第13話 離宮訪問
王都を離れ、日が高く上る頃には周りは自然豊かな緑で覆われていた。
カタカタと揺れ続ける馬車の中から外を眺めると、遠くに小さな家がぽつぽつと不規則に立ち、周辺には小麦畑が見える。
グライアム家から正式に招待された私は、五日間の旅行に侍女一人を連れてディノが滞在しているグライアム別邸へと向かっていた。
我が家は、夏だろうが休みだろうが旅行だ娯楽だとならないのがコンスティ家だ。今年の夏は久しぶりに家庭教師を雇って勉強体制に入っていたけれど、このお誘いについては両親ともに二つ返事で了解してくれた。
そんなわけで、今こうしてはるばる遠くまでやって来ている。
太陽がてっぺんを過ぎて窓から入る日差しが強くなった頃、小高い丘を登っていった先に貴族のお屋敷と一目でわかる大邸宅が見えた。そしてさらに少し行くと大きな宮殿が見えてきて、ようやく着いたのだと実感した。
「遠いところ、ようこそおいでくださった。ディノの兄、ダイアンと申します」
到着するとディノとその兄が揃って出迎えてくれた。
ディノより十歳上と聞いていたダイアンは、筋肉がしっかりと付いて体格が良く、貴族というよりも軍人然とした風体だ。
やや強面の精悍な顔立ちだけれど、気さくな雰囲気で挨拶をしてくれた。
話によるとマリーは少し前に到着しているとのことで、最後に到着した私を迎えたダイアンはそのまま離宮に戻るとのことだった。
「兄貴はほぼ離宮で過ごすんだ。だからここで寝泊まりするのは俺らだけ。使用人の数も少ないから行き届かない部分はあるかもしれないが、それはちょっと我慢してくれ」
ディノの説明を受けながら泊まる部屋まで案内される。たしかにディノ自ら案内しているくらいだから人手が少ないのだろう。
後で使用人を送るから何かあったら伝えてくれとの言葉を残し、ディノは部屋を後にした。
ほどなくしてやってきた館の使用人から、マリーとエイデンがサロンで寛いでいると知らされたけれど、ひとまず体を休めることを優先することにした。
長い時間馬車に揺られていたので、疲れているし体がカチコチになっている。
侍女と使用人が部屋を出ていくのを見届けてから、グーンと体を伸ばし軽いストレッチをした。侍女がいる前ではできないから、こうして隙を見て行う。
そうして簡単なラジオ体操を終えた後、部屋に戻ってきた侍女に身支度をしてもらった。お腹もすいてきたしそろそろ夕食の時間なのかもしれない。
「ライラ!」
「マリー、久しぶり!」
使用人に案内されダイニングルームへ向かうと、可愛らしいドレスを着たマリーを見つけて二人で盛り上がった。休みに入ってからたった二週間会わなかっただけでテンションが上がる。
「お疲れ様。思ったより遠くて疲れたろ?」
マリーの隣にいたエイデンもそう言って労ってくれた。
「エイデンは毎年死んだような顔でここに入ってくるからな。馬車酔いするなら無理するなと言ってるのに毎年欠かさず来る」
「そりゃだって、夏一番の楽しいイベントに参加しないなんてありえないだろ」
一同が集まりダイニングルームが一気に華やいだ。
久しぶりの再会に近況報告で花を咲かせる。私の勉強三昧の日々やマリーの舞台の観劇の感想、一足早くこっちへ来ていたディノとエイデンが、ルーク様と共に狩りに出掛けていたことなどを思い思いに話した。
「それにしても夏休みまで勉強三昧って、ライラらしくて悲しいよ」
「別に悲しくないし。私自身勉強が楽しいんだから余計なお世話」
可哀想な子を見る目で憐れむふりをするエイデンに、ツンと澄まして応酬する。
「お前らってよくわからんやり合いするけど妙に息が合ってるよな。エイデンにしては珍しい」
「そうなんですか? エイデンっていつも軽口言ってるから意外ではないような?」
不思議そうにマリーが首を傾げる。
「案外違うんだな。ああ見えて幼馴染の俺たち以外には隙を見せない性格だから」
ディノの言う通り、ゲームで知っているエイデンは常に感情や言動をオブラートで包んだような掴みにくいキャラだった。
軽快でとっつきやすい雰囲気なのに、どこか捉えどころがない人。それが魅力の一つであったはずなんだけれど、今目の前で人をからかって喜んでいる人はどこの誰なんでしょうか。
「俺の事はいいの。それより明後日の話をしよう。明日マリーとライラはミラ様のところへご挨拶に行くだろ。俺たちはルークに会いに行くけど、今のところ近くの川辺でピクニックをしようという話になってる」
「いいですね、とても楽しみ!」
「私も賛成! 川遊びなんていつぶりかしら」
