第10話 校舎裏


 入学から一週間が経った。


 ある程度学園にも慣れてきて、授業のサイクルも馴染んできている。

 基本的に一、二限目はオーラント国史や世界史、政治経済などの地歴公民。支配階級である貴族にとって大事な教育でもある。

 三限目はいわゆる体育美術枠。ここでは社交ダンスや音楽鑑賞、また男女別で武術・刺繍、といったものもある。


 そしてここで昼食となるのだけれど、これが高級レストランのような豪華な内装の食堂で、学食のランチコース料理を頂く。ぼっちだとなかなか辛い時間になりそうではあるけれど、一応学園の中庭には飲食の出来るテラスがあり、そこでお弁当を持ってきて食べることもできる。


 そして四限目は精霊学。とにかく毎日精霊学。やっとこの世界ならではの授業が出てきたけれど、これが期待外れというか、非常に地味な内容だった。

 精霊力を通した魔法の授業でもあるのだから、派手でワクワクしたものを期待してしまっても仕方がないと思う。

 それがいざ始まってみたら、精霊属性の性質や働き、作用反作用といった勉強で、まるで理科の授業を受けているような気分だった。

 でも実生活の中で、前世でイメージされていたようなサラマンダーやシルフといったような精霊の姿はない。どちらかといえば超自然エネルギー的な感じで捉えられているので、理科というのはあながち間違いではないのかもしれない。


 

 そして、今日も私は精霊学の教師であるマルクス先生に放課後会いに行っていた。


 授業でわからなかった部分を尋ねて、コツコツと知識と先生との交流を積み重ねてゆくのが目的だ。五分から十分程度のわずかな時間とはいえ、連日押しかけても先生は嫌な顔もせず快く相手をしてくれる。

 先生と仲良くなって話を聞けるようになれたら、という下心を持っていることに少し罪悪感を覚えつつ、お礼を言って職務室を後にした。


 そして教室への帰り道。

 廊下を歩いていると、窓から校舎裏の小さな庭園でマリーと二人の女子生徒が話しているのが見えた。

 なにやら険悪な雰囲気だったので、急いで階段を降りてちょうど三人が立っているドア付近まで近寄った。


「……、……それでどんな手を使ってルーク様にすり寄ったのよ!」

「そんな……」

「私たちと同じ伯爵家の娘で、お茶会の時なんてほとんど会話に参加しないで空気同然だったわよね? どうして婚約者候補に選ばれたのかしら。理由を教えてもらえる?」


 ドア越しにややヒステリックな声色が漏れ聞こえた。内容からして王宮のお茶会のことを話しているのだろうか。


 実は、年に二度ほど王宮に通っていたもう一人の婚約者候補というのがマリーだった。

 王家は非公表にしていたので相手が誰だか知らなかったのだけれど、マルクス先生から全員の前で私達二人の名前を発表された。正確に言うと婚約者候補ではなく、聖女候補生としてクラスに紹介された。


 つまりこの学園生活を通して、婚約者候補は聖女選定期間に入るということらしい。

 授業の成績、日常の立ち振る舞い、精霊力の強さなどを元に選定し、晴れて聖女に選ばれた人がルーク様の正式な婚約者となる。

 ゲーム内ではマリーにそんな情報がなかったから派手に驚いてしまったけれど、当のマリーは「私はライラも選ばれていると思っていました」とのほほんとした口調で笑っていた。


 そしてAクラスの女子は、皆あのお茶会に参加していたご令嬢たちである。

 国王は同齢の伴侶を迎えるということが慣例となっているため、必然的にあのお茶会の女子は同い年だけが集まっていた。でも当時はルーク様達のことで頭がいっぱいで、未来の同級生などという発想には至っていなかった。



 私は小さく息を吸ってドアを開けた。


「あら、マリーってば授業が終わってここでおしゃべりしていたのね。……彼女の姿が見えたから声をかけさせてもらったのだけれど。なぁに? お茶会のお話?」


 そう尋ねると「ええ、まぁ…」などときまり悪そうにマリーに詰め寄っていた二人が口を濁す。


 ここで普通にマリーをかばってもいいのだけれど、私は自分に課したルールを守らなければならない。品行方正で穏やかに。

 未来の破滅回避のためには無駄に敵を作ってはいけない。


「あら楽しそう、私も参加させて頂きたいわ。あ、もしよろしかったら今度お休みの日に皆さん家に遊びにいらっしゃらない? うちの菓子職人の新作があるのだけど、それが本当においしくて。うちの自慢のお菓子を披露させてもらいたいのよ」


 どう受け取られるかわからなかったけれど、ここは強引にでもすっとぼけてやり過ごしたかった。上手くいけば友達になれるかもしれないし。


 気さくを装って誘ってみると、令嬢二人は目を輝かせてうなずいた。あまり良い噂が聞こえてこないコンスティ家だけれど、お菓子だけは王妃のお墨付きで定評があるのだ。

 話がまとまると、二人はご機嫌な足取りで校舎に戻っていった。



「ライラ、助けてくれてありがとう」


 結構強めに当たられていたというのに、ほっとしたのか本人はほわんとした笑顔を見せる。


「せっかくのクラスメイトだし、お互いを知って仲良くなるのが一番いいかなと思ってああ言ってしまったけれど。一体どうしたのよ? 何か絡まれていたようだけど」

「えーと、校舎裏までお散歩をしましょうと呼び出されて」


 学園ドラマや漫画などでよく見るアレかしら。まさかこちらの世界で目の当たりにすることになるとは思わなかったわ。


 ちなみに私たちはお互いに敬語はやめている。伯爵家のマリーは基本的には丁寧語で話しているけれど、私に対しては規則を理由に敬語をやめるようお願いした。せっかくまた学校生活を送れるわけだし、昔みたいに気楽に話せる友人がほしかったから。


