第6話 小規模大地震

 土曜日がくるまで、橘平は気持ちも態度もそわそわ、ふんわりしていた。

 この村では小学校から高校まで村立のものがあり、村の子供は全員そこに通う。18歳まで顔ぶれは変わらず、全員幼馴染と言って間違いない。大学、専門学校に行くということがなければ、外の学校に行く人はいない。

 そうした幼馴染たちは、橘平の心あらずな様子に「初恋か?」などとからかったが、橘平はそれを相手にしなかった。頭の中はそれどころではなかった。

 あの出来事は本当だったのか。桜から電話はあったが、まだ夢のような気がする。



 約束の日がやってきた。金曜の夜に向日葵から電話があり、家まで迎えに来てくれるということだったが、家の目の前に来られると親への説明が面倒だったので、南地域の公民館で待ち合わせることにしてもらった。

 ちなみに、昨夜スマホの画面に〈美人でかっこいいおねえさん〉と現れたときは、「誰!?ウイルスに侵された!?」とびっくりしてしまい、橘平は電話をとらなかった。知らない人からかかってくることはあまりないし、そもそも、電話帳に登録されていない人の電話は出ない。

 しかし、何度もかかってくる。名前が出るということは知り合いなのかもしれない、と恐る恐る出てみると向日葵だったのだ。通話終了後、即、電話帳の登録名を変更した。〈きんぱつ〉。

 公民館の門の前で待っていると、真っピンクで、フロントに大きなヒマワリ柄のキラキラステッカーが貼られている軽自動車がやってきた。橘平は「村でこんな派手な車に乗ってる人いたかな?」と思い眺めていたら、窓から車に負けないくらい、きらきらヘアメイクばっちりの向日葵が顔を出した。


「きーくーん!!待ったー?ってか私わかるー?こないだノーメだったじゃーん?別人だよね~やばー」


 田んぼ畑、山ばかりの何も遮るもののない村に、よく響く派手な声が広がる。八神家まで聞こえそうなほどで、誰かに聞かれたらと橘平は恥ずかしかった。


「あ、あー、わかりますよ、はい。こ、こんちには向日葵さん。えと、さっき来たところです」

 公民館の前に車を止め、運転席からでてきた向日葵は雪だるまのようなファーコートを着ており、「はい、乗った乗った」と、橘平をぐいぐいと助手席に押し込んだ。内臓がつぶれそうだった。

 あの日は暗かったし疲れていたので気にもしていなかったが、向日葵の車はずいぶんカワイイものだった。中のインテリアは黄色で統一され、ティッシュケースなど、物によってはデコストーンがぎらぎらに輝いていた。後部座席には、人気アニメにでてくる猫キャラのビッグぬいぐるみが鎮座していた。


「か、かわいい車っすね」

「だっしょー?わかってんじゃん、いいね~君。アオバカは目がつぶれるっていうし、さくらっちは落ち着かないって言うのセンスねーよなー。頭がっちんこなの超そっくり、やべーよあれ」


 本当は橘平も二人と同じ気持ちだったが、あの力強さはしっかり覚えているため、反抗はしないと決めている。骨なんて簡単にぼっきぼきにできるだろう。怪我はしたくない。

ドライブ中は学校や友達の事などを話した。腕っぷしに恐ろしさを感じるが、彼女は基本的に親しみやすく、話しやすかった。年齢は多少離れているし、住む地域も違うためほとんど交流したことはなかったが、自分の周りにはいないタイプの女性で新鮮だった。

 短時間ではあるが、家族以外の女性と二人きり、楽しいドライブだった。

 ほどなくして、あの夜を過ごした小屋に着いた。森の出口に近い、坂を上がったところにあった。小屋の後ろにもまた、木々が生い茂っている。橘平は坂を上った記憶すらなく、あの時よくここを上れたな、と感慨深くなった。昼間に改めて眺めると、小屋というより家、いわゆる古民家だった。


「けっこー大きい小屋だったんですね、ここ。小屋っていうか家っていうか」

「家だよ~。もともと一宮のもので、今は葵のアホが一人で暮らしてるんだわ」

「へー」


 引き戸の玄関がガラっと開き、中から葵が出てきた。


「橘平君、この間はどうも。中へどうぞ。聞こえたぞ、アホって」

「うわ、キモイ耳!もてねーぞ!ばーか!」


 刃物のような鋭い人、でも優しさもある不思議な人。橘平はそう記憶していたが、向日葵となんやかんや言い合っている姿は、意外とありふれた青年であった。ただ、パーカーとジーパン姿の橘平と同じような服装なのに、それはありふれた姿ではなかった。

 家の中も外見から想像できるような古民家然としている。葵に勧められたシンプルなスリッパを履き玄関から入って左に進むと、この間の部屋だった。促されるまま、これもまたあの夜と同じソファに座った。

 桜がトレイに湯呑を載せ現れた。真っ黒な長い髪を後ろで一つ結びにしている。


「ご無沙汰しております、八神さん。粗茶ですが」

「ああ、ありがとうございます」


 ちょうど飲みやすい温度の緑茶だった。

 昼間の室内で見る桜は、箱入りお嬢様といった風情で、一見すると、力強い瞳をもった女性とは思えない。名前の通り、桜の花のような可愛らしさと儚さを感じた。


「では八神さん、早速お話いたします」

「あ、はい」

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