第2話 気づかない誠也の方が悪いんだからね…

「私、ヘンじゃないニャ」


 リビング内。

 ソファに座っている工藤誠也くどう/せいやの左隣には、ネコのコスプレをした友奈がいる。


「ねえ、したいことないの?」


 谷内友奈たにうち/ゆうなはソファの上で四足歩行になり、猫なで声で近づいてくる。


「俺はいいよ。それより、大丈夫なのか?」

「だから、私は問題ないニャ」


 誠也はハッキリと断る。

 がしかし、幼馴染は首を傾げるだけだった。


 幼馴染と、こんな近距離で会話するなんて小学生以来だと思う。

 距離が近いと、ヘンに感情が高ぶってきそうだ。


「やっぱりさ、熱があるんじゃないか?」


 誠也は片手で彼女の額に手を当てる。

 が、まったくその熱さは感じ取れなかった。


 平熱なのか?


「なに、不思議そうな顔をしてるニャ、熱はないよ」


 友奈は上目遣いで気にしないでと言い、それから一緒に遊ぼと言ってくる。


 夏の影響でおかしくなり、ネコのコスプレをしているわけではないらしい。


 だとしたら、本気でこんな格好を⁉


 誠也は幼馴染の体を全体的に満遍なく見渡す。


 信じがたい事である。

 が、今まさに、こうして現実として生じているのだ。


 普段は温厚でしっかり者な彼女がネコのコスプレをするなんて考えられない。


「何か、ヘンなモノでも食べたとか?」

「んん、そんなことないニャ」


 友奈は首を横に振っている。


「もしかして、疑ってるニャ?」

「そうだな、そうだよ。そもそも、こんな友奈を見たことなんてなかったしな」


 誠也は驚きのあまり、声を震わせていた。


「友奈が、そんな動物のコスプレをするなんて受け入れがたいというか」

「でも、そんなに驚いた顔をしなくてもいいじゃニャい。そんなに私の衣装似合わないのかニャ?」


 友奈は本気でネコを演じている。

 いや、むしろ、ネコそのものだと言っても過言ではなかった。


 甘えた口調で体にすり寄ってくる。

 体の距離感が狭まり、誠也の心臓の鼓動は小刻みに早くなっていく。


「でも、俺……心配なんだ」

「誠也こそ、こんな状況でやりたいことないニャ?」


 彼女は急に、誠也の頬を舌で舐めてきた。


「え?」


 誠也は目を丸くし、ゆっくりと彼女を見やる。


「ご、ごめんニャ」


 友奈はハッとし、距離を取る。

 頬を紅潮させ、もじもじとしていた。


「いや、だったかニャ?」

「俺は、やっぱり、いつもの友奈の方が」


 誠也は複雑な心境で、小さく言葉を漏らすのだった。


「でも、私は普通だよ、何度も言ってるニャ」


 友奈は上目遣いでネコっぽく言う。

 信じてほしいといった視線を向けてきている。


「私、もっと誠也から優しくされたいニャ」


 友奈は目をうるうるさせながら何かを欲しているようだ。


「えっと、そうだニャ! 十時を過ぎた頃だし、お菓子でも食べるニャ」


 リビングの時計を見やると、確かに十時を過ぎている。


「あっちの方にあったはずだよね」


 そう言って友奈はソファから立ち上がる。二足歩行でキッチンの方へ、駆け足で向かって行く。

 それから数秒後、彼女が戻ってきた。


「これあったから、これでいいニャ?」


 友奈が手にしているのは、ポッキーと書かれた赤色の箱だった。

 手に持つところ以外、すべてチョコがつけられているお菓子なのだ。


「なんで、あるところを知ってるの?」

「だって、昔、一緒にお菓子を食べた時、あっちのキッチンからお菓子を取り出して食べてたでしょ?」


 よく昔の事を覚えてるなと思う。

 そもそも、一緒にお菓子を食べていたのは、小学生の頃だったはずだ。


 母親もお菓子の保管場所を変えていなかったらしい。


 高校生になった誠也は自分でお菓子を購入してる為、今でもそこにお菓子があるとは思っていなかった。


 過去を振り返っている内に、友奈は箱から取り出した袋からチョコのポッキーを開封していた。


「あーんして」


 正座するように再びソファに座り直した彼女は、クッキーの方を誠也の唇へ向かわせてきたのだ。


「ん⁉」


 誠也の唇にクッキーの先端が当たる。


「私はこっちニャ」


 友奈はチョコがついている方を口にしていた。


 いわゆるポッキーゲームのような状態である。


 まさか、こんな事をやるのか?


