第17話 婚約者候補の謎
この学園には日本の学校のような大所帯の職員室は無く、先生方はそれぞれ個室の職務室を持ちそこで仕事をしている。
そのため相談事を誰かに聞かれることなく話が出来ることがありがたかった。
軽くノックをして入室すると、机で書き物をしていた先生が顔を上げた。少しずり落ちていた眼鏡を上げる仕草があいかわらずアラフォーには見えず可愛らしい。
「あの、少しお時間頂いてもよろしいですか?」
ここに来た目的は、かねてから気になっていたお茶会の婚約者候補選びと聖女選定の関係についてに尋ねる事だった。新学期初日なら先生にも時間があるだろうと考えてこの日と決めていた。
「どうしたのかな?」
「ええと…」
いきなり本題に入るのは不自然なので、まず前置きとして先ほど行われた測定の話題から入ることにした。
測定結果を見て思いのほか自分の能力が低かったこと、聖女の適性に不安を抱いたことなどを口にした。本気の相談ではないものの、若干不安を覚えたのも事実だったのでそれを伝える。
「さっきの測定を見てそう思ったのかな。あれは君の前の三人が特別に力が強いだけで、一般的な生徒ならあれが普通……むしろやや能力は高い方だと思っていい。それにあの測定はあくまで個人の傾向を測るだけだからそこまで気にしなくても大丈夫だよ」
「そうなのでしょうか……もしかしたら自分は聖女の器にはほど遠いのではないのかと不安になってしまって」
先生を騙すようなことをして申し訳ないと思いつつ、落ち込んだ様子を作ってみせる。
「もし私達二人が聖女に適さないと判断されたら、別の生徒が聖女になるということはありえるのでしょうか」
これは来年に現れるであろうヒロインを見越した質問だった。
そう尋ねてみると、マルクス先生は「ああ」と言って少し考えるように視線を外した。
「そうだね、君たちは婚約者候補となっているけれど、特別教育を受けていないから実感がないのかな」
特別教育? 何の話かわからなくて聞き返す。
すると、以前は十二歳で婚約者候補に選ばれた時点で王宮直属の精霊学者が派遣されていたこと、そのため入学前にすでに精霊学の英才教育をうけていたことなどを話してくれた。
「そういうわけで婚約者候補への教育が今と違っていたんだ。王宮が後ろ盾となって聖女の育成をしていたと言えばいいのかな。だから君たちの担任に決まった時、特別教育を受けていないという話を聞いて驚いたくらいだ」
以前と教育が違う? 思いがけない話に疑問が次々に湧きあがる。
「そうなのですか……。ではなぜ私たちの世代でそれが行われなくなってしまったのでしょうか。十二歳という若い年齢からの育成が目的なら、それがなされていない私とマリーは婚約者候補でいる理由が無いと思うのですが」
その話の通りなら、特別教育を廃止した時点で婚約者候補を作る必要性がなくなるはずだ。
「それについては、早期教育をするという目的の他にもう一つ大きな理由があってね」
「大きな理由……?」
考えてみてもこれといったものが浮かばない。見当がつかないまま先生の言葉をなぞる。
「王子の意思、ということだよ。この国には王は聖女を妻にしなければならないという決まりがあるよね。これは建国の時から守られてきた原始の掟の一つでもある。つまりこれはどういうことかというと、王となるものは結婚に自由な意思を持つことができない」
たしかに。この国の聖女は両陛下と四大守護貴族、そして有識聖職者によって選ばれ指名される。第一王子といえどもそこへ介入することは出来ない。
「つまり婚約者候補というのは、精霊力を持つ貴族女性の中から王子が好感を持った女性を複数人選ぶ。そして聖女はその中から適性のある人物を選ぶという、二段階を踏むことで法の抜け道を……おっと表現が良くないね。つまり法を破ることなく、王子の意思を尊重する文化が出来たんだ。事実、王と聖女の相性が悪ければ、夫婦問題で国の存続が危ぶまれてしまうわけだしね」
たしかにその通りだ。もし相手が大嫌いな人物…それこそゲームの悪役令嬢ライラのような人が相手だったら、お世継ぎも厳しくなるだろう………変な事を考えたらなんだか悲しくなってきた。
「だから最初の君の質問に答えると、おそらく婚約者候補以外が聖女になることはないはずだ。そうでなかったら君の言う通り、婚約者候補を決めることに意味が無くなってしまうからね」
「ありがとうございます。やっと理解することができました。でもなぜ私たちの世代で特別教育が廃止されたのでしょう。先生は理由をご存じですか?」
「それはおそらく……」
何かを言いかけて、そこで言葉が途切れた。
「いや、憶測で話すのは良くないな。ごめんね、先生も理由は知らないんだ。でも君とマリーさんが聖女候補生であることには変わらないのだから、そこは自信を持って大丈夫だよ」
先生はそういって励ましてくれたけれど、どうやら心当たりはあるらしい。
あと一押しだけ、という欲が出て先生にもう一つの質問をぶつけてみた。
「そういえば父から、先生は両陛下のクラスメイトだったと聞きました。それもあってお詳しいのですか?」
「そうだね、身近にいたからよく知っているというのもある」
特に何かを隠すような素振りもなく、ごく普通に答えられた。でもここで今から亡くなった人のことまでは深掘りするのは厳しいと考えて、ここは大人しく引くことにした。
「先生にそう言ってもらえて少し安心しました。そのお言葉を励みにしてこれからも頑張ります。聖女選定クラスに在籍していた先生に、今回のような相談をさせていただくことがあるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「それって今まで通りってことだよね? いいよ。いつでも歓迎するからまたおいで」
王妃の過去を掘り出す理由付けにそうお願いをしたら、放課後の質問魔だったことをからかわれてしまった。けれど変に思われる様子がなかったのはよかった。
私はマルクス先生にお礼を言い、職務室を後にした。
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