第12話 精霊祭

 当日は見事な晴天だった。

 広い庭園に居並ぶ平民クラスの生徒たちが一斉にファンファーレを鳴らす。


 一学期最後の日。精霊祭の始まりを告げ、大勢の生徒たちがわっと沸いた。

 普段は平民生徒と貴族生徒は棟が分かれていてほとんど交流する機会がないけれど、こうして一堂に会すると周囲は平民クラスのグレー色の制服で埋め尽くされて圧倒される。

 平民クラスは一学年に三クラスあり、一クラス当たりの人数も貴族クラスより多いからなおさらだ。

 

 庭園広場で行われるのは平民クラスによる舞踊劇。古代の衣装を着て伝承の物語を舞い演じている。


「踊りも音楽もすごいね」


 マリーが目を輝かせて見入っている。言われてみればスピーカーなんて存在しないのに、コンサートを見ているように音に迫力がある。


 この世界は電子機器がないかわりに精霊の力で利便化を図っているけれど、もしかしたらスピーカーの替わりになるような魔法があるのかもしれない。風の力は、空間の音の伝播にも影響を与えることがあるので、それを応用していそうな気がする。

 

 しばらく平民生徒の催し物を楽しんだあとには、精霊祭のメインイベントへ移行する。


 全校生徒は校舎三階の大講堂へ移動し、用意された椅子に着いた。中央に設置された一段高い舞台を中心に、半楕円に並べられた席の前列に貴族生徒が座る。


 これから行われるのは『勝利と繁栄の祝舞』という儀式だ。貴族生徒による剣舞と舞が披露される。


 先程までの庭園での賑やかさとは打って変わって、厳粛な空気が漂う。

 

 大きな鐘がなった。

 祭司が錫杖を鳴らし、精霊への感謝と敬意の言葉を連ねる。

 そして再び錫杖の音が鳴ると、剣舞を披露する二年生四人が衣装を纏って壇上に現れた。


 その中の一人、飛び抜けで目を引く佇まいをしているのは水の守護貴族であるユウリ=マルティウス。

 さすが攻略キャラなだけあって、一際美しく輝いている。


 壇上に上がった四人は、剣に精霊属性を付与して静かに型をとった。弦楽器と打楽器の伝統音楽が講堂内に静かに流れる。


 ユウリの剣には薄く水流が纏わり、流動的でありながら硬質な剣裁きが場を圧倒した。

 激しく、それでいて優美な剣舞が一通り披露されると、剣士役は舞台の四角に跪き聖女役の女子生徒を向かえ入れる。

 彼女は舞台に上がり祝福の舞を披露する。


 ふわりふわりと手足が舞うたびに、私たちが一生懸命に施した金の刺繍がキラキラと光って見惚れてしまう。

 自分たちの作ったものが晴れの舞台でお披露目される喜びを感じながら、頭の片隅で別のことにも思いを巡らせていた。


 この精霊祭は、当然ながらゲームにもイベントとして登場する。それも最重要イベントといっても過言ではなく、ルーク様狙いの場合はこの聖女役獲得が攻略条件になっている。

 ゲーム通りにいけば二年後にヒロインとこの座を巡って競い合うことになるわけで、私は気を引き締めて舞を眺めていた。



 全ての行事が終わると、最後に立食パーティが開かれた。精霊祭はいわゆる豊穣祭の類であるので、土地の恵みを存分に味わうのだ。


「ユウリ様ってば、ちょっと素敵過ぎではなくて⁉」

「さすが守護司の家系なだけあって、他の方に比べ魔法が滑らかで素晴らしかったわ!」


 クラスメイトたちが集まってわいわいおしゃべりと食事を楽しんでいる。

 私達貴族生徒はいつもの食堂でブッフェスタイルを、大人数いる平民生徒は庭園広場にて屋台スタイルを楽しんでいるようだ


「噂をすれば水の守護貴族様がいらっしゃったぞ」

 近くにいたディノが、面白がる口調で私たち女子グループに目配せする。

 振り向くと、ルーク様に挨拶をしているユウリが目に入った。


「一年生たちも楽しくやっているようだね。ルーク、私たちの舞はいかがでしたか?」

「なかなか見事だった。模擬儀式とはいえ本格的なもので感心したよ」


 この精霊祭の本家本元は王家が執り行う大祭である。本来は国王と聖女と四大守護司で行われる儀式であり、王宮にある光の精霊殿で行われている。それを模したものが国の祭りとして各地、各場所に広まっているとのことだった。

