第14話 ピクニックへ行こう①

「わー、いい天気!」


 館を出ると晴れ渡った青空が目の前に広がっていた。

 まさにピクニック日和ともいえる天候で、楽しみにしていた気分が更に上がる。高台のこの辺りは日差しは強いものの、空気はカラッとしていて風が爽やかだ。


 今日はこの世界に生まれてから初めてのアウトドアで、気分は最高に上がっている。多少羽目を外してもいいように、服装はシンプルかつ広がりを控えたやや短かめのドレスを選んでいるし準備万端だ。

 場所はここから二十分もかからないということで、早速私たちは男女二組に分かれて馬車に乗った。


 離宮を通り過ぎ緩やかな坂道を下っていくと、眼下には小さな林とその向こうに青々とした草原が見えた。ちょうど離宮の裏側にあたる場所で建造物も何もなく、まるで一枚の写真のように美しい景色が広がっている。


 坂を下りきると先程見えていた林に到着し、その木陰に馬車が停まったのでそこで降車した。


「……綺麗」


 マリーが私の隣でそう呟いた。

 開けた視界にはゆったりと川が流れ、陽の光に反射して水面がきらめいている。私もそれに同意して景色を一望する。


 すると、視界の端の方で何やら大掛かりなセッティングがなされていることに気付いた。

 大きなテントと、その中には白いテーブルと椅子。さらにその奥には調理台らしきものと調理器具が並べられ、あれ?ここは野外レストランですか? と問いたくなるような風景があった。


 出迎えてくれた離宮の使用人に案内されている途中、先に到着していたディノに話しかける。


「ねぇディノ。一応確認するけど、今日はピクニックという話よね?」

「ん? ああそうか、コンスティ家ではこういう余暇の過ごし方はしないのかな。さすがに王室なだけあって色々豪華だが、一般的にピクニックというのはこんな感じだ」

「え、そうなの?」


 今の今まで、芝生に大きなレジャーシート的な物を敷いて、王室特製のお弁当を食べるイメージをしていた私は驚いて口が開いてしまった。

 恥ずかしい勘違いを口にする前に知れてよかった。考えてみれば従者や使用人たちが見守る中、ご主人たちがおもむろに地面で体育座りなんてしだしたら彼らもどうしていいかわからないだろう。

 でもこれはピクニックというよりキャンプに近いのでは?と腑に落ちない思いを抱えつつ、素直についていった。



「あ、ルークが到着したみたいだよ」


 エイデンの声に皆が来た道に目を向けると、王室の馬車がちょうど停車したところだった。


 颯爽と歩いて来られたルーク様に、私たち四人が挨拶をする。


「今日が晴天で良かった。ディノ、用意はしてきたか?」

「もちろん、今日一番の楽しみはこれだからな」


 話が見えない私とマリーが二人のやり取りを見ていると、ディノは連れてきた従者を呼んで道具を持ってこさせた。

 それは細長い棒でその先端からは長い糸が延びている。それはもしかして。


「釣りをするの?」

「お、よくわかったな。ここでのフィッシングは昔から定番の遊びなんだ」

「ライラは見たことはあるのかい?」


 ルーク様の問いかけに私は頷いた。


「ええ、随分遠い昔ですけれど」


 そういつものように返すと、まじまじと釣竿を見た。





『お父さん、この魚はなあに?』

『ヤマメが釣れたか。佳奈、釣りの才能があるんじゃないか?』


 初めて釣りをした時のことが脳裏に蘇った。アウトドアが好きな父で、家族で行った何度目かのキャンプ。小学生の頃に初めて父親に釣りを教わって、ヤマメを釣って褒められた。

 毎年夏にはキャンプに行って、家族で釣りをしてバーベキューをして……とても楽しかった思い出。





「釣りに興味があるみたいだな。後でやってみるか?」

「いいの?」


 私がやりたそうにしていると見えたのか、ディノがそう提案してくれた。ルーク様も同様に後押しをしてくれる。


「初めは我々のやり方を見ているといい。後で交代しよう。ただ多少水に濡れると思うがそれは大丈夫か?」


 勘違いとはいえ、もともとレジャーシートに座ることを想定して土草で汚れてもいいような服を選んできているから問題ない。


「はい、大丈夫です。マリーはどうする?」


 話を振るとマリーはブンブンと横に首を振って少し引きぎみに拒否をする。


「わ、私は結構です! 調理されてない魚を触るなんて……ライラは怖くないの?」


 そうか、生粋のお嬢様はまずそこに抵抗があるのね。マリーの好みではないだろうなと思いつつ一応尋ねたけれど、それ以前の話みたいだ。



 それから一時間ほど過ぎた後。


「やっと釣れた~!」


 長らく水面と静かな戦いをしていたところ、ようやく一匹を釣りあげた。

 普段重いものを持たないお貴族生活を、生まれてから今までずっと続けてきたせいか、たったこれだけでのことで腕が重くだるい。


 本当はルーク様の仰った通り、しばらく男性陣のやり方を見学してから挑戦しようと思っていた。

 しかしエイデンは魚が掛からないと見るとすぐに諦めて、私に「はい、交代」と言って釣竿を手渡してきた。

 そして当の本人はマリーを誘ってテントへと引っ込み、日陰で我関せずとばかりにおしゃべりに興じている。


 といった経緯でいざ始めてみたわけだけれど、昔使っていた釣具と違うためどうも勝手が上手くいかない。隣にいたルーク様に説明を受けながら、やっとのことで釣り上げると驚いたようにこちらを見た。


「もう釣れたのか? すごいな、結構コツもいるし難しいのに」

「キャスティングもなかなか様になってるしな。本当に未経験か?」


 ディノも一緒になって目を丸くする。


「見よう見まねでやっているだけよ。あっルーク様、お魚がかかっています!」


 そうやってさらりと質問をかわししつつ、二匹三匹と釣ったところで休憩することになった。


 おつかれーと遠くからニコニコして手を振るエイデンとマリーは、見事な刺繍の施された高級感のあるテントの下で涼やかにお茶を飲んでいる。

 それを眺めながら私はルーク様とディノに小さく声をかけた。


「前から薄々思っていたんですけど、エイデンてマリーのこと好きですよね」

「そうだな」

「ああ」


 三人で生暖かく二人を見つめる。なんだかここにいる誰もが、マリーもルーク様の婚約者候補だという事を気にしている様子はないようだ。


 二人を一応微笑ましく思いながら、少し気になることもあった。

 ゲームのエイデンは、初登場時にいきなりヒロインをナンパすることになっている。では今私たちと仲良くしていて、しかもマリーに少なからず好意を抱いているであろう目の前のエイデンは、いざヒロインと出会ったらどのように絡むのだろうか?


 それはつまり『GG』のシナリオが変わるのか否かということ。


 私が今こうして離宮イベントに参加できているのは、ヒロインがまだ登場していない状態だからとも考えられる。けれど彼らとの関係が維持できれば、シナリオが変わる可能性だって十分にあると思っている。


 今起きているささやかな出来事が、いずれ運命が大きく変わるきっかけになりますように、と心の中で願った。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る