第20話 橘平、家を案内する

 とんとんとん、と4人は階段をあがり、橘平の部屋へやって来た。


 彼の部屋はキレイでもなければ、汚くもない。本棚には漫画や子供の頃に買ってもらった図鑑、机には教科書とノートが積まれ、通学リュックが床に寝そべっている。ロボットや城の模型も飾ってあった。


「えーっと。飲み物持ってくるんで…とりあえず座っててください」と、橘平は折り畳み式の小さな丸テーブルを設置する。


 自分の部屋に同級生以外が来た。女の人は小学校以来かもしれないな。そう思いながら、橘平は再度下へ降りて行った。


 桜は言われたとおりに座るが、向日葵は立って部屋を歩き回っていた。葵も橘平の机などを眺めている。


 向日葵はベッド側の壁に飾ってある、ポスターのようなものを眺めた。どこかの国の美しい風景だ。青々と茂る木々、空など、美しい色彩で神秘的である。


「きれいな写真ねえ」


 桜も立ち上がり、そのポスターを観る。 


「どこかしら。ヨーロッパの方かなあ。ちょっとアジアな雰囲気も感じる。不思議な風景」


「ふーん、アイドルとか美少女キャラのポスターじゃなくて風景ね。きーちゃん、ロマンチストだわ」


「…ん?」


 桜はベッドに乗りポスターに近づいた。


「ポスター?うん、写真だよね?」


「どしたのさっちゃん」


 女子二人がそちらに興味を持っている間、葵は別のことに目を向けていた。


 八神のお守りだ。


 癖でよく書くと、彼は話していた。橘平の持ち物を観察してみると、通学リュックにあのマークが刺繍してある。ノートや教科書の表紙の端の方にも書かれている。


 女子たちが気づいたかは分からないが、玄関の靴箱の上に、あの模様が書かれた小さな札が貼られていた。おそらく、敷地内にたくさん見つけることができるだろうと葵は予測した。


「すんません、ドア開けてくれますかー」


 扉の近くにいた葵が開ける。橘平が温かいウーロン茶と茶菓子をもって入って来た。キャンディーチーズや個包装のクラッカー、一口大のせんべいなどが丸い皿に詰まっている。


 みなで小さな丸テーブルを囲み、橘平が八神家について説明を始めた。


「おそらく、蔵とか倉庫とか探すと思うんですけど、うちは分家なんで特別なものは何もないんです。この家と庭だけ」


「うんうん、かちょー次男だもんね」


「よく知ってますね」


「お茶友だから」


「つっても、すぐ隣が本家です。うちと本家の仕切りって特になくて、ほぼ同じ敷地。自由に行き来できます。あ、しいて言えば、ちょっとした植木とか花がありますけど」


「じゃあ、本家の方に姿を見られても、怪しまれることはないかしら?」


「たぶん。本家の裏口から山の方に出られるからさ、よく友達と本家通って遊びに行ってたし」橘平はウーロン茶を一口すする。「それに本家っていってもさ、じいちゃんとばあちゃんしか住んでないから。そんなに心配しなくても大丈夫だと思う」


「他のご家族は住んでないんだ」


「あー、おじさんたちがいたけど…嫁姑問題でちょっと。じいばあがいなくなったら本家に住むかもってさ。ああ、近くにはいるんだけど」


「うーん、どこんちも家族トラブルはあるねえ」


 かさり、と向日葵がチーズの包みを開けながらしみじみ言った。


「二宮家もあるんすか?」


「まあねえ。例えば私は兄貴が超嫌い」


「兄貴。お姉ちゃんだと思ってた」


「なのにあいつと同じ職場!課!入職からずっと異動願い出してる。受理されない、辞職すらできないのは分かってるけど出し続けるよ。いつか離れられるはず」


 誰とでも仲良くできる人、家族仲もよさそう、という印象だったので、橘平は意外だった。


 職場から離れられないのは、村の引力、「なゐ」のせいだろう。


「嫌いでも、せめて出勤したら挨拶くらいしろよ。ほんと」


「あーやだやだ、休日にあいつの顔なんて思い出したくない!ってか葵に言われたくない!」


 早く話題を変えたほうがよさそうだ、と橘平は察した。


「えー、とりあえず敷地を案内します!」と立ち上がった。


 3人もそれぞれ立ち上がる。向日葵と桜はコートを羽織り持ち物はスマホのみという恰好だが、葵はメッセンジャーバックから30センチくらいの細長いものを取り出し、腰の後ろに下げた。


