第2話 君は言った、人は誰しも自由ではない

 垰止踊梨たおやめおどりとの奇妙な同棲生活がスタートした翌朝。

 僕は早くも挫けそうだった。


 時刻は八時三十分。

 あと二十分で朝のホームルームが始まるというこの期に及んで、彼女はベッドの上で惰眠を貪っていた。

 何度も起こそうと試みたけど一向に目覚める気配が無く、僕はほとほと困り果てていた。


 一度目は僕が起きた七時丁度。

 彼女が普段何時に起床しているのかがわからなかったので、この時はやんわりと確認するに留めた。

 彼女は意思の乏しい声で「あと十分」と答えた。


 二度目は朝食の準備ができた七時半。

 先程はあと十分で起きるという話だったので、この時は少し強めに起こした。

 彼女は枕に顔を埋めたまま「あと三十分」と答えた。


 三度目はその三十分後である八時。

 いい加減登校の準備もしなければいけない頃合いだと思ったので、布団を引っぺがして無理矢理意識を覚醒させようとした。

 彼女は布団の中でパジャマを脱ぎ散らかしていたので僕は目を覆った。

 そんな僕に彼女は「あと一時間」と答えた。


 一時間も待ったら授業が始まってしまうので、もはやどんな手を使ってでも起こさなければいけないと決意し今に至る。


「おい、踊梨! いい加減起きろ! もう学校始まるぞ!」

「……あと、二時間……」

「なんで毎度毎度伸びてるんだよ! 意思弱すぎか!」


 窓から差し込む朝陽が眩しい。

 世界はこんなに美しいのに、どうして僕は幸せになれないのだろう。


 可愛い女の子達が続々と寮を出て校舎に向かっている中、その列に加わることもできず、この意志薄弱な髪ぼっさぼさ女が起きるまで頭を悩ませるのが僕の高校生活なのか。


 めくるめく青春とはなんなのだろう。

 人生とは、なんなのだろう。


 そんな風に仏教で言うところの一切皆苦に思いを馳せていたところ、ようやく彼女に動きがあった。


「もう、うるさいわね……。心配しなくても、ちゃんと学校に間に合うようには起きるわよ。学校は私にとって、貴重な成績挽回の場なんだから」


 ぼそぼそとそんなことを言いながら、垰止踊梨がのそのそと起き上がる。


「……あれ、パジャマ脱げてる。……ちっ。伊吹いぶき、あんたいきなり寝込み襲ったの? 通報していい?」

「僕には君に対して私刑を行う権利があると思うんだ」


 ここまで献身してきた僕に対して余りな言いようである。


「ていうか、学校行く気あるならさっさと準備してくれよ。僕まで一緒に遅刻するのは御免だ」

「はいはい、三十秒あれば終わるわよ……」

「いやいや三十秒て……」


 ドーラ船長だってもうちょっと待ってくれる。

 だが彼女はその言葉通り、起き上がって僅か三十秒足らずで準備を終えてしまった。

 僕が用意したトーストと目玉焼きをほとんど噛まずに飲み込みながら素早く制服を身に纏う。そして転がっていた鞄を引っつかんで、


「じゃ、行きましょうか」


 彼女はそう言うのだった。

 確かに軍で訓練でも受けていたかのような素早い支度だったが、ちょっと待って欲しい。


「いや、ステイ。ステイだ踊梨。お前その格好で学校行く気か?」

「無論だけど……。あんた、私に対する態度がどんどん悪くなってきてない? 気のせい? 犬を躾けるみたいな態度で来られると腹立つんだけど」


 それは気のせいではないけれど今は置いておこう。


「なあ、さっき自分で言ってたじゃないか。学校は成績を挽回する場だって。だったらもっと身だしなみに気を遣わないと駄目だろう」


 彼女が今一番挽回しなければならないのは女子力評価だ。

 何せ次の月間女子力次第では即退学なのだから。

 だというのに、彼女の見てくれはなんだ。

 好き放題に曲がった寝癖を直そうともせず、化粧どころか顔を洗うことすらせず、歯も磨かない。

 こいつが男だったら僕は間違い無く殺している。


「はーあ、なに? もっと見た目を整えろって? あんたもそっち側の人間なのね」


 これ見よがしな溜息をついて、彼女は肩を竦めた。


「なんだそっち側って。どっち側だよ」

「相手の外見にしか目が行かない連中のことよ。女は化粧するのがマナーだとか、ちゃんちゃらおかしいわ。そんなの私の自由じゃない。そんな連中に評価してもらわなくたって、私は内面を見てくれる人と結婚するから」

「いや、でもお前内面最悪じゃん……」


 むしろ誇れるのが外見だけまであるのに、なんでその唯一の武器を自ら錆びさせるの?