 数センチ先には、幼馴染の顔がある。


 瞳に映る友奈の嫌らしい姿に動揺していると、彼女は目を瞑り、ゆっくりとチョコの先端を食べて距離を詰めてくる。


 なおさら、誠也の緊張感も増す。


 どうこうできる状況ではなく、胸元が熱くなってくるのだった。




 友奈の顔がすぐ近くにある。

 あと少しで唇同士がくっついてもおかしくない状況。


 友奈の方はまったく気にしていない為か、ポッキーを食べる口を止める事はしない。


 暑さの影響ではなく、これが彼女の本気なのだとしたら何かしら理由があるのだろう。


 誠也は彼女の肩を両手で触り、強引に止める事にした。


「な、なに?」


 友奈は瞼を見開いて、驚くように目を丸くしている。


「これって、本気なのか? わざとなのか?」


 誠也は、ポッキーから口を離す。


「……そんなの本気だから。私、冗談でこんなことしないし……」


 友奈は現実に意識を取り戻すかのように頬を紅潮させ始めていた。

 彼女が話し始めた事で、口元のポッキーがソファの上に落ちていく。


「私、この衣装になるのに、結構緊張してたんだからね」


 友奈は今まで我慢していた熱い感情を曝け出し、誠也を睨んでくる。


「好きでもないのに、こんな格好なんてしないでしょ、普通」

「好きだったのか?」

「それは……当たり前でしょ」

「え、でも、そんな素振りもなかったし」

「誠也がただ鈍感なだけ」


 彼女はジト目で誠也を見つめている。


「全然気づかなくて……」

「はあぁ……」


 ため息をはく。

 正座をしていた友奈は、足元を床につけるようにソファに座り直していた。


「でも、どうして、そんな恰好を?」

「それは、誠也って、こういう恰好をした漫画が好きだったでしょ?」

「普段から読んでる漫画に登場するキャラのコスプレって事か?」


 今日も読んでいた漫画に登場していた事を思い出す。


「そういうこと」

「よく知ってるな」

「それくらい、わかるから。というか、本気で好きだったら知りたくなるし。それと、バレンタインだって、毎年あげてたんだから、普通、気づくでしょ」


 彼女は目を瞑ったまま、恥ずかしさを堪えながら必死で伝えてくる。


「そういう事だったのか。義理ではなくて」

「はぁ? 気づかなかったの?」


 彼女は泣き目になりながらも誠也を見つめていた。


 誠也は唾を呑んだ後――


「でも、ありがとな、そういう恰好をしてくれて」


 誠也の発言に彼女は顔を真っ赤にし、無言になるのだった。




「誠也の方はどう思ってるかわからないけど。メールでやり取りをしてる子がいるんでしょ? その子には返答したの?」

「まだ、ハッキリとはしてないけど」


 友奈は一呼吸を置いた後――


「それで、どうするの? その子と付き合うの?」

「それは……」


 その子とは普通に仲がいい。

 特に悪いところもなく、クラスも高校に入学した時から同じで会話もしやすい。


 でも、一緒にいて、心の底から楽しめているかと言えば少し違う。


 幼馴染と一緒にいる時に得られる、心のゆとりを感じられないのだ。


「私、誠也がそっちの子に告白するなら、私はこれで終わりにする。頑張ったのに……」


 友奈は頭につけている猫耳のカチューシャを取っていた。


 いつからか、幼馴染と過ごした、あの日の事を忘れ。どんな時でも一緒にいてくれていた幼馴染の想いから、自身の心が離れてしまっていたのだろう。


「俺がよくなかったよな」


 一番大切にしないといけないのは、幼馴染の方だと、誠也は改めて思う。


 幼い頃から、一緒に楽しい時間を共有してくれた存在なのだ。


 彼女は恥ずかしさを押し殺してまで、好きな漫画のコスプレをしてくれていた。


 全然、漫画のキャラと雰囲気は少々違うが、彼女なりに頑張ってくれたのだとわかる。


「俺、友奈の気持ちに気づけてあげられなかった、ごめん」

「別に、いまさら謝らなくてもいいし」


 友奈はつまらなそうにしている。


「俺、友奈の気持ちを理解するようにするから」


 誠也は頭を下げる。


「まあ、そんなに言うなら」


 友奈は軽くため息をはく。


「じゃあ、今、私が求めている事ってわかるでしょ?」


 誠也は緊張感を持ち、彼女の方に正面を向ける。


 それから、誠也は彼女に対し、想いを伝えるのだった。


 それは友奈にとっても正解だったらしく。強気な姿勢だった幼馴染の顔つきは穏やかになっていき、ネコのように誠也に抱きついてきた。


 誠也が彼女の頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑みを零している。


 これからは幼馴染としても、恋愛対象としても、友奈の事を大切にしていきたいと思うのだった。

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しっかり者な幼馴染と同居することになったんだけど、ペットな彼女として俺に甘えてくる。 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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