 素人目で見てもすごいと思ったけれど、毎年本物の祭祀に参加しているであろうルーク様の言葉には説得力がある。


「来年は君たちが演じることが決まっているからね。少しでも見本になっていればいいのだけれど」


 ユウリはディノとエイデンに目を向けてそう語りかけると、ずっと眺めていた私たち女子グループの方にも顔を向けた。


「あとは君たち。このクラスは数十年に一度の重要なクラスだ。聖女役ではなく、本当に聖女となる人間が二年後にこの舞台に立つ。その心構えは出来ているかな?」


 そう問われて私は自信を持って肯定した。来年にヒロインが現れることを考えれば、不安があるのは正直なところだ。でもユウリが考えている以上に人生が掛かっている私には、それは愚問でしかない。

 そして隣にいたマリーは恐縮したように小さく「はい」と答えると、それ以上は言葉が出てこないようだった。


「そういうのは先生に任せておけばいいんだって。ユウリが話すと説教臭くなるから参るよね」


 やれやれといった感じでエイデンが口を挟んだ。


「ああ、すまない。そんなつもりはなかったんだ」

「ユウリは真面目だからな。マルティウス家の嫡男として真剣に考えているのだろう。王家の者として頼もしく思うよ」


 そんなルーク様の言葉を受けてディノが笑う。

「だってよ。エイデンもジルフィード家の嫡男なんだから来年は期待しているぜ」

「ディノお前なー、跡継ぎじゃなくたってお前も他人事じゃないんだからな」


 エイデンが不満そうにむくれた。

 そうか、ディノは嫡男じゃなく兄がいたんだっけ。


 男性陣の会話を聞きながら、エイデンが口を挟んだおかげで言えなかった返事を、聖女候補生の代表としてユウリに伝えた。


「ユウリ様のご助言は私たちに染みるお言葉でした。改めてこの学年の重要性を説いてくださり、私を含め皆も気を引きしめ直したことでしょう」

「あれ、急に真面目な令嬢口調になってどうしたの」

「ちょっと! 余計な事言わないでくれる⁉」


 茶々を入れてくるエイデンに釣られてつい突っ込みを入れてしまった。

 ディノは吹き出し、ルーク様は生暖かい眼差しで私たちを見ている。エイデン許すまじ。


「このクラスは楽しそうだね、団欒中に申し訳なかった。私はこれで失礼するよ、ではルークまた後で」


 そう言ってユウリは二年生の集団に戻っていった。



「うう…緊張しました……」


 マリーが気の抜けた声でへたっている。彼の外見はとても冷やかに見えるので、その印象に呑まれてしまったのかもしれない。

 そして他の女子生徒達はというと、ポーッとユウリの後ろ姿に見惚れてキャイキャイ騒いでいた。

 同じクラスにはユウリに負けない超イケメン三人が揃っているというのに、慣れというのは恐ろしい。



 時間も過ぎ、そこそこ料理も堪能するとマリーと二人で人の少ない窓辺に移動した。庭園広場では平民生徒たちが屋台に並んで好きなものを食べ楽しんでいるようだ。

 そんな様子を見ていると、なんだか昔の文化祭を思い出して懐かしい気持ちになる。


「なんでパーティも平民と貴族を分けるのかしらね。見て、あの焼けたパリッパリに弾けてそうなソーセージ。美味しそう~」


 一番手前にある屋台を見ながらそう話す。お祭り定番の串刺しフランクフルトや焼きトウモロコシなんかもある。さすがに焼きそばやたこ焼きはなさそうだけれど、この世界のB級グルメ的な食べ物が並んでいて皆楽しそうだ。