「なんですかそれ?リコーダー?」


「短刀。なんでリコーダー持ってくんだ」


 橘平は心配しすぎではと思った。しかし桜を全力で守るには、注意も準備もしすぎるほどがいいんだ、と考え直した。


 どんな時でも非常時を想定し、しっかり準備する葵。


 明るい笑顔で場を和ませる向日葵。そして怪力。


 では、橘平が桜のためにできることは何だろう。今すぐ思いつかないけれど、早急に見つけたいと願う橘平だった。


◇◇◇◇◇ 


 八神分家の裏に周ると、すぐ本家が見えた。話通りにちょっとした植木や花があり、すんなり敷地内に入れた。


「八神本家は一宮とか他の本家みたいに立派じゃないんで、敷地って言っても狭いです。探すところもそんなにないと思うんすけど。家になければ…山…?」


「げー、山はごめんだよ」


 向日葵の言うように、この敷地内で早々になにか手掛かりがみつかれば。みな思いを一つにするのだった。


 橘平の家側の本家の敷地には、木造の古い物置小屋があった。


 桜がその壁を眺めていると、あの模様を見つけた。


「物置小屋の壁にお守りのマークがある」


「うん、どの建物にも基本的に彫ってある。うちも基礎と、壁のどっかに彫ってあったな」


「橘平君の持ち物にも書いてあったな」


「え、見たんですか!?」


「見えたんだよ、失礼だな」


「あ、すんません。はい、前も言ったと思うんですけど、いろんな物に書いてます。なんか落ち着くんで」


「八神家で大切に受け継がれてきたものなのね。じゃあ、この小屋入ってみていい?」


 と、桜が物置を指さす。


「どーぞどーぞ。大したものないし、めちゃくちゃちらかってるけど…」


 それなりの広さを持つ物置小屋の中は、工具類や農作業用の道具が置かれていた。そのほか、使わなくなったと思われる家具や置物、コマや凧などの玩具、多種多様、雑多に物が置かれていた。


 予想以上に埃や土なども付いており、橘平は人数分の軍手と、女性陣には「俺ので申し訳ない」と自身のジャージを羽織ってもらった。桜は袖をまくるほどであったが、向日葵はそこそこといったサイズ感だった。


「葵さんにエプロン持ってきたんすけど…」


 橘平は家庭科の授業で使っているエプロンを持ってきた。しかしどう見ても、葵には小さい。


「いいよ気を使わなくて。別に汚れていいし」


「すんません、うちに葵さんに合うものはない…」


 何がヒントになるかわからない。その姿勢で、4人は道具、小屋の床や壁など、隅々まで丁寧に観察したが、これといったものは見つからなかった。


 橘平がスマホで時間を確認する。すでに12時をまわっていた。


「そろそろ昼にしませんか?母さんが焼きそば作ってくれるらしいっす」


 ということで家に戻ると、実花が玄関の開く音を聞きつけて飛んできた。


「みなさん、お昼にしますか!?」


「おおう、うん、お昼食べる」


「すぐ作るわね!」


「ありがとう。じゃあ、みんな上で」


「居間で召し上がって、みなさん」


 真っ赤な口紅の実花が、4人を居間へ誘う。


「えー、俺の部屋」


「居間にいらっしゃい」


 ゴールドのラメが異様に目立つ実花の瞼。母の体全体から発せられる強い圧力に息子は屈した。


 橘平は母が焼きそばを焼く隣で、お茶をいれる。


「化粧してるけど、どこかいくの?」


 家の中で実花が化粧をしている。珍しいことであった。


「行きませんよ、橘平さん。家の中で化粧しちゃいけないのかしら」


 いつもより濃いめのメイクに、変な言葉遣い。橘平は気持ち悪さを感じた。


「ああ、いや、いいと思う…」


 実花はダイニングテーブルのいわゆるお誕生日席に座り、4人が焼きそばを食べる姿をウキウキと眺めていた。


 あっちへ行けとも言えず、居心地の悪い橘平であった。


◇◇◇◇◇ 


 焼きそばを食べ終え、また物置小屋探索を再開する。橘平は軍手をはめながら「なんかすいません」3人に謝った。


「ええ?なにが~?」


「母さんがずっとみんなのこと見ててさ…食べにくかったですよね。どうしたんだろ。いつもと違う」


 向日葵が橘平の肩を抱き、にやにやっと話しかけた。


「ママさ、息子の彼女が来たとでも思ってうれしーんじゃない?」


「か、彼女!?」


「そー!しかも、こんなにカワイイ女子が二人よ?どっちかしらって思うじゃなーい?それを観察してたんじゃね?」


 橘平は無言で向日葵を見つめる。


「…何?」


「向日葵さんとは思ってないっすよ、さすがに」


 こいつ、と向日葵は橘平の頬ををむにゅむにゅもんだ。

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