「まあ僕だって化粧がマナーだとか言うつもりはないけれど、君のその無頓着っぷりは常軌を逸している。顔ぐらい洗えバカ。目やにを見せびらかすな」

「もう、しょうがないわねえ……。ていうかあんたこそ、気を遣いすぎなのよ。ワックスで髪整えちゃって。……この化粧水もあんたのでしょ?」

「僕より遙かに麗しい女の子達の横に立つ為には、ある程度身だしなみを整える必要はあるだろう。女の子に恥をかかせるわけにはいかない」

「過剰に見た目気にしてきもっ」

「決して過剰ではないと思うし、心理学的見地から外見を整える必要性を説いてやりたいところではあるけれども、今はそんな時間は無いからさっさと僕の言う通りにしろ」

「なんであんたの言いなりに……」

「お前が女子力上げたいって自分で言ったんだろうが! つべこべ言わずに顔を洗え!」


 朝からこんな調子では、一日が思いやられる。

 時計は既に、八時四十分を指していた。


     ◇◇◇


 寮から校舎までの全力疾走の結果なんとかチャイムギリギリで教室に間に合った僕は、自分の机に突っ伏していた。

 ホームルームが終わって、一限目までの僅かな時間。体力と精神力の回復に専念していた僕に、声がかかった。


「よう、三上。今日は随分ギリギリだったな。いつも朝早くから教室の窓に陣取って、登校中の女子には普段とは違う味があるとか言いながらその列を甘く眺めているお前らしくもない。どうしたんだ?」

「いや、ちょっと色々あってな……」


 詳しい説明をする気にもなれなかったし、そもそも男子との会話は基本的にエネルギーと時間の無駄であると思っているので、僕はそう素っ気なく返した。

 すると彼はそんな僕から何かを感じたのか、声を潜めて囁くようにこんな質問をしてきた。


「……なあ、もしかしてあの噂は本当なのか?」

「あの噂?」

「あの『路傍の貴石』が路上でお前をぶちのめして、拉致したっていう……」

「ああ……」


 なるほど、確かにその噂は心当たりがある。

 というか完全な事実だ。


 しかし、その情報がもう他の生徒達にも知れ渡っているのか?

 人の口に戸は立てられないとは言うけれど、ここまでとは。


「三上……。俺はお前に同情するぜ。あれだけ女子好きだったお前が、まさか喧嘩に負けて垰止のパートナーになるなんてなあ……」

「いや、別にパートナーになったわけではないんだけど」

「この学校には他にいくらでもいい女がいるってのに……。可哀想な奴だぜ」


 前半は完全に同意するけれども、お前に哀れまれるほど落ちぶれたつもりは無い。

 今は彼女の修行に付き合うという話になっているけれど、それも今だけだ。

 目標を達成するかあいつが諦めれば僕のお役も御免になる。

 僕がいつになるのかわからないそんな日に、半ば現実逃避気味に思いを馳せていると、彼が「あっ」と声を上げた。


「そういえば、いい女と言えばだよ。三上知ってるか?」

「何を」


 僕は怪訝な顔で身を乗り出した。

 いい女についての情報ならなんでも是非ともいただきたい。

 彼は楽しそうににやりと笑って言った。


「今日、高遠たかとお先輩が学校来てるらしいぜ。数日は仕事が休みらしい」

「なんだって」


 彼からもたらされたその情報に、僕は思わず立ち上がった。

 何故僕はもっと早くそれを知る事が出来なかったのか。

 もし知っていれば踊梨なんて放置して早朝からベストポジションで彼女の登校を待ち受けたのに。


 高遠璃咲りさは、この国に住む者なら名前を知らない者はいない現役アイドルだ。

 小さい頃からテレビに出演し、今やトップをひた走るスーパースター。

 その完璧な人となりは、男性だけでなく女性も魅了する。

 僕も受験勉強時にお気に入りの曲をヘビーローテーションして乗り切ったファンの一人である。


 TCシステムが生まれてから、アイドルのライブなどでは男性客に簡易TTを貸し出してアイドルへのトキメキからどれだけエネルギーを得られるかという実験的な試みが行われている。