「おいおい、別に川遊びをするわけじゃないぞ。やりたければ止めはしないが。にしてもあのコンスティ家が川遊びをするなんて意外だな」
ディノが眉を上げて驚いた顔をする。
小さい頃にちょっとね、と誤魔化せば大抵のことはどうにかなる。ちなみにディノの言う通り、ライラの人生で川遊びをしたことなんて一度もない。
そんなひとときのディナーを過ごし、私とマリーは今日の旅の疲れを取るため早めに休ませてもらうことにした。
そして翌日。
私たちはお昼を少し過ぎたところで離宮へと向かった。ディノとエイデンは直接ルーク様のところへ、私とマリーは挨拶のため王妃のところへと案内された。
庭園の一角にある白色の美しく装飾された小さな建物。その東屋の中で王妃は優雅にお茶をしていた。隣には金髪の少年が座っている。あれは第二王子であるロイ様だろうか。
使用人から通された私たちに気付き、王妃と少年が立ち上がった。
「まあ、息子の為に遠いところまで来て頂いてご苦労様。ルークも良いお友達を持って幸せね」
二人を前にして私たちは最上級の挨拶と口上を述べた。
「あなたたちが来ると聞いてロイと二人でお茶をして待っていたの。せっかくだから少しだけ私たちとお話していかない? それともすぐにルークの所へ行きたいかしら?」
聖母のように美しく柔和に微笑まれる。
これはある意味話を聞くチャンスかもしれない。怖気づく気持ちを奮い立たせて、警戒心を気取られないよう心底嬉しそうに言葉を返した。
「いえ、そのような。私たちの憧れであられます陛下にそのようなお誘いを頂きまして、とても光栄でございます」
親愛の情を込めて見つめると、王妃は満足そうに頷いて使用人に指示を出した。二人分の椅子とカップを用意させ私たちを席へと促す。
「あなたのお話はいつもルークから聞いているわ。とても勉強熱心で、放課後は毎日のように精霊学の先生のところへ通っているとか。聖女を目指して頑張っているんでしょうけどあまり無理はしないようにね?」
初手から王妃が嘘をついているのがわかった。王妃に対してすでに警戒心を抱いているであろうルーク様が、ペラペラと自分の周りの事を話すとは思えない。とすると、私の事を別の誰かから聞いているということになる。
すっ、と肝が冷える気がした。
「マリーさんもライラさんがライバルだと大変ね。競う相手が優秀な上に勉強熱心だと全然気が抜けないでしょう?」
「いえ、ライバルなんてそんな……。でもそのような志の高い方と一緒に勉強が出来ることは、私にとても励みになります」
「……あなたたちはとても良い関係なのね。聖女候補になるとどうしてもその座を争いがちになってしまうから、人間関係が難しかったりするのだけど」
ふと王妃の顔が一瞬だけ暗い影が落ちたように見えた。
「ミラ様の学園時代に、何かお辛いことが?」
王妃から直に話を聞ける機会なんて滅多にない。踏み込んだ質問になるかもしれないけれど尋ねることにした。
「そうね、人の妬み嫉みって複雑で本当に厄介。行き過ぎると身を滅ぼしかねない恐ろしい感情なの」
思い当たりがあるのか、王妃は遠くを見つめてそうつぶやいた。まさか暗殺を企てる人からそんな話を聞くとは思わず、何と答えればいいのか分からなくなった。
「ごめんなさいね。あまり良い話題ではなかったわ。せっかくの機会だしロイも少しお話したら?」
あまり触れたくなかったのか、さっと話を切り上げ隣に座るロイ様を見る。
「いえ、話を聞いているだけでも楽しいです母上。兄上やお二人がいる時代に学園に通えないのは残念ですが、僕も早く大きくなって学園で友達を作りたいです」
たしかロイ様はルーク様の三つ下だったはずだ。うちの弟と同じ十二歳だと思う
幼い頃のルーク様とよく似た顔立ちをしているけれど、髪色は国王である父親似なのか明るく輝くブロンドだった。そしてルーク様は王妃の髪色と同じ白銀色を受け継いでいると考えると、なんとも皮肉なことに思えた。
「聖女候補生が二年に進級したら、課外の精霊殿巡拝が始まるわね。王宮の精霊殿にも通うようになったら、こうしてお茶に誘ってもいいかしら?」
その言葉に少しドキリとした。あまり親しくなりすぎると暗殺計画に巻き込まれる可能性が出てくる。かといってあまり離れすぎても、色々探るチャンスを失ってしまう。
とりあえず私は嬉しそうな顔で肯定しておいた。
美しい庭園での和やかなティータイム。でも水面下は穏やかとは言い難い気持ちがうずまいていた。
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