第9話 マルクス先生
日本とこの国を比べて思うことは、この世界でもそこそこ快適な生活ができて良かったという事だった。
自動車も電車も飛行機もないけれど、トイレは水洗だし、冷暖房のような設備もあるし、簡単に使えるコンロやオーブンもある。
精霊力が込められた霊石を使えば、誰でも魔法でワンタッチに火も水も風も起こせる。精霊力が源となって、その属性が発現したものが魔法という扱いだ。
精霊の力は、一部の鉱石や人間に宿るものとされていた。この国でいうならば、王侯貴族には精霊の力が宿るけれど、平民にその力はない。能力継承には血筋が関係すると考えられており、そういうわけで平民の使用人は霊石の力を頼って仕事をこなしている。
まれに平民になった貴族の末裔が、わずかな精霊力を持つこともある。けれど基本的に貴族の持つ能力とされていた。
それらの力は、四大精霊といわれる火・水・風・土と、光の力という属性に分けられた。そしてこの国には、その力が大きく込められている五つの大霊石というものがあり、それを守護司と呼ばれるある貴族達が代々祀り護っている。
その家の息子たちが、いわゆる『GG』の中で『守護貴族』と言われていた。
担任のマルクス先生は精霊学の教師だった。そして精霊学の主任でもあり、噂によると学者レベルの知識を有しているらしい。
入学から数日が経ち、夕食をとりながら学園生活の報告を両親にしていた時だった。
「それにしてもあの男が教職についていたとはなぁ」と父が思い出すようにつぶやいた。
「お父様、もしかしてマルクス先生の事をご存じなのですか?」
社交界に顔を出していれば顔見知りでもおかしくない。でも父の口ぶりではもっと昔を懐かしむような話し方だった。
「ふむ、そうだな。特に親しい間柄というわけではないが。私が今のライラと同じようにミリシア学園に通っていた頃、オーリオは学園でちょっとした有名人でな」
話によるとマルクス先生は父の二つ年下らしい。侯爵家の三男だった彼も同じミリシア学園に通い、父が三年生になった時に入学してきたという。
「ちょうどその年は第一王子と聖女、つまり今の両陛下が通われた学年でな。全生徒から注目されていたクラスだった。同じクラスだったオーリオは、どの聖女候補生達よりも精霊力が高かったらしく、彼が女性だったら聖女第一候補生だと冗談が交わされていたくらいだった」
「その噂は私も知っていましてよ。当時私は二年生でしたけれど、あと一年生まれるのが遅かったら私も聖女候補になれましたのに、と当時はくやしい思いをしたものですわ」
母は相変わらず聖女にご執着で、別方向から話に乗っかってきた。もしかしたら当時のそういった思いの果てに聖女教育ママになってしまったのかもしれない。
「でもそのおかげで私たちが結婚できたのだから良かったではないか。学園内で『幻の青い薔薇』と謳われていた君を娶れた時はとても誇らしかったよ」
「ま、まあそのような……、確かにそうですわね……」
ポッと頬を赤らめて顔を反らす。
なんと。この母にそんな二つ名があったとは。
たしかに見事なブルーの髪を持つ美しい母だとは思うけれど、なかなか残念な面を知っている身としては想像がつきにくい。
しかしなるほど、マルクス先生は両陛下のクラスメイトだったのか。
私はそのあたりの話を聞き出そうと、もうしばらく両親に話を聞いて夕食を終えた。
マルクス=オーリオ先生。『GG』でヒロインたちの担任教師であり、隠しルートの攻略キャラクターでもあった。
実をいうと私は一度もマルクス先生を攻略したことがなかった。散々『GG』をプレイしてきた濃いファンだと自負しているのにだ。
というのも隠しルートなだけあって、フラグを立てる条件が非常に厳しかったことが原因だ。
全てのパラメータを上げ、尚且つ全キャラクターの好感度を満遍なく上げなければ先生ルートには入らない。そうなると当然ルーク様の好感度も高くなってしまうわけで、必然的に彼からのお誘いを断らなければならない場面が出てくるわけだ。
何度か攻略しようと挑戦はしたけれど、毎度その壁にぶち当たりそのままフラグが折れてしまっていた。断った時に見せるルーク様の寂し気なお顔がどうしても耐えられず、結局彼にほいほい付いて行ってしまう。
そうして結局先生ルートが失敗し、メインルートであるルーク様を攻略してしまうことになっていた。
まさかここにきてマルクス先生を攻略していなかったことを後悔するはめになろうとは。
私は自室に戻ると自作の攻略ノートを取り出した。攻略キャラのマルクス=オーリオのページを開いて、ほとんど記入されていない空白を眺めた。
『マル先生はね、昔好きな人を亡くした過去があるんだよ』
同じ『GG』好きの友達が教えてくれた情報は大事に書き残してある。攻略を諦めた私に、マルクス先生最推しだった彼女が嬉々としてネタバレしてくれていたのだ。
「学生時代に好きだった同級生がいたらしいんだけど、彼女は自信を失って自殺してしまったんだって。マル先生は彼女を救えなかったことをずっと後悔していたから、今まで結婚せずに独身だったんだよ」
しかしその好きな彼女がどういう人なのかとか、なぜ自信を失っていたのかなど、それにまつわる話はどうやら無かったようだ。あくまでヒロインとの恋愛がストーリーの主軸であるため、過去の女性の話は軽く触れる程度だったのだろう。
学者レベルの精霊学の知識と技術を持ちながら、ただの一教師でいる理由も、好きな女性が亡くなったことが原因というところも聞いている。
マルクス先生が私たちと年齢が離れていること、隠しルートキャラでイベントやスチルも他に比べて少なく情報が薄いこと、友達から聞いた過去話がメインルートに繋ると思っていなかったことから、私は彼の存在をあまり重要視していなかった。
もしかしたらとんでもない間違いだったのかもしれない。
先ほどの父の話ではやはり彼は精霊学研究の道に進むと思っていたそうだ。だから私の担任の名前を聞いて驚いた。
両陛下のクラスメイトだった。
そして好きだった同級生が失意のうち自殺。
これってもしかして、聖女候補生絡みの話ではないのだろうか?
重要な何かがここに潜んでいるような気がする。
私がしっかり攻略していればヒントを得られたのかもしれないけれど、今更それを言ったところでどうにもできないのが悔しい。
私がクリアしなければならない重要課題でもある王妃とルーク様の関係。過去の王妃について何か知ることができたら、運命を変える切っ掛けになり得るかもしれない。
ルーク様の命を守る事。これが出来なければ私の願いはただの霞となる。
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