「でも考えてみれば同じ教室に合格者と落選者を放り込んだら、お互いがギスギスするのもわからなくはないわよね。八つ当たりは勘弁してほしいけれど」


 そう言いながら少し考え込んだ。

 前から疑問に思っていたのだけれど、あのお茶会は必要があったのか? というのがなんとなく頭にあった。

 聖女を第一王子の伴侶にすると法が定めているならば、聖女を決めてからその人を婚約者にすればいいだけに思える。

 それが王家の慣例だというなら考える意味もないのだけれど……。



「あ、いけない。そういえば私、明日の授業の事で先生に確認しなきゃいけないことがあったのを忘れていたわ。ライラはもう帰る?」

「そうね、……」


 ふと視線を横に向けると、赤い薔薇の植え込みに青紫色の薔薇が数本混じっているのが見えた。

 先日の、母の「幻の青い薔薇」の話を思い出してつい笑ってしまった。


「やっぱりもう少しいるわ。裏庭に来たのは初めてだし少し眺めて帰る」


 それではまたね、と言い残しマリーが庭を後にした。私は一人残って、目にした青紫の薔薇に触れる。

 ああいうお母様だけど、なんだかんだお父様といい感じで結婚されたことに少しだけ心がくすぐられた。

 もし私が断罪されることになれば我が家は取り潰しになる運命だ。以前は私自身とルーク様の為に未来を変えなければと思っていたけれど、今ではコンスティ家の家族の為にも、と自然に思うようになっていた。




「青い薔薇って珍しいらしいな」

「ひゃぁ⁉」


 誰もいないと思っていたところで急に話しかけられて変な声が出てしまった。


「俺が意地悪をしたみたいに驚かないでくれ。言っておくがさっきからここにいたぜ」


 綺麗に剪定された植え込みの横から、座って足を組んだまま半身をのぞかせる赤髪の生徒がいた。


「ディノ!……グライアム様」


 どうやら植え込みの向こうにベンチが置かれているらしくそこに居たらしい。


「なんでフルネーム? まぁいいけど、ライラ嬢は俺に話しかける時いつも呼びにくそうにしてるよな。無理して様なんて付けなくていいぜ。敬語もいらない、ディノでいい」

「あ、ありがとう。では私の事もライラと」


 冷や汗が出た。ルーク様とマルクス先生以外の攻略対象者は、内心ずっと敬称略で呼んでいたから咄嗟だとこうしてボロが出てしまう。


「ディノはずっとここにいたの?」

「人と待ち合わせ中なんだ。そうしたらなんか変な集団が来て騒ぎ出すもんだからどうしようかと思った」


 クラスメイト相手に冷たい言い方で少しだけムッとした。


「同じ教室の子じゃない。ちょっと声をかけてあげても良かったんじゃない?」

「女の争いに首を突っ込む趣味はないんでね。あんまり酷かったら割って入ったかもしれないけど、俺が何か言ったところでどうせ場所変えて同じこと繰り返すだろうし意味ないだろ」


 端正な顔で呆れたような表情を浮かべる。じっと見つめられるとその顔面の眩しさに頭がくらくらしてきた。

 さすがディノ、あいかわらず抜群の美形だわ。


 実は、私が『GG』を購入したきっかけはディノのイラストだった。

 普段あれだけルーク様連呼をしている私だけれど、一番初めにビジュアルで一目惚れをしたのはディノだったのだ。男っぽいイケメンが好みの私にはどストライクのキャラで、最速で攻略したのも彼だった。

 

「た、たしかに今思えば無視してくれていて良かったかもしれないわ。私も仲裁しやすかったし、ちょっと責める口調になってしまってごめんなさい」

「気にしてねぇよ。それよりライラは精霊学に熱心なんだな。今も先生んとこに行ってたんだろ?」


 私の抱えている教科書に視線を移して尋ねる。うなずくとディノは何とも言えないような苦笑いを浮かべた。


「そこまで根詰めなくてもいいと思うけどな、聖女になるには精霊力の資質も大きく関わるって話だし。まぁいいや。それより青い薔薇が好きなら今度ルークに頼んでみろよ。たしか王宮にもあったはずだから言えばくれるかもしれないぜ」

「え? いや、そんな図々しいお願いなんて出来ません!」


 突然ルーク様の名前を出されて自分でも顔が赤くなったのがわかる。私が婚約者候補なのを知っているから教えてくれたのだろうけど、自分の恋心を認知されているようで無性に恥ずかしくなって顔を背けてしまった。


「じゃ、じゃあ私帰ります。お邪魔しちゃってごめんなさいね」

「おう、また明日な」


 なんだかディノにルーク様のことを話されると調子が狂うわ。



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