第15話 葵、ぐちゃぐちゃ悩む
「ん~ほかにはもう手掛かりなさげかな?」
「かもな」
八神家行きが決定してからも念の為、周りに何かないか探してみた。やはり橘平が再生した神社以外に手掛かりはなさそうである。それに、もうバケモノ出現しそうな気配もない。
「じゃあ帰りましょーか」
「はい!じゃあ桜」
と、また桜のことを背負おうとした橘平だったが、そうする前に葵がひょいっと横抱きにしてしまった。
「わ!葵兄さん!」
「俺が桜さんを」
「大丈夫だ。慣れないことで疲れただろう」
「あ、葵さんこそ、ぶっ飛ばされて日本刀振り回して」
「向日葵、すまんが俺らの前歩いて誘導してくれ」
「はいよ。ほら、きー君、ぼーっとしてないで行きますよー」
「桜さん、懐中電灯つけて。念のため方位磁針も」
「は、はい」
桜を守ることは橘平の仕事だ。全うしたかったが、最後の仕事を葵に取られてしまった。
軽々と桜を抱く葵は、まさに姫を守る侍。橘平が桜をおぶっていた姿なぞ、妹のお守りにしかみえなかっただろう。それ以前に身長も見目も差がありすぎて、比べることも恥ずかしい。
橘平は今日のことを振り返る。バケモノから逃げることは出来たし、理由は分からないけど、踏み潰されずに済んだ。
足を痛めた桜を…そう、桜は転んでしまった。足も痛めた。
「俺、桜さんを全力で守れてないじゃん…」
向日葵はぽん、と隣の少年の肩に手を置く。優しく、彼にしか聞こえないほどの声で伝える。
「超守れてたよ。だから生きてるんじゃん。きっぺーちゃんがいなかったら、桜ちゃんアイツに潰されてたと思う」
「わ、え、聞こえてたんすか」
独り言のつもりが、向日葵に聞こえていた。
さすがに桜本人には聞こえていないだろうが、橘平は体中が熱くなった。上着を脱いでしまいたいくらいだ。
「ふふん、地獄耳だから。ってかさ、目なしの奴、二人の前で止まったよね。何したの?」
向日葵たちからは分からないと思っていた。しかし、後ろからでも止まって見えていたらしい。
「いやあ何も。わっかんねーすけど、これ以上踏めないって感じでした。桜さんの有術なんじゃないんですか?」
桜にそんな能力はない。向日葵は少年に何か秘密があると考えていた。彼自身も分からないだろうとは思うが、一応問うてみる。
「…きー君じゃないの?」
「えー、俺、超能力ないし。じゃあ奇跡かな」
おそらく橘平の能力だ。向日葵はそう確信している。やはり本人には何の自覚もないらしい。
これ以上聞いても何もでてこないし、確証となる出来事を自身の目で見ていない。「そうね、神様のおかげかも」と、そこで話を仕舞にした。
「あー、そういえば」橘平は有術の話題つながりで、二人の能力について尋ねた。
まず葵は、物体で物体を「破壊」する能力。日本刀のような物体に有術を纏わせることで、物体やバケモノを破壊できるが、実態のある物以外は破壊できない。
「そんなん、当たり前じゃないですか。見えないものは壊せないっすよ」
「あるのよ、見えないものを壊せる有術」
「ふへー」
また、彼の破壊の能力は一族随一の威力だという。彼の有術を纏わせた武器に少しでも触れると、並の人間は一瞬で死ぬかもしれないらしい。
「え、やば!!葵さん怒らせたら死?!」
素直に恐れおののいた橘平の声は森じゅうキーンとよく通り、後ろの葵にも十二分に聞こえていた。
「じゃあ怒らせるなよ。別に刀じゃなくてもいいんだからな」
「え、刀じゃなくていいんすか?」
その辺の小枝でも定規でもなんでも、物体であれば武器はなんでもいいと葵は言う。
だが、さっきのように怪物などを殺したりするほどの力に耐えきれるのは、「いろいろ試して、思いっきり有術を使ってもOKだったのが刀。俺と同じような能力を使える人はだいたい刀を使う。理由は知らん」ということだった。
「爪楊枝で有術使ったとして…まあ、せいぜい病院送り程度だよ。俺はな」
「…怒らせないよう気を付けます。じゃあ、向日葵さんのは?」
「私はねえ」
彼女の能力は、相手の気の流れを狂わせて体を倒す、というものだった。
「なるほど、攻撃系じゃないっすね」
確かに転ばせたりするだけでは、打ち所が悪ければ大きな打撃を与えられるかもしれないが、それに頼るのみだ。
拳を磨かざるを得なかった理由は、ここにもありそうだった。
「それにさ、敵に超近づかなきゃいけないのよ。遠隔操作みたくできたらさいきょーなのに」
「葵さんと手合わせしたくないっていうのは、刀の長さの分、近づけないから?」
「刀相手だって、接近することは可能だよ。背後とったり懐に入ったりさ。でも葵くん、刀持つとかなり強いから。簡単には接近させてくれないわけ」
漠然と、「超能力って万能でかっこよくて強くて、いつでも好きなように使えて便利で」のように考えていた橘平は、実際は制約や能力にも種類や相性があって、なかなか自由にならないものだと知った。桜の能力だって。
「目がないモノには無力で役立たずで本当にすいません…」
