第3話 冬に夏の訪れ
時間の感覚はすでにない。どれだけ走ったのか考えたくもないが、なんとか二人は森の外に出られた。
橘平の意識はふわふわしているが、生きていることは認識できた。桜をゆっくりと降ろし、ちゃんと家に帰れよ、とでも言おうとした瞬間、橘平の視界は雪よりも真っ白になった。
「八神さん!?」
突如、橘平は前のめりに、ばこん、と倒れ雪にはまってしまった。桜はそれをよいしょ、うんしょとひっくり返し、体を思い切りゆすった。
「八神さん、八神さん!」
目の前でぶっ倒れた少年同様、心身が疲れ切っている少女には、この状況にどう対処すればよいか考えるカロリーも残っていなかった。泣きたいが涙を出す力もない。
まだちらちらと降り続く雪。橘平の顔は真っ白で、おそらく全身が冷え切っている。このままだと、最悪、死んでしまうかもしれない。
失礼な態度をとってはしまったが、桜は橘平に手を取られた瞬間、とても安心した気持ちを感じていた。彼がいなければ、あのバケモノに食われていたことだろう。
命の恩人であるこの少年をどうしても助けたかった。
メガネがずれてきた。かけ直す気力も湧かなかったが、ふと気が付いた。
「あ…」
桜はメガネをはずし、橘平の瞼にそっと手を添えた。
橘平が目を覚ますと、桜の瞳が間近にあった。じっと橘平の目を覗き込んでいる。
「わあああ!?」
寝たまま少年が叫ぶと、桜は急いで顔をあげ、メガネをかけた。
「大丈夫ですか八神さん!?」
「え、あ…えと俺は…」
「森を出てすぐ、お倒れになってしまわれて。私なんか担いで走ったので、だいぶお疲れになったのかと」
「あー…」
「立ち上がれそうでしょうか?すぐそこに、うちの小屋のようなものがありまして」
「え?じゃあここって北側なのか?」
八神家は村の南にあり、一宮家は北に位置する。とりあえず森から出られればと走っていたが、まさか正反対に出てしまうとは、橘平は考えもしなかった。
雪の中、村の反対側までどう帰ればいいのか。それしか今は頭に浮かばなかった。
とにかく起き上がらねばと、右方向に寝返りをうち、ざくっと雪に手をついた。体を起こしてみると、橘平は倒れる前より体が楽な気がした。
「肩貸します」
そう言って桜は橘平の左腕をとり、自分の肩に載せた。
「…ありがとう、一宮さんも疲れてるだろ…」
「いえ、八神さんほどでは」
肩を借り、橘平はのそりと立ち上がる。さくっ、ざくっと歩き始めてみると、やはり体はだいぶマシな状態に戻っているようだった。
いったい、自分はあの場で何時間倒れていたのだろうか。
「あの、俺はどのくらい気を失ってました?」
「え…そうですね…ご、五分?…以内だったと思います」
「五分…ご、五分以内?何時間も眠って起きた感じ…」
「何時間も眠ってらしたら、すっかり朝でございますよ。今、夜中の3時です」
「え、今までのことって3時間…はあ、なんかもう百年分疲れた」
「愉快な方ですね、八神さん」と、桜がくすくす笑った。
ぽつぽつと話しつつ、歩いて10分ほどで小屋のような建物に着いた。窓からは、ほのかに明かりが見えた。桜が引き戸をがらりと開ける。
「桜です、戻りました」
玄関に入った途端、誰かが勢いよく現れた。現れたのはメガネの男性と金髪の女性。どちらも背が高く、村ではちょっと目立つタイプだった。
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