第6話 十五歳の夜


 あのお茶会の後、私は年に二回ほど王宮に招かれることになった。春と秋に一度ずつ、ルーク様とお茶を頂きながら親睦を深めるというものだ。


 そして母の話によると、私とは別にもう一人のご令嬢も招待されているらしい。どうやらこの二名がお茶会で選ばれた婚約者候補となるらしく、まだ正式に公表されたわけではないけれど両親は喜び褒めてくれた。


 なぜ選ばれたのか私には窺い知れないけれど、そこに少しでもルーク様の意向が入っているのだとしたらとても嬉しい。



 そしてもう一つ、あの後に大きく変わったことがあった。コンスティ家の家族関係だ。

 お世辞にも良好と言えなかった親子関係が、私のルーク様大好き宣言によって一変したのだ。


 母は、やっと娘がわかってくれたと大喜びして、鬼の教育ママから私の応援団長へと変わってくれた。

 父はしばらく厳しい顔を崩さなかったものの、私がルーク様に相応しいお相手になれるようにと意欲的に勉強とレッスンに明け暮れていたら、いつの間にか私を評価し褒めてくれるようになった。


 今までだって手を抜かず真面目に勉強をこなしていたはずなのに、この変わりようには驚いた。たしかに昔の自分には覇気がなかったと思う。でも端から見てそこまで違って見えたのだろうか。

 両親の望むものは何も変わっていないけれど、自分が夢中で頑張っていることを褒められ応援されることは素直に嬉しく思えた。


 それだけではない。私が何も言わなくても、両親は王宮で見かけたルーク様の様子をあれこれ教えてくれるようになった。今日はどこにいらした、こんな様子だったなどと嬉しい情報を知らせてくれるのだ。

 そしてそれを聞かされて育った三つ下の弟は、自然とルーク様に憧れを抱くようになったらしい。私と弟でルーク様の話をせかせば、困ったような素振りをしながらそれでも嬉しそうに話してくれた。


 そんな風に、気付いた時には我が家は和やかな家族になっていた。

 これまでギスギスしていたのはなんだったのだろうと不思議に思うほど大改善されたのだ。

 


 


 そんな三年間の時を経て、とうとう今年。

 私は十五歳になり、ゲームの舞台である王立ミリシア学園に入学することになる。時期は日本と同じ四月。


 夜も更け、私は寝衣に着替えるとお茶の用意だけしてもらい、侍女を早めに下げた。

 そうして一冊のノートを引き出しから取り出し机の上に置いた。パラパラとめくり目で内容を追ってゆく。

 そこに書き込まれているものは乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のゲーム情報。

 佳奈の記憶を思い出した時、詳細を忘れてしまう前に憶えていることすべてを書き記しておいたものだ。


 ゲームのシナリオ通りにいけば、私は三年生の半ばで破滅を迎えることになる。

 聖女候補生のヒロインを毒殺しようとした罪で、家は取り潰されライラは重い処罰を受けるのだ。処分の内容まで明かされていなかったけれど、罪の内容からしておそらく最悪に近いのものだろうと予想する。

 当然そんな未来は回避したいわけで、なんとか運命を変えるヒントを探すためにこうしてノートを引っ張り出してきたわけだ。



 まずはおさらいをしよう。

『ガイディングガーディアン』……ファンの間では『GG』と略される乙女ゲーム。

 人気絵師を起用したキービジュアルの発表で話題になった作品だ。


 それは、とある田舎の学校に通っていたヒロインが、二年生になってミリシア学園に転入してくるところから物語が始まる。

 そこで出会った精霊の象徴となる、光の守護者と四大守護貴族たちと親交を深めながら聖女を目指す。

 ゲームシステムはカレンダー式で進行、一日を『朝・昼・放課後・夜』のターンで過ごし、その間に好感度と諸々のパラメータを上げる。その結果によってエンディングが分かれるというスタンダードなスタイルだ。

 そして毎日を過ごす中で精霊の力を高め、聖女を目指すというのが一応の目的である。


 なぜ一応なのかというと、この国の聖女は国王の伴侶になるという決まりがある。つまり聖女を目指すということは、必然的に第一王子であるルーク様とのエンディングに向かうということだ。だから他のキャラクターを狙いたい場合は、聖女にならないようにパラメータのバランスを考えなくてはならない。

 