手の中のミニ神社を見つめながら桜はしゅん、と答える。
「あ、そういうつもりじゃ!桜さん!ケガ治すのすげーっす!」
「そ、そう?」
「だって、ボロボロの葵さんが一瞬で元気になっちゃったんだよ?すごすぎ!!」
一宮に生まれたものとして、有術が使えるのは当たり前。跡取りなのだからもっと優秀であるべき。
有術は基本的に、一人一能力である。壊すことと、治すこと、2つもの能力を使いこなせる人間はそう多くない。
より上を望まれてしまうのは立場上仕方ないにしても、そういう意味では桜はむしろ、有術の才能は豊かな方である。
彼女の小さな不幸は、菊というおそろしく優秀な兄の存在だ。一族の大人たちは、いつもどこかで比べてしまっている。彼が有術も頭脳もでき過ぎていたために。この世にはもういないとは言え、天才の存在感はみなの記憶にまだ深く刻まれているのだ。
そうした環境に育った桜は、自身の能力もふくめ、あまり人から褒められたことがなかった。
「尊敬する!!」
橘平が初めてだ。素直に彼女は賞賛したのは。
「今度、俺もケガしたら治してください!」
「はい!喜んで!」
桜は他人から初めて「心から」褒めてもらえた。橘平の言葉は単純で素直で、裏がない。聞いていて心地よいくらいだ。
雑談の延長かもしれないが、それでも桜は嬉しかった。
「うふふ。2人ともすっかり仲良し!ま、そもそも、ケガしないよーに気をつけてちょうだいね。万能じゃないのよ」
「そ、そりゃもちろん」
「桜っちにも、治せないケガはあるからね」
「あんなにひどいの治せるのに?例えば?」
「心のケガ。失恋とかさ。フラれて胸が痛んでも、さっちゃんに治してもらおうなんて考えないでね~?」
「あ…はい」
「それよかさあ、学校どうよ?楽しい?あ、今高校生の間でさ何が人気~??」
「ええ、そうだなあ」
2人は絶えず、賑やかに会話を続ける。ライブ帰りに異様なテンションで感想を語り合っているファンのようだ。危険な経験をした後だからこそ、高揚し、解放的になっているのかもしれない。
「ひま姉さん、すっごい楽しそう」
後ろの2人は対照的に、月夜の美しい海岸沿いを散歩するような物静かさ。
橘平とじゃれ合う向日葵は、桜といる時よりもリラックスして見えた。
「橘平君のこと、気に入ってるみたいだしな。良い子だって」
「うん、とても素直で良い人……私とは全然違う」
誰にも明るく接するように見えて、桜とは一線引いているところがある。向日葵の本当に気取らない姿に、桜は「私に付き合わせて申し訳ない」気持ち、「やっぱり橘平さんに来てもらって良かった」という気持ちが入り混じっていた。
「…桜さんも素直で良い子だよ」
彼女の内心を察している葵には、その一言を返すのが精いっぱいだった。おそらく、素直で良い子な彼女は、葵にも申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
葵も「なゐ」が消えてほしいと心から願っている。腕の中にいる女の子には申し訳ないが、彼女から解放されたい。自由になりたいのだ。
子供の頃から桜に縛られてしまっている。けれどそれについて、彼女は何一つ悪くない。むしろ、いつも葵や向日葵に謝罪の気持ちを持って接している。
ただ、この村に生まれ、神社の娘に生まれてしまっただけの桜。
それを理解してるからこそ、葵は彼女を嫌いになれないし、この鬱屈を誰かにぶつけることもしない。彼の状況を理解してくれる唯一の人間、向日葵の存在だけが救いだった。
「…ありがとう」
桜とは兄妹のようなものだ。自分も彼女の言うことを聞くし、彼女も葵の言うことはよく聞く。わがままを通すことはあるけれど、それは自己中心的な考えからではなく、いつも他人がそこにある。だいたいが葵と向日葵を想っての「わがまま」。ある意味手に負えない。
「そういえば葵兄さん。メガネは?」
「壊れた。たぶん吹っ飛ばされた時だな。家に帰れば予備あるから」
そもそも「3人で悪神を消滅させようよ」と提案したのは桜だ。葵には口が裂けても「悪神の封印を解こう」だなどと、言う勇気はない。
だからこそ、「なゐ」の消滅に彼女を利用しているのではないか。そう思うことがある。
桜がそう言った日から、みんなでそう決めた日から、彼はずっと悩み続けている。
「そっか。なら良かった。また作ってくれるよう頼んどくね」
「ありがとう。あれ、桜さんもメガネは?」
おっと忘れてた、と桜はコートのポケットからメガネを取り出し装着した。
「まあ、付けなくてもいいくらい疲れちゃったけど」
「すまんな。あんなひどいケガ、治療したことないだろう」
「そんな、気にしないで!私にはあれしかできないんだし!」
「あれだなんて…本当にすごいよ、桜さん」
きっとそれも、向日葵は察している。
「葵兄さんまで。からかわないで」
くすりと、葵は小さく笑顔になる。
「俺も尊敬するよ」
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