一年生編
第7話 王立ミリシア学園
カラカラと音を立てていた車輪の音が静かに止まった。
爽やかに良く晴れた朝。目的地に着いた馬車から降りて青い空を見上げると、薄く伸びた雲が流れていた。
風が紫色の髪をさらりと撫でてゆく。
王立ミリシア学園。貴族の子女と、難解な試験をくぐり抜けた優秀な平民が集められた、国の中枢を担う人材を育成する教育機関である。
そして本日はその入学日。
私は緊張した心をほぐすように大きく深呼吸をして、目の前にそびえ立つ大きな門をくぐった。
美しいシンメトリーで作られた庭園を眺めながら校舎に向かう。中央にはこの学校のシンボルともいえる大きな噴水があり、それを通り過ぎると大きな柱が構える玄関が見えた。
まるで宮殿のような立派で大きな建物は、エントランスを中心に左右に広く伸びている。
事前に通達された案内書によると、私はAクラスとなるらしい。説明では、Aは貴族クラス、B以降が平民クラスと書かれていた。
私は周囲を見渡し、あれどっちに行くんだっけ?と左右の道を見比べた。当然把握しておくべきことだったのに、ゲームの事を考えているうちにすっかりド忘れしてしまった。
学園の職員らしき人がいたので尋ねたかったのだけれど、先約の生徒となにやら話し込んでいたので困ってしまった。
とりあえず左側をのぞいてみようと足を踏み出したところで、背後から「あの……」と声をかけられた。
「もしかして、ライラ=コンスティ様でいらっしゃいますか?」
振り返ると、栗色の髪をした大人しそうな女の子がふわりと笑いかけてきた。ゆるいウェーブがかった髪が腰近くまで流れ、おしとやかな雰囲気の可愛らしいお嬢さんだ。
「ごきげんよう、えーと……」
知らない女の子だけど、どことなく見覚えがあるような。なんて考えていると、
「失礼いたしました。私ブロワイズ伯爵の娘、マリーと申します。三年前のルーク殿下主催のお茶会でご一緒させていただきました」
「あーー!」
記憶が合致して思わず大声を上げてしまった。近くにいた数人の生徒が振り返る。まずい、初日早々に貴族としてあるまじき声を上げてしまった。
いや何が驚いたって、お茶会に参加していたこともそうだけれど、それよりもこの娘、ゲームの登場人物なのだ。
私は取り繕うように咳払いをして言葉を続ける。
「コホン、こちらも大きな声を上げて失礼いたしました。マリー様お久しぶりですね。ですがあの……実をいいますと、あの時の私はあまりに緊張していたものですぐに思い出せずに失念しておりました……ごめんなさいね」
ルーク様に目が釘付けだったことと、思いがけない攻略キャラの登場によって、女性陣の記憶が頭からすっぽり抜けていた。
あの時に周囲にも目を配る余裕があったなら、おそらくルーク様へ挨拶をしている時に名前で気付いたはずだ。
マリー=ブロワイズ。この女の子は『GG』ヒロインの友達で、ゲーム内でヒントをくれたり攻略キャラの情報をお届けしてくれるお助けキャラだった。
サブキャラだからか、ヒロインや
情報屋キャラのことは、今の今まで気にしていなかった。ずっと攻略キャラのシナリオとルートばかりを気にしていたから念頭に置いていなかったのだ。
「あれは三年前のことですし、私が一方的に覚えていただけですからお気になさらないでください。……あの、よろしければ教室までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
私はほっと胸を撫でおろしてお願いした。彼女は私と同い年の伯爵家の娘なので、きっと同じAクラスだ。
ライラに生まれてから初めての学校とクラスメイトとの出会いで、自然と心が弾む。
こちらです、と反対方向の右側通路を案内された。そして長い廊下を歩きながら話を続ける。
「実は私、あのお茶会以来ライラ様に僭越ながら親しみを抱いておりまして……、入学したらお話できたらいいなと思っていたのです」
「私に?」
思ってもみなかったことを言われて驚いた。お茶会での私は他のご令嬢達に比べて存在感なんて無いと思っていたから。そう不思議に思っているとマリーが話を続ける。
「あの日、私は殿下を前にして緊張のあまり全然お話が出来ませんでした。話を振られてもしっかり受け答えもできなくて……まごまごしているうちに皆様とても会話が弾まれて。置いていかれていた私は、ライラ様の緊張も私には理解できました」
おそらくマリーと私では少し緊張の種類が違うような気もするけれど、彼女の中で親近感が生まれたのかもしれない。
「でもライラ様は、気後れして恐縮していた私とは違い、控えめながらとても美しく優雅に振る舞われているお姿に、憧れのような気持ちを抱いてしまったのです」
困り顔のような照れ笑いをされて、こちらもなんだか照れてしまった。
「あ、ありがとう。そうおっしゃって頂けるなんて嬉しいわ。でも学園で行き先を迷っている情けない姿をお見せしてしまって、失望されていないといいのですけれど」
気を遣われて「ご一緒に」と言われたけれど、あれは私が反対方向へ歩き出すのを止めてくれたのだろう。
「ふふ、お声を掛けるきっかけになれたので私としては嬉しかったです。ただ一つお教えしますと、左右には明確な違いがありますの。登園された時に白い制服とグレーの制服の生徒がおりましたでしょう? グレーが平民棟の生徒、白が貴族棟の生徒となっているのです。つまり白制服を着た生徒が歩いている方向が貴族棟ですね。案内書にはそこまで書かれておりませんでしたが、兄が教えてくれました」
なるほど。庭園には色違いの制服の生徒がちらほらいたけれど、たしかに今歩いている廊下には白制服の生徒しかいない。
「そうだったのね、マリー様に声をかけていただいて助かりましたわ。教えてくださったお兄様はお優しいのね」
私がそう言うと、思い切ったようにマリーがこちらに体を向けて立ち止まった。
「あの、もしよろしければ、これから私のことはマリーとお呼びになっていただけたら……」
次第に語尾が小さくなり、恥ずかしそうに少し顔を赤らめてそう言葉にした。
なんだろう、遠い青春時代を思い出す。この青い果実のような甘酸っぱさ。
私も自然と顔がほころぶのがわかった。
「では私のこともライラとお呼びになってね。まさか教室に辿り着く前に、お友達が出来るなんて思わなかったわ」
私がそう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。
悪役令嬢ライラの初登校。どうなるのだろうと不安もあった。
でもこうして声を掛けて来てくれたマリーのおかげで、すっかり心が軽くなっていた。
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