第8話 攻略対象者
教室のある三階に着いた。
並んだ教室の壁には『1』『2』『3』と彫られた壁掛けが置かれている。そうか、貴族棟は各学年にAクラス一つしかしかないから数字表記になるのか。
新しい教室に一歩踏み入れる緊張感を、久々に味わっている気がする。
ドアを開けると、教室内にはすでに多くの生徒が集まっていた。座席で静かに本を開いている人もいれば知り合いとおしゃべりに興じている人もいる。
ざっと見渡すと一際目立つ二人組がいた。赤色の髪と薄緑色の髪をした生徒が窓辺で楽しそうに話しをしている。
赤髪の生徒はこちらに気付いたのか、ニッと小さく笑いかけてくれた。
さりげなくイケメンっぷりを振り撒かれて、こちらもぎこちない微笑みを返す。
彼は三年前にお茶会で会った、ディノ=グライアムだ。ゲームでは火を司る守護貴族として登場するクラスメイト。
それにしてもさすがディノ、顔面の破壊力がハンパない。お茶会の日の少年の面影はすっかり消え失せ、精悍な顔立ちと体に成長している。
笑いかけてくれたということは、きっと私達を憶えていてくれたのだろう。
そしてその隣で彼と話している緑色の髪の生徒。ディノの視線を追ってチラリとこちらを見たものの、興味が無さそうにすぐ顔を戻した。
彼もまた攻略対象者の一人、風の守護貴族エイデン=ジルフィードだ。
当然彼らと会うことはわかっていたけれど、こうして攻略キャラを目の当たりにすると緊張が高まる。
ここから運命を変える戦いが始まるのだと、嫌でも実感せざるを得ない。
リーン、ゴーンと重い鐘の音が響いた。これがこの学校のチャイムとなるらしい。
指定された自分の席にそれぞれが着き、教師の到着を待つ。
アンティーク調の大きい机が一人ひとりに専用に用意され、それが縦横と並んでいる。
置いてある設備は全て高級品のようだけれど、スタイルとしては日本の学校に似ていた。
座席表は家格順になっているようで、最前列の窓際には侯爵家のエイデン、その隣がディノ。そして一つ空席を飛ばすと私の席がある。
真後ろにはマリーの席があり、続けて伯爵家、その後ろに子爵家の席が続いているようだ。
「席が近くて嬉しいですね!」
「ねー!」
こんなやりとりに心が弾んでしまう。なんだかマリーと波長が合っているようで、これからも彼女と仲良くしていけたら楽しそうだ。
少し遠いノスタルジーを感じながら、そんなことを思った。
鐘が鳴ってからしばらくして二人の男性が教室に入ってきた。教師の若い男性と、白い制服に身を包んだルーク様が壇上に立つ。
「皆さん入学おめでとう。この教室を担当することになりました、マルクス=オーリオです。これから三年間、君たちはこの学園でよく学び、よい人間関係を築いてこの国を担う若者になっていってほしいと思っています」
そういって教師は柔らかく微笑んだ。淡いアッシュグレーの髪が柔らかそうに跳ね、大きめの丸眼鏡がトレードマークの青年だ。……いや、正確には青年という歳ではない。若く見えるけれど彼はアラフォーである。
実は、教師である彼もまた攻略対象者の一人だった。しかし彼については教師と生徒という間柄であることから、他の攻略対象者と違ってそこまで注意を払わなくてもいいと今は考えている。
「このクラスは他の学年とは違い、ルーク王子殿下がご入学され、同じ教室で学ばれます。それらのことを含め、まずはこの学園の方針を話していくのでよく聞いてください」
そう言って先生は説明を始めた。
まず貴族と平民は同じ校舎に通うことになるけれど、学ぶ棟が違うため基本的に関わり合うことは少ない。という前置きをした上で、
貴族と平民、または家格の違いという身分差による弾圧を認めない事。命令や威圧、または過度な称賛や謙遜というような身分差を表す態度はなるべく控えること。
規則に従い礼節を弁えた言動ならば、全生徒に発言の自由が約束されていること。
というルールを語った。
おそらく明確な階級がある世界で、纏まった人数を教育しようとなるとこのような規則を設けないとならないのだろう。
学園内で理不尽ないじめを横行させないルールなのかもしれない。
「というわけで、ルーク“君”。あなたからも挨拶を」
促されて、ルーク様が一歩前に踏み出した。
「私も今日からこの教室で学ぶことになったルーク=ヴァレンタインだ。学園の方針に従い、クラスメイトの一人として君たちと一緒に学んでいけたら幸いだ。よろしく頼む」
皆が拍手をする中、ルーク様は目の前の空いた席、私の隣へと着席した。制服を着た凛々しいお姿がとても麗しくていらっしゃる。
一日を振り返ると、今日だけで多くの人物が出揃った。
お助けキャラのマリー、攻略対象者のルーク様、ディノ、エイデン、そして担任教師のマルクス先生の五人が登場した。
ユウリは三年前に一度だけ会ってそれ以降顔を合わすことはなかったけれど、一学年上ですでにこの学園に通っている彼とはいずれ会うこともあるだろう。
残るメインキャラクターはあと二人。一年後輩になる土の守護貴族と、一年後に転入してくるヒロインだ。
舞台が整いゲームスタートへのカウントダウンが始まった。
平和な学園生活を送り、自身の破滅をまぬがれること。
そしてルーク様暗殺計画を阻止し、ヒロインに負けずに聖女に選ばれること。
もしそれが実現できたなら、私にとって最高のハッピーエンドとなる。
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