第4話 真実

僕はそのまま、その場を去ることにした。

なんだか気まずくて、言いたいことも上手く言えなくて、逃げるようにして、路地裏を去った。

一体夕陽は、何を思ってあんな所にいるのだろう。

僕なんぞと会話をしなくても、彼女には友達がいるはずじゃないか。

記憶を失っているから?いや、それにしては、結構自分のこともよく知っているみたいだったし。

心の中に、急に夕陽への不信感のようなものが、湧きあがってきたような気がした。


家に帰っても、普段のように過ごすような気力が起きない。

一体彼女が何を考えているのか、何を考えて僕に笑いかけてくれたのか、わからなくなってしまったのだ。

「……ごほっ」

頭がぼんやりする。それに、咳まで出てきた。まさか…考えすぎて風邪を引いたとか言わないよな。

「あら、風邪?大丈夫?」

「もしかしたらそうかもね。体温計、取ってきてくれないか」

心配して声をかけてきてくれた母さんに、そっけなく返す。僕にとっては、今風邪を引いているのかどうかすら、正直どうでも良かったのだから。


「わかったわ。移すんじゃないわよ」

そうだ。僕の体調が心配なんじゃなくて、結局心配なのは自分に風邪を移されないかどうか。それが気になるから、わざわざ心配するようなそぶりをしたんだ。

わかっていたはずだ。結局、皆誰かを想っているようなふりをして、心配なのは自分だけだ。

僕だって、自分に興味を持つ夕陽のことしか興味がなくて、夕陽自身のこととは、ちゃんと向き合えてなかったじゃないか。


体温計の音が鳴る。体温計に表示された数字は「37.8℃」。明らかな高熱だ。

「部屋行って休んでなさい。いいわね?」

「ああ…わかった」

鼻声で上手く声が出ない。あまりに身体がだるくて、身体を動かすのすらちょっと苦痛なくらいだ。

何とか自分の部屋まで上がって、そのままベッドの上に倒れ込む。


『好きな人と何となく顔を合わせづらいです。そうか、そうか。僕もね、そういう経験はあるよ。なんか、気まずくなっちゃう時があるんだよね。けどさ、僕はそんな時間だって必要だって思うよ。人間、お互いの全部を分かり合うことだって出来ないんだからさ。

僕だって父親や母親、あと弟がいるけどね。彼らのことすらほとんどわからない。でもね、わからなくていいんだと思うよ。それでも、僕は彼らのことが家族として好きだし、尊敬してる部分もある。

だから、わからないことに怖がる必要なんてない。それでも怖いっていうのなら、僕が保証してあげる。わからないってことは別に悪いことじゃないんだ』


ラジオの音声も、いまいち頭に入ってこない。これは…思ったより重症かもしれない。

学校だってもしかしたら休むことになるだろう。

だがそれ以上に、僕にとって気にかかることがある。

そんな時ですら、夕陽の顔が頭をよぎるのだ。もし、急に会わなくなったとしたら、彼女はどう思うのかと。

それが気になって、気づけば眠れなくなってしまっていた。


頭がぼんやりとしたまま眠らないでいると、余計なことばかりが頭に浮かんでしまう。

夕陽はきっと寂しくしているだろうか。いや、そもそも僕のことなんて忘れてしまうだろうか。

夕陽だけの話じゃない。そもそも、僕が明後日も学校に来れなかったとして、心配してくれるような人間はいるのだろうか。もしそうだとしたら……。

僕は一体何を考えているのだろう。関わりもないクラスメイトのことなんて、どうでもいいはずなのに。

気付けば、頬を何か熱いものが伝っていた。きっと、風邪を引いて心細くなっているのだと、僕は思うことにした。


次の日も熱は下がらなかった。正確に言えば、一時的には下がっていたこともあったのだが、夕方になった頃にはまた37.6℃ほどまで上がっていた。

食欲もほとんどないので、晩ごはんは母さんが買ってきたゼリーだけを食べた。

もう少し食べろとも言われたが、食欲がないのだ。食欲がないのでは、どうにもならない。

「……熱、下がらないな」

鼻が詰まっているからなのか、上手く話すことが出来ない。

久々に風邪を引くとこんなにも何も出来なくなるものなのかと、改めて病気というのはこんなにつらいのかと、僕はそのままベッドに寝転がった。


人が多く歩く街の中で、僕は目的地を目指して歩いている。

目的地は…CDショップだろうか、学校だろうか、あるいはコンビニだろうか。それは、自分でもよくわからなくなっていた。

やがて歩いている間に、僕は気づくことがあった。いつまで経っても、目的地に辿り着けないのだ。

1時間、2時間と歩いていても、僕は結局着くことが出来なかった。

それでも、諦めずに僕は歩き続ける。そして、その間に、見慣れた顔を見かける。

夕陽だ。

夕陽は、顔の見えない友達と一緒に、談笑しながらそのままどこかへと去っていった。


目が覚める。今のは夢だったみたいだ。そこまで悪夢というわけではないだろうに、枕がじっとりと汗で濡れていて、少し起き抜けの気分が悪い。

不思議と、意識が今までよりはっきりしている。熱が下がったのだろうか。

目を覚まして夢の記憶を手繰ろうとしていると、母さんが部屋に入って来た。

「熱、早く測っちゃいなさい」

「…あー。わかった」

「そういえばあなた、えらい寝言言ってたみたいだけど、うなされたりとかしてない?」

「うなされてる?そんな事はないと思うけど」

「いや、なんか寝言でゆう、ひ…とか言ってたから、友達か何かの名前なのかなと思ってたんだけど」


寝言を聞かれていたらしい。というか、寝ている間に様子、見られてたのか。

いつも放任主義の母さんにしては、珍しいことじゃないか。

「実はね、昔交通事故で亡くなった私の友達と、同じ名前だから、少し懐かしくなっちゃって」


心臓が急に高鳴ってくる。

そんな、そんな偶然があるのだろうか……?


「水沢夕陽ちゃん、っていうんだけどね、明るくてとってもいい子だったわ」

僕はそのままいてもたってもいられず、部屋着のまま家を飛び出していった。

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