第18話 伝説


 不浄の地に横たわる女が言った。


『汝、その内なる光にて我に力を与え給え。さらばこの地を豊穣の地として蘇らさん』


 男は朽ちかけた女のそばに寄ると、その枯れた体に手を差し出した。すると女は大きな光に包まれ、その身が浮き上がると男の目の前に立った。


『光をその身に宿すもの。この地が我と汝の国なれば繁栄なる大国とならん。そして光と四つの精霊を崇めよ』


 男は女を精霊の使いであると信じ、言われた通り女を妻に娶った。二人は六日かけて国を作り、七日目を休息の日とした。

 やがて女は三人の男子を産んだ。年が経ち三人は青年になると、それらに聖なる祠を作らせて言った。


『我が子らよ、守人となり国に安寧を与えよ。

 一番の子、汝は光の王となり与えた女を妻となさん。その女は我の後を継ぐであろう。

 二番の子、汝は光の守人となりて一番の子を火の守人とすべし。

 三番の子、汝は光の守人となりて一番の子を水の守人とすべし。


 火の守人は一番の子を嗣子とし、二番の子を風の守人と定む。

 水の守人は一番の子に嗣子とし、二番の子を土の守人と定む。


 そして四精霊の守人が揃えし時、それらを四大守人としてこの地に継がせ絶やさんことを。

 この契りが守られば、この地は永久とならん。



──── オーラント国記 一章 創建期




 この国の人間なら誰でも知っている有名な建国の昔話である。

 千年近く前に書かれた書物であるため、歴史書というより伝説の色合いが濃い。子供向けの絵本にもなっていて、この国の子供にとっても馴染み深い話でもあった。


 日本にもあった古事記や日本書紀のような、いわゆるこの国の成り立ちが書かれているこのお話、なんと『ガイディングガーディアン』のオープニングの内容だった。

 これから始まる物語ゲームを象徴する恋伝説。

 二人の男女の出会いが描かれていることから、始まりの物語として描かれたのだろう。


 たしか内容はこんな感じだった。


──── 王子はある日、森の中で倒れている美しい姫を見つけた。衰弱した彼女は自らを精霊姫と名乗り、どうかお救いくださいと願った。

 王子は美しい姫に同情し、自分の生命を分け与えようと口づけをする。

 すると王子の純粋な願いが光の力となって奇跡を起こした。青白かった姫の顔には赤みがさし、冷え切った体は温かさを取り戻した。

 運命の出逢いを果たした二人は惹かれ合い、想い助け合う伴侶となって結ばれた ────

 

 脚色されてロマンチックに改変されているけれど、間違いなくオーラント国記の冒頭部分の話である。


 『GG』において恋伝説の重要な部分は、王子が使ったとされる『光の力』。

 物語の中で“王子が精霊姫の為に光の力に目覚めた事”に意味がある。



 ルーク様のシナリオを進めると避けては通れない『ヒロイン毒殺未遂事件』。実はこれ、未遂といっても未然に防いだわけではなく、ヒロインは毒を口にして倒れてしまうのだ。

 そのヒロインを抱き起こし、ただ救いたい一心でルーク様は光の力を目覚めさせた。彼の体が白い光を放ち、そしてヒロインを蘇らせる。


 ムービー中、普段あまり気持ちを表さないルーク様が、辛く泣きそうな顔で必死にヒロインをかき抱く姿は、今思い出しても涙が出そうになる。


 ……いや、涙ぐんでいる場合じゃない。

 いってみれば伝説の再来ともいうべきこのイベントこそが、ルーク様をメインヒーローたらしめる話であり、他の攻略キャラにはない特別なシナリオということになる。


 そして現実に話を戻すと、今現在のルーク様は光の力を持っていない。というよりも王家は光の精霊を祀ってはいるけれど、光の力そのものを持ち合わせてはいないのだ。

 オーラント国記に書かれている通り、王家の始祖が精霊姫を助ける際に光の力を得たという伝説からこの国の文化が発展した。

 しかしそれはあくまで始祖の伝説であり今の王家の人間が持つ能力ではなかった。


 つまりルーク様が光の力に目覚めるということは、千年越しの奇跡ということになるわけで……。




「ライラ=コンスティ嬢」


 読書をしながら考えに耽っていた私は、突然フルネームを呼ばれてびくりと顔を上げた。


「急に声をかけてすまなかったね。一応話しかけるタイミングを伺っていたんだが、集中していたところ申し訳ない」


 目の前には精霊祭以来久しぶりに顔を合わす、水の守護貴族ユウリが座っていた。突然美しい顔が目の前にドンと現れたらビビらない女子はいないと思う。


「ユウリ様、こちらこそ気付かずにご無礼して申し訳ありません」

 私は慌てて椅子から立ち上がり挨拶をする。


 放課後、図書室で歴史書を読みながら改めて『GG』の世界観と現実のオーラント国のことを比べていたのだけれど、深く考えこんでしまったようで声をかけられるまで全く気付かなかった。


「そんなに畏まらないで。たまたま君を見つけたから少し話してみたかったんだ」

 そう言って私に座るよう促した。


「それはオーラント国記?」

「はい。家庭教師や授業でも学んできたものですが、改めて自国の成り立ちや歴史を学びたいと思いまして再勉強していたところです」


 自宅にも置いてはあるのだが、一般に流通しているものは簡略化された改訂版のため、原書に忠実な分厚い本を借りに図書室まで来たのだ。


「ああ、たしかにそれは限られたところにしか置いてないからね。しっかり読み込むには日数がかかる。……と邪魔をした私が言うことではないか」


 にこりと笑って冗談めいたことをいう。美しい人の笑顔は絵になるなーなんて思いつつ、わざわざ声をかけてきたということは何かしら用があったのだろうかと疑問に思った。


「ユウリ様もこちらにお勉強でいらしたのですか?」

「ちょっと探している本があってね、君を見つけて声をかけたのは本当に偶然なんだ。今まで何度か顔を合わせているけれどしっかり話をしたことがなかったろう? ルーク達とも仲良くしているようだし、聖女候補生としての君も気になっていたんだ」


 なんだかふわっとした理由だったので、私も曖昧な笑みを浮かべておいた。



 それからしばらく世間話といった感じで学校の事やクラスの事、友人関係の話をした。

 共通の友人であるルーク様やディノ、エイデンの話になると話が盛り上がり、結構長話になってしまった。


「それにしてもライラ嬢は端から見る印象と大きく変わるね。精霊祭の時にも思ったけれど。他人に対してもう少し慎重に距離を置く女性かと思っていた」

「失礼ながら、私こそ聡明なお方と聞きますユウリ様をそのように思っておりました。とても朗らかでお優しくて、ついおしゃべりが過ぎてしまいましたわ」


 初めてユウリと親しく話せたことが嬉しくて自然に笑みが零れた。



 ユウリは氷のような美しい容姿で、髪色も相まって第一印象ではかなり冷淡な印象を受ける。

 ゲームでもそれは同じで、全攻略対象者の中で見た目が一番とっつきにくく感じるキャラクターだった。

 いわゆるクールビューティーなイメージでスタートするのだけれど、好感度が上がって仲良くなるにつれて、実は天然か?と思わせるエピソードが増えてくるギャップ萌えキャラでもあった。

 ちょっとした会話イベントではよくヒロインがツッコミ役をしていたものだ。


 一度はユウリを攻略しているから、ある程度どんな人柄かを把握していた。それもあってすんなり馴染めたのかもしれない。


 思いがけなくユウリとこうして話ができことはとても嬉しい出来事だった。


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