第4話 冬に夏の訪れ2
女性の方は飛ぶように三和土に降り立ち、ものすごい勢いで桜をがばり、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「さっちゅんお帰り!やばーもう、生きててよかったー!!ってか誰その子ー?!」
明るい調子の女性が、桜を抱きしめたまま、その後ろに立つ橘平の顔をずいっとのぞく。金髪ロングゆるパーマの女性。彼女には見覚えがあった。というよりも、金髪の村人なんて彼女一人。忘れられないともいえる。
「あれ君、八神の?きっぺー君じゃない?」
「あ、はい…にのみ」
「二宮向日葵だよ~!ってか二人ともめっちゃやばそうじゃん、死ぬ?!早く入って!ほら、靴脱げ!」
無理矢理に手をひっぱられ、二人そろって左側の部屋に連れていかれた。こんなに力強い人っているのか?と橘平は恐怖を感じた。腕が引っ込抜かれそうだった。
通された部屋には二人掛けのソファと一人用の椅子が二つ、それと木製のローテーブルが置いてあった。二人はソファの方に押し込まれた。
そのあとから、向日葵と一緒にいたメガネの男性が入って来た。こちらも見覚えがあった。
「えーと三宮の…」
「桜さん、何があって、どうしてそこの少年と一緒に帰ってきたんだ?無関係だろう?」
穏やかに無表情な彼の言葉には、刀で切りつけるような鋭さがあった。その刃を、向日葵がふわっと跳ねのける。
「ちょ、葵!どう見たって二人ともお疲れじゃん、休んでからでよくない!?」
「大丈夫。大切なことだから今話すわ」
向日葵は眉をきゅっとハの字にし、「え、でも」と困っていた。しかし、桜の「今話すから」という強い決意をしぶしぶ、受け入れるしかなかった。とりあえず温かいお茶を出すまで休んでてほしい旨を伝え、台所と思われる方へぱたぱたと消えた。
部屋の中は電気ストーブのおかげでだいぶ暖かい。橘平も桜も寒さでマヒしていた体が徐々にだが解けてきた。
ちらと、橘平は葵を盗み見た。
刀よりも本が似合うような。争いとは無縁の雰囲気でありながら、瞳には強烈な攻撃性も感じる。
怖い人なのかな、と内心びくびくしていると、メガネの青年は二人に使い捨てカイロを、桜にはブランケットも併せて渡した。「靴下とか手袋、濡れてるならストーブの近くで乾かせ」などと薦めてくれもした。あれ、意外にいい人?と橘平の評価は定まらなかった。
確か二宮と三宮はお伝え様と親戚か何かだったな、と橘平は思い出した。彼らもその関係で、桜を助けているのだろう。桜は葵を「葵兄さん」、向日葵を「ひま姉さん」と呼んでいた。
向日葵は飲み頃のほうじ茶を持ってきてくれた。「お代わり何百回でも言って!」と下手なウィンクをしながら、二人に湯呑を渡す。
桜はほうじ茶を一口すすると、先ほどあった出来事を二人に聞かせた。
その口調は、橘平に対する時代劇だかお役所言葉か分からないような固いそれではなく、同級生たちとそう変わりはなかった。
「…ということがあって」
「そうか。わかった、じゃあ今日はこれで解散だ」
「え?葵兄さん、早速次の対策を立てるのでは」
「桜さん、かなり疲れてるだろう。目を見りゃわかる。良い考えなんて浮かぶわけない。それに橘平君は俺らと関係ないのに巻き込んでしまったんだ。早く家に帰してあげないと。本当に申し訳ない橘平君。今日のこと、そして桜さんと会ったことは忘れてほしい」
「うちの車で送ってやんよ、ほら行くよ!」
と、向日葵は橘平を送ろうと席を立ったが、彼の方は立つ様子はない。
「ありゃ、動けないかな?じゃあおんぶして」
「忘れられないです」
「え?まあさ、疲れてるだろうから、今日はとりあえず帰ろうねえ」
まるでぐずる幼児を扱っているようだ。ここまで自分はハッキリ感じて、見て、記憶しているというのに。立とうとしない少年は、無かったことにしようとしている目の前の人たちに、怒りのようなものを感じていた。
「帰ったら、今日の事うやむやにしますよね?後で何か聞いても教えてくれないですよね?確かに俺は部外者だけど、ここまで見て聞いたら、気になるじゃないですか。みんなは何をしようとしてるんですか?あの森に満開の桜?鬼?妖怪?忘れられるわけない」
橘平の強い態度に、三人は沈黙した。三人の計画に部外者が入ってくることは全く予想もしていなかったことで、この少年にどう対処するのが正解なのか、みな考えていた。
「ごめん、橘平君、無理かもしれないが」
「お話しましょうよ、葵兄さん」
「でも桜さん」
「ここまで巻き込んでしまって忘れろというのも、本当に無理な話よ。私が八神さんの立場でも同じことを思うもの」
桜は橘平に向き直り、頭を下げた。
「本日は大変失礼いたしました」
「え」
「助けていただいたにも関わらず、一貫して不躾な態度を取ってしまいました。お許しいただけないとは思いますが、心からお詫び申し上げとうございます」
「ちょっとちょっと、気にしてないから、もっとこう、楽にしてよ一宮さん。俺なんかにそんな、丁寧にしなくても」
「いえ、初対面の方にそういう訳には」
すると、向日葵が笑い出し、桜の肩をもみながら言った。
「あはは、もう初対面じゃなくね?少年漫画ならさ、共に死線潜り抜けたら仲間でファミリーじゃん。さくっちは昔からお堅いよ~同じくらいの年頃なんだし、もっと気楽にさ!」
「向日葵は軽すぎる。無関係の子をまき」
「私たちにとってすっごく大事な桜ちゃんを助けてくれたんだよ。普通なら一人で逃げちゃうような状況で。いきなり見たこともないバケモンに出会ってさ、その辺の中高生男子が女の子助けられる?無理だよね。すっごい勇気ある子だよ!そしたらさ、適当にあしらうわけにもいかなくない?一応、私らオトナなんだからさ」
向日葵はすぱ、っと葵の言葉を切った。先ほどの陽気さからは一変して、冷静なまなざしで語る。
とにかく無関係の人間を排除することしか考えていなかった葵は、「桜を助けてくれた」という事実を突きつけられ、次の言葉が浮かばなかった。
「八神さん、このたびのことに関すること、すべてお話します」
言ってから桜はさっと目を伏せ、数秒考えてから話を続けた。
「申し訳ございません、本当にすべてはお話しできないと思います。けれど、今日は葵兄さんが言うように解散いたしましょう。私も疲れてしまいましたし、後日改めてお会いしませんか。お約束します」
桜の言葉でこの場はお開きとなった。
橘平は向日葵の軽自動車に載せてもらい、電話番号とメッセージアプリの友達登録をした。「落ち着いたら連絡すっから!」とのことであった。
今日のことを車の中でも少し質問したいと思ったが、限界になった心身は言うことをきかず、助手席で眠ってしまった。
八神家の前に着いた。向日葵は橘平に声をかけるが目覚めない。体をゆすっても、軽く頬を叩いても反応がない。
耳を思いっきり引っ張り、鼓膜を破るつもりで「起きろー!!!」と叫んで、やっと起きた。
それでもぼーっとしている橘平は、前を見ているのかいないのか、ふわふわした足取りで家に戻っていった。
「あの子、自分の部屋にちゃんと戻れるかな?玄関で寝ちゃったりしないかな?」
家に入ってからのことは助けてあげられないが、玄関に入るところまでは見届けた向日葵であった。
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