第15話 ピクニックへ行こう②

 昼食は屋外だというのに、本格的な料理が次々と並べられた。


 程なくして私たちが釣った魚がメイン料理として目の前のテーブルに置かれていく。

 一番大きな魚を釣ったのはディノで、多く釣ったのはルーク様。私の戦績はしょぼかったけれど、初めて使う釣竿で慣れない方法でやった割には良い結果だと思う。

 おそらくマス類と思われる魚が、美味しそうな切り身のムニエルとなっている。


 これはこれでいいのだけれど、キャンプだったらやっぱり塩をふってグリルか串焼きにして食べたい。あのシンプルな焼き魚が恋しくなる。



「ライラってすごいわ。魚を獲っちゃうし触れるし、何でもやってしまうんだもの」

「うん、たしかに釣りをしているライラの後ろ姿は逞しかった」


 明らかに面白がってるエイデンに反撃したのは言うまでもない。

 賑やかな時があっという間にすぎ、食事の後にはそれぞれ休憩をとったり近場を散策したりしていた。




「ライラ、ちょっといいかい?」


 川辺を歩いているとルーク様に声をかけられた。ディノは釣りを再開して、マリーはエイデンに捕まったままなので、一人ぶらぶらと川の生き物たちを眺めていたところだった。


 頷いて返事をすると、ルーク様がゆっくりと歩き出したので私も少し後ろから付いていく。草を踏みしめながら馬車を停めている林あたりまで辿り着くと、木陰の下で歩みを止めた。


 教室では皆でよくお話をしているものの、こうして二人きりになるのは王宮でお会いして以来だから少しドキドキしてしまう。その上私服のお姿を目にするのも久しぶりで、ついつい見入ってしまっていた。目に焼き付けるように斜め後ろからお姿を凝視していたら、ふいに振り返られてばっちり目が合った。


「あ…、あの、何か私にお話が?」


 誤魔化すように慌てて声をかける。


「どうだい? ここはのんびりとした空気でいいところだろう」


 とりあえず私のストーカーじみた視線には気付いていないらしい。助かった。


「はい、この辺りの地は初めて訪れましたが、想像以上に景色が美しく素敵な所でした。お誘いくださって本当にありがとうございます」


 改めてお礼を言うと、ルーク様が小さく笑った。


「いや、こちらこそ。昨日は長い時間、母とロイの話し相手をしてくれたみたいだね。ここは過ごしやすいけれど退屈だからきっと楽しまれたと思う。ありがとう」

「いえ、私の方こそ王妃陛下にお誘い頂けるなんて光栄でした」


 歪んだ親子関係を知っている身として、素直に謝意を受け取っていいのだろうかと少し悩んだ。わざわざ母親の話題を出したのは何か理由があるのだろうか?

 私は知らぬ素振りで冗談めかして話しを続けた。


「それにしてもルーク様、私が放課後にマルクス先生の所へ押しかけていることをミラ様にお話されていたんですね、あまり根詰めないようにと心配されてしまいました。ちょっと恥ずかしかったんですよ?」

「………そうか、それはすまなかった」


 そう言って微笑まれたものの、その瞳が笑っていないのがわかる。

 ルーク様は王妃にそんな話をしていない。その予想は当たっている気がする。

 好きな人とこんな探り合いのような、駆け引きめいた会話をしたいわけじゃないのに、と心が痛んだ。でもここは踏み込みどころかもしれない。


「ロイ様とは初めてお会いしましたが、四年前のルーク様によく似ていらしてとても可愛らしいお方でした。ロイ様はこういったお遊びに参加しないのですか?」

「ああ、いつもならロイにはカトルという遊び相手がいるんだが…」


 そこまで話すと、しまったという風に言葉を詰まらす。


「カトル様……地の守護司でいらっしゃるニルグラード侯爵のご令息ですか?」


 ルーク様たちとお話していると度々上がる名前である。そして攻略キャラでもあるので私は一方的に彼の事を知っている。

 そういえば、ゲームの離宮イベントでは四大守護貴族の攻略キャラがここに勢揃いしていたはずだ。今回ディノとエイデンだけなのは、まだ一年目でゲーム本番前だからかと深く考えていなかったけれど。


「……いつもは彼も来ていたんだが、今回は彼が辞退してね。我々に気を使ったらしい」


 なるほど、私たちが来ることになったから参加を見送ったのか。まだ顔を合わせてもいない、見知らぬ女性と同じ館に泊まるのは確かに気が引けると思う。もしかしたらユウリがいないのも同じ理由なのかもしれない。


「今回は我々が君たちを誘ったのだから彼らのことは気にしないでくれ。うっかりしたな…」


 困ったように手で口を覆うルーク様を見て思わず笑みが零れる。この人のこういった実直で真面目な部分が好きだと改めて思う。


 しかし兄弟関係について踏み込んだ話をしようとしたのに、話がずれてしまったのが残念だ。

 私は気を取り直してお二人とどんなお話をしたのか、楽し気な雰囲気を装いながら話しを続けた。


 私はできるだけ王妃の情報をルーク様に渡したいと思っている。全体像が全く見えていない私よりも、彼が情報を得た方が有意義だと思うからだ。

 そして王妃から、二年に上がって精霊殿巡拝が始まったら遊びに来るよう誘われたことを話すと、ルーク様の表情がわずかに硬くなったように見えた。


「そうか……それは母も楽しみにしているだろう……」


 何かを思案しているのか、心ここにあらずといった様子で言葉を紡ぐ。


 この感じ。心の内を明かさないルーク様が抱えているもの。

 放っておいたらそのまま遠くへ消えてしまいそうな危うさを感じて、ぎゅっと胸が締めつけられた。


 ゲームで、初めてルーク様に落ちた時の事を思い出す。

 元々はディノ推しだった私にとって、ルーク様は無難な正統派イケメン王子という印象で、少しばかり退屈なイメージがあった。

 でもメインシナリオをクリアしようと初めてルーク様ルートをプレイをした時、彼を攻略しようという気持ちよりも、この人を救いたいと思ってしまったことが沼の入り口だった。

 

 当時の私は苦悩を抱えるルーク様をただ画面の外から眺める事しかできず、選択肢の中からしか言葉を伝える事ができなかった。

 でも今は違う。


 私はたまらなくなってルーク様の右腕を両手でがっしりと掴んだ。


「ルーク様も! 精霊殿に通うようになったらルーク様もご一緒にミラ様のところへ行きませんか? それで学校での楽しかったことなどをお話してさしあげましょう!」


 不安を吹き飛ばすように明るく話しかけた。腕を掴まれたせいなのかそれとも勢いにのまれたのか、ルーク様の切れ長の目がパチリと大きく瞬いてこちらを見つめる。


 なんともいえない沈黙が辺りを漂って、急に恥ずかしくなって慌てて手を離した。


「っ、はしたない真似をしてすみません。なんだかここにいたら開放的な気分になってしまったみたいで」


 やばい、顔が熱い。手のひらに残るルーク様のぬくもりが今更じわじわと実感してきて、頭がくらくらした。


「……そうだな、では私も楽しみにしていようかな」


 その時に見た彼の柔らかな表情は、私の気のせいではないと思いたい。



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