第4話 1月24日22時11分 青函トンネル
二人でまたサロンカーのカウンター席に陣取り、真っ暗な外を眺めていたら、車内放送が入った。次のトンネルが青函トンネルだとのこと。放送が終わってすぐの22時11分、列車の走行音がゴーという大きな音に変わった。青函トンネルに入ったのだ。
出会ってからわずか6時間(!)の割には会話が弾むようになった二人だけれど、今は二人とも無言で窓の外を流れる白いライトをじっと見つめている。文乃さんには講釈するまでもないだろう。
青函トンネルに入って十数分経った頃、目の前を緑色のライトが流れていった。僕と文乃さんは無言でハイタッチを交わす。海面下240メートルの、青函トンネルの最深部を示すライトだ。
青函トンネルを抜け本州に入ったのを機に、おやすみなさいと言葉を交わして、僕たちはそれぞれの部屋に戻った。
23時38分、トワイライトは青森駅の6番線に停車した。お客さんが乗り降りしない運転停車だ。かつては多くの夜行列車が発着した青森駅だけど、今発着する夜行列車は、寝台特急北斗星、寝台特急カシオペア、急行はまなすと、このトワイライトだけだ。
そして、この時間の青森駅にはトワイライトしかいない。一番運転時間の近い札幌発の北斗星は、この列車の1時間もあとだ。
ただ、僕の部屋からは青森駅の側線が見える。津軽海峡線でトワイライトを引っ張ってきた電気機関車、ED79が先頭から切り離されて、この側線を通って車両基地へ戻って行くのだ。
それを見終わって、日付が変わってからもボーッと窓の外を眺めて今日一日を思い返していたら、部屋のドアを控え目に叩く音が聞こえた。こんな時間に一体誰だろう。
「千里くん、ちょっといい」
ドアを開けたら、文乃さんがいた。寝間着代わりなのか、青いスウェット姿だ。もう寝ていると思ったのに。
「どうしたの?」
「北斗星がいるの」
え?そんなはずはない。どこにいる?
「こっちこっち」
文乃さんの部屋に招き入れられる。ソファーがそのままということは、僕と同じく上段のベッドで寝るようだ。いや、今はそれじゃない。文乃さんの部屋からは、青森駅のほかのホームが見渡せる。
隣のホームの3番線に、青い車体が停まっているのが見える。確かに北斗星だ。トワイライトに追いついたんだ。僕はあれだけ予習したのに、北斗星が追いつく可能性を考えていなかった。
「まだ眠くないからホームを眺めていたら、北斗星が入ってきてびっくりして、千里君にも教えようと思って」
「ありがとう!トワイライトと北斗星の並びなんて、普段は見られないんだ。見逃していたら一生後悔していたよ」
気が付くと僕は両手で文乃さんの手を握っていた。
「あ、ご、ごめん」
「あ、いえ」
慌てて僕は文乃さんの手を離した。
二人して顔を赤くしていたら、北斗星がゆっくりと上野駅へ向けて出発していった。
「本当にありががとう。文乃さんと一緒に乗れてよかった」
もう0時をかなり回ったので、再度おやすみなさいの挨拶を交わして、僕は自分の部屋に戻った。上段のベッドに登っても、僕はちょっと気恥ずかしくて、なかなか寝付けなかった。
列車が駅に止る気配で目が覚めた。うっすらと夜が明けている。6時44分。中条駅という駅名板が光っている。1月25日、今日いくつ目の運転停車だろうか。寝不足だけど頭は冴えている。
青森駅でのことを思い出したが、頭を振って追い出す。僕一人で盛り上がり過ぎたかな。まあでも、嬉しいことに、トワイライトの旅はまだ10時間も残っている。やりたいことは沢山あるのだ。
7時30分、予約しておいた朝食の時間だ。こんなに華やかな朝食は、高校生の身にはもったいないくらいだ。残念ながら、もう一人の高校生、文乃さんの姿は食堂車の中にはない。違う時間の予約だったようだ。ちょっと顔を合わせづらいのでよかったかな。
同じテーブルの人たちと話をする。父さんと同じくらいの歳の男の人に「青森駅で北斗星がいましたね」と言ったら絶句していた。僕と同じく北斗星が追いつくとは思っていなかったとのこと。言わなきゃよかっただろうか。
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