 彼女はその絶大な人気から、ライブをすればその日の日本で使用されるエネルギーのおよそ2%が賄われるという桁外れな女子力の持ち主なのである。


 そんなこの国に数人しかいないという戦略人的資源の一人である彼女は、この学校に在籍する二年生だ。

 アイドル業が忙しくてあまり学校に来られないお方なので僕もまだ直接お目にかかったことは無く、今日登校しているというなら是非とも同じ空気を吸いに行きたい。

 いや、行かねばならないだろう。これは男の義務というものだ。


「……とは言っても、住んでる世界が違いすぎるよなぁ。気軽に会いに行っていいもんかどうかもわからない」


 けれどすぐに冷静になって、僕はそんな言葉を溢した。

 高遠璃咲という存在は僕達庶民にとって高嶺の花過ぎるし、日頃から注目の的であろう彼女に息を切らせて会いに行くという行為は、良心に問えばかなり憚られた。

 仕事がオフということはつまり休日で、彼女だってそんな日ぐらいゆっくり過ごしたいものではないのだろうか。

 そしてそもそも、会いに行ったところで何を話したらいいのかわからない。


 そう肩を落とす僕に、彼は言った。


「けどお前はこの学校では立派な有名人じゃあないか。彼女だって名前ぐらいは知ってくれてるんじゃないか? 会いたいなら会いに行ってこいよ」

「……仮に名前を知られているにしても、彼女にとったら僕なんて、他のファンと同じ有象無象の中の一人さ」


 僕が学校で有名なのは、ひとえに僕がどんな女子にもトキメいてしまうチョロ体質だからであって、僕という存在に何らかしらの価値があるとすればその一点に尽きる。

 誰にでもTPを高く還元できるから、女の子達は僕をちやほやしてくれるのだ。

 僕は彼女達から安らぎを得て満たされて、彼女達はTPを得る。

 完全なる互恵関係。

 僕はそれを弁えているつもりだし、弁えた上でこれ幸いと甘い蜜を吸わせていただいている。


 けれどだからこそ、高遠先輩のように元から女子力が半端なく高い人達にとっては、僕の価値は途端に下がる。

 僕以外にもTPを生み出す野郎共はいくらでもいるし、そもそもTPに困っていないからだ。


 だから結局、僕が彼女のお近づきになれる未来なんていうのは幻想の世界にしか無い。

 そう思って、僕は叶わない夢を見ることを止めた。生憎と、僕には他に目を向けなければいけない現実がある。

 差し当って次の授業。

 そして、垰止踊梨の女子力修行だ。

 そんなことを考えている内に、一限目のチャイムが鳴った。


     ◇◇◇


 踊梨が目をかっ開いて僕のクラスに乱入してきたのは、昼休み。

 教室にいた女子達が一緒にお昼を食べに行こうと僕を誘ってくれていた、そんな桃源。

 扉を壊すような勢いで開けたかと思うと、目にも止まらぬ速さで僕の所へ駆け寄ってくる。

 その鮮やかな縮地に昨日の嫌な出来事を思い出して若干仰け反る僕に、彼女は開口一番こう言った。


「伊吹伊吹! 聞いた!? 今日高遠璃咲っていう二年生が学校に来てるらしいんだけど!」

「言うに及ばず知ってるよ唾飛ばすな顔が近い」


 唐突な彼女の乱入に他の女子は驚いたようで、顔を見合わせて恐る恐るという様子で帰って行った。

 ああ、僕の天使達……。


 そして今朝あいつが言っていた噂もあってなのか、クラス全体が僕達の方に注意を向けているようだった。

 まあいきなりこんな奴が入ってきたらびっくりしてそっち見るけれども。


「知ってるならさっさと教えなさいよ気が利かないわね!」

「なんでだよ……。にしても、君からあの人の名前が出てくるとは、甚だしく意外だな。てっきり君は女子力には興味無いもんだと思っていたから、あの人のような女子力トップランカーにも疎いのかと」

「馬鹿にしてんの? まあいいわ。実際その先輩の名前はさっき知ったし」


 さっき知ったんじゃねえか。

 嘘だろ、高遠璃咲を知らない国民がこの日本にいるの?

 義務教育受けてないのかこいつ。


 女の子達とのランチタイムを邪魔され彼女との馬鹿なやり取りに付き合わされ、いい加減うんざりしていた僕は強めの口調で訊ねる。


「それで? そのさっき名前を知ったアイドルが学校に来ているという情報を僕に共有して、君はどうしたかったわけ?」


 彼女はにんまり笑って答える。


「ふふん、私は思い付いちゃったのよ」

「何を」

「今朝あんた言ってたでしょう? 女だったらもっと見た目に気を遣えって。あの時は言い返したけれど、午前の授業中私は考えました。本気で女子力を上げるつもりなんだったら、やっぱりお化粧に手を出すべきなんじゃないかって」

