは狂浪にグッドマークを見せた。しかし、姦姦蛇螺には効果無く起き上がって来る。

(どうにかしてアイツを救いたい…でも、どうすれば…そうだ!)

「狂浪!!」

「何だよ!?」

半ギレで答える狂浪だが、けいぶんは自分の作戦を話そうとしたが姦姦蛇螺が飛び付いて来て、二人は咄嗟に避けて後ろに廻り拳を振るおうとする狂浪を止めて作戦を伝えた。

「ーーーーーー」

「なるほどな、いいだろう。失敗したらお前を置いて行くからな」

「そうか、良いだろう」

「衂ィ"ィ"ィ"ィ"ィ"!!」

瞳から青い涙を流して突撃して来る異形化した姦姦蛇螺にけいぶんはその眼を向けた。

「"止まれ"」

キィィィィィン!!

「ぐっ…亞鐚」

けいぶんの言葉に怯む姦姦蛇螺。だが、後一歩の所で予想せぬ事態が、発生した。

ゴロゴロ…ピガァァァァンンッ!!!

突如、雷がけいぶんに落ちると共にけいぶんの姿は消えてしまったのだ。それに狂浪は苦笑いをして走り去ろうとしたが村人達に後ろから羽交い締めされ、逃げようと抵抗したが姦姦蛇螺に首を絞められ、狂浪は天高く手を伸ばしたが気を失ってしまった。

ーーー

"この声が、届くのであれば応えよ。御主は何故、此処に呼ばれたか!!"

ジジジィィィィ!!

「はっ!!」

ザァァァァァ…

ーーー

「そうして俺は何も守れずに世界"ここ"に来ちまったんだ」

過去を振り返ったけいぶんの話に皆涙を流していた。

「主(あるじ)、大変だったな!!」

「主(ぬし)、悲シイ…」

創造主や刻生が泣いていて、神獣達もおいおい泣いていた。その姿を見て、けいぶんは涙を浮かべては心境から出て、自分の部屋を見ることになった。そして、ベランダに出るとふと空を見上げては泣きたくなった。

(アイツならきっと…生きてるさ)


〖友情の過去 完〗

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