 そうしてここが大事なポイントなのだけれど、このゲームには大きなメインストーリーが存在する。それがこのゲームのメインヒーローであるルーク様のシナリオであり、ライラの破滅がしっかりと描かれるルートでもある。


 だからここで一度整理をしておく。


 まずライラがヒロインを毒殺しようとした理由、それは王妃の命令によるものだった。

 正確にいうと王妃はヒロインを狙ったのではなく、息子であるルーク様を毒殺しようとしていた。それをヒロインに嫉妬の炎を燃やしていたライラが独断でターゲットを変えたのだ。


 ではヒロインがルーク様ではなく他の攻略キャラを選んだらどうなるのか。

 ルーク様以外の全てのキャラ共通で、『ライラは重罪を犯し、破滅の道を歩んだ』との一文がエンディングのモノローグで記され、詳しい描写もないまま終わる。

 そしてルーク様に至っては攻略外の男ということで名前すら出てこない。


 これはあくまで予想なのだが、もしかしたらライラは王妃の命令通りルーク様に毒を盛ったのではないだろうか。

 王妃の企てが他キャラルートでも存在するのだとしたら、ヒロインに毒を盛らなければそれはそのままルーク様に向かうことになるはずだ。


 そもそもなぜ王妃は息子の命を狙うのか?

 聖女の座を狙っているはずのライラがなぜ王妃の命令を受け入れたのか?

 ゲームの内容だけでは情報が足りない。ゲームではあくまでヒロインVSライラという対立をクローズアップしていたので、王妃の動機は曖昧なままだったのだ。


 初めこそ自分の待ち受ける未来のことで頭がいっぱいだった。けれど、それならば自分が悪役令嬢にならなければいいのでは?と考えたら、そこまで難しい問題には思えなかった。

 品行方正に過ごして毎日を健全に過ごしていれば、おそらく王妃から悪の誘いは来ないのではないかと。


 しかしルーク様暗殺計画まで阻止することを考えると、いきなり難易度が跳ね上がる。

 なぜならライラがその役割を果たさない場合、別の人間を仕向けるかもしれないし暗殺方法だって変えてくるかもしれない。

 そうなってしまったら私の手に負えなくなり、最悪の場合ルーク様の命を失いかねない。自分のあずかり知らぬところで事が動いてしまったら、私が唯一持っているゲーム知識というアドバンテージが失われてしまうのだ。


 当然、私は自分が助かることだけを考えていない。ルーク様暗殺計画そのものを阻止しなければ、私がこの世界に生まれた意味はないとまで思っている。



 どこかに謎を解く取っ掛かりになるようなヒントはないだろうか。

 一つだけ気になっていることは、セリフ上だけで明かされる第二王子の存在だ。第一王子を亡き者にするということは第二王子を王太子にさせることと同義でもある。

 となると継子問題のように思えるが、王妃は聖女になった段階で当時王太子だった現国王と婚約している。つまりルーク様は間違いなく王妃の実子ということだ。


 動機も理由も検討がつかず、そのあたりを掘り下げるにはルーク様の置かれている環境や周囲の情報が圧倒的に足りていない。

 一番望ましい展開は、王妃とルーク様の確執が消えて暗殺計画そのものが無くなることだけれど……。


 

 しかしまず今考えるべきことは、近々入ることになる学園生活の方針だ。

 今の段階で何が正解になるのかわからないけれど、まずは自分の問題を解決するためにゲーム内の悪役令嬢の名を返上することにしようと思う。

 とにかく品行方正。周囲と揉め事を起こさず、温和に過ごしていくことを心掛ける。


 私はペンを取り、ノートの一番後ろのページを開いた。

 そこへ『知力・エレガント・社交性・魅力』と言葉を箇条書きにしていく。この四つが伸ばすべき基礎パラメータであり、攻略の肝となる。

 まずはこれを意識して一年目を過ごそう。

 ヒロインが二年目に転入してくる前までに多くの味方を作って、相手次第でどのようにでも対応できるようにしておきたい。

 少々厄介だと感じる項目は『社交性』と『魅力』で、これは努力だけではどうにもならない資質が問われるものなので心配でもある。


 まずはとにかく無難に楽しい学園ライフを送りたい。その間に王妃と王子の親子関係について色々探ってみようと思う。



 私はぱたりとノートを閉じた。

 もう間もなく、私の学園生活が始まる。

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