「……ライラってたまに侯爵令嬢とは思えない時があるわよね」


 不思議そうにマリーが首をかしげた。

 突然の言葉にドキリとする。別の世界とはいえ庶民の記憶を持つ私と違い、マリーは生粋の伯爵令嬢だ。外の様子にも食べ物にも全く興味がないようできょとんとしている。


「そ、そう? 普段目にしないものって興味が湧くのよね。好奇心がくすぐられるというか?」


 周りから異質に思われるのは今後の為にもよろしくない。気を付けなければと心に留める。



「お、なんだ。こんなところにいたのか」


 そんな会話をしていた私たちのところへディノがやってきた。探していた様子だったのでどうしたのか尋ねる。


「さっきルークたちと話していたんだが、もし都合が良かったら二人とも夏休みにルークのところへ遊びに行かないか?」

「えっ!」「まぁ」


 私とマリーが声を揃えて声を上げる。

 ちょっと待って。これってもしかして。


「ルーク様のところへというのは……?」

 マリーも驚いたのか、ディノに質問をする。


「ああ。知っていると思うがルーク……というか王家は、夏の間一か月ほど離宮で過ごされるんだ。俺やエイデンは毎年お供として一緒に行っているんだが、今年は二人もどうかと思ってさ」


 やっぱり。私の頭の中で素早くゲーム情報が引き出される。

 ヒロインが転入してから三か月の間に一人でも友情モードに入ったキャラがいれば発生する、夏休み限定のボーナスイベント。

 攻略キャラ勢揃いの上、乗馬や釣り、カードゲームなどのミニゲームも存在する楽しいイベントだ。そしてここではキャラとの大幅好感度アップが狙える、とても美味しい期間だった。

 そして重要なのは、ここにはライラが参加出来ないことにある。お邪魔虫ライラが登場しないおかげで、妨害を恐れずにのびのびと攻略キャラと絡める。つまり完全にヒロインの為だけに用意されたイベントなのだ。


 事前知識のおかげでライラには離宮は無縁だと思い込んでいたので、ディノの提案には驚きを隠せなかった。

 そういう理由で少し言葉を詰まらせてしまったのだけれど、その様子を勘違いしたのかディノは遠慮がちに言葉を続けた。


「まあ急な話だし無理にとは……」

「行く! 行きます! 我が家には旅行も何も予定は入ってないからきっと大丈夫!」


 ディノが話を引き上げる素振をみせたので慌てて答えた。


「マリーはどう?」

「え、えーと、うちも多分大丈夫……おそらく両親は喜んで送り出してくれると思います。でも本当にいいんですか?」


 少し遠慮気味に、遠くでクラスメイトとお話しされているルーク様に目を向ける。


「もちろん。ルークもそれを望んでいるから声を掛けた。ただ俺からこの話をしたのは俺が招待する形になるからなんだ」


 軍と騎士団を率いるグライアム家が王家の護衛を任されていること、そしてディノの兄とその部下が離宮に同行し、ディノは幼い頃からその仕事についていって王子二人の遊び相手になっていたことをディノが説明する。


「だから正確にはグライアム家が二人を招待する形になる。宿泊はうちになるからそれでよければだが」


 うん、ゲームの設定と同じだ。ゲームの中のディノもそんな説明をしていた記憶がある。離宮の側にはグライアム家の別邸がありそこが拠点となるらしい。


 何の問題ないことを伝えると

「じゃあ決まりだな。二人ともご両親の許可が下りたら俺の所へ手紙をよこしてくれ。そうしたら正式に招待状を送る」


 そう言い残してルーク様の所へ戻っていった。その後ろ姿を二人で眺めながら、マリーが口を開いた。


「普段仲良くさせて頂いているとはいえ、まさか離宮にお呼ばれされるなんて……ライラもさすがに驚いた?」

「驚いたなんてもんじゃないわ…」


 嬉しさと興奮で頭がポーっとしている。でも思えば状況も環境も変わっているのだ。ゲーム上でありえなかったようなことが今後も起きるかもしれない。


 入学してから約四か月。もしかしたら少しずつ何かが変化してきているのかもしれない。



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