「前置きが長いよ。あと話が見えない」

「でも私はメイクのやり方なんてわからないでしょう? だから、その高遠って先輩に教えてもらったらいいんじゃないかと考えたわけ!」

「どうしてそうなる……?」


 頭を抑えて首を捻る僕に、彼女は「馬鹿ね~」と続けた。


「高遠先輩はトップアイドルなんでしょ? だったらメイクも上手いに決まってるじゃない」

「そうだとして、僕らみたいな一般人のお願いを聞いてくれると思うか? 彼女の時間は僕達のそれとは重みが違うんだ」

「拒んだら力尽くで協力してもらえばいいじゃない」

「お前それやったら本気で東京湾に沈めるからな」


 例え僕では勝てない相手だとしても、成し遂げなければならない。


「そうと決まれば、お願いに行きましょう! ほら、立って! ほら!」


 いつ何が決まったのか知らないが、踊梨はそう言い残して駆け出していった。

 止める暇も無かった。


 正直彼女の行動に付き合いたくなんてなかったけれど、放っておくと昨日僕にしたみたいに、本気で手を出しかねない。

 そんなことになれば警察沙汰だ。

 高遠先輩が怪我するだろうし、踊梨だって退学だろう。

 そんな未来を座して待つわけにはいかないので、僕は不承不承ながら彼女のあとを追った。


 ああ、クラスメイト達の視線が痛い……。


     ◇◇◇


 階段を駆け上って二年生達の教室が並ぶフロアへ行くと、一つの教室の入り口で中を窺うようにして踊梨が立っていた。

 恐らくそこが垰止先輩のクラスなのだろう。


「……どうした? 入らないのか?」


 僕の教室にはあれだけ勢い勇んで闖入してきた踊梨が入り口でまごまごしている姿を怪訝に思ってそう声をかけると、彼女はこうのたまった。


「どうしよう伊吹、私緊張してきた……」

「はあ? ここまで来ていきなり何を――」


 そう眉を顰めながら彼女の視線の先を目で追って、僕は思わず息を飲む。

 そこにいたのは、教室の奥の方に座り周りのクラスメイトと談笑しているのは、紛れも無く高遠璃咲、その本人。

 子供の頃からテレビで何度も見てきた、それこそ父親の顔の何千倍も見てきたその姿。

 画面に映るのと寸分違わぬ美しさには、これでも多少は慣れていたつもりだった。

 にも関わらず、僕の心臓は今、かつてない速度で高鳴っていた。


 テレビで見るよりずっと可愛い。

 緩やかなウェーブがかかった金色の髪に、主張の少ないシュシュとクリップ。

 可憐さと清楚さを併せ持つ顔立ちは、最早直視するのを憚られる。

 これは流石の踊梨も緊張するわけだ。

 僕達とは存在としての格が違う。

 持っているものも纏っているオーラも何もかもが違う。

 けれどその違いが、決して嫌味ではない。

 レベルが違って当然なのだと否が応でも受け入れてしまう。

 そういうものなのだと思ってしまう。


 僕はそんな彼女に、完全に見とれていた。

 心臓はいつまでも早鐘を打ち鳴らしているし、呼吸をするのも忘れて息が苦しいし、意識は飛びかけで心ここに在らずだった。

 だから――


「――えーっと……。キミたち、私に何か用かな?」


 彼女がこちらに近付いて来ていたことに、声をかけられるまで気が付かなかった。


「たっ、高遠先輩っ!?」


 咄嗟にそう言葉を発するも、声が裏返る。


「うん、そうだけど……。私に用があったわけじゃないのかな? てっきりそう思ったんだけど……」


 そんな僕を見ながら、彼女は困ったような笑みを浮かべていた。

 いけない、困らせてはいけない。

 ついでに引かれるのも嫌だ。

 男としての評価も下げたくない。

 僕は失いかけの自我をなんとか奮い立たせて、二の句を探す。


「いえ、えっと、用が無いわけじゃなくて、もちろんあって参った次第なんですけれども」


 だだだダメだぁ、緊張して口が回らないよぉ。


 ていうかお前の用事なんだから僕に話させずにお前が喋れよと隣の踊梨に非難の視線を向けるが、彼女は彼女で息をしていなかった。

 恐らく女子力の圧倒的差で死んでしまったんだろう。


 使い物にならない奴めと顔を顰める僕に、先輩が言う。


「そっか。でももしサインが欲しいとかだったらごめんね? 嬉しいんだけど、学校ではそういうことしないようにしてるんだ」

「えっ、ええはい大丈夫です。当然ですよね、私めなどが先輩のサインもらうなんておこがましいことですもの」


 本能に訴えかけるタイプである彼女の美貌にやられ、僕は知性を失いかけていた。


 もう限界。

 憧れのトップアイドルと面向かって同じ空気を吸いながら会話しているというこの現実離れした幸福に昇天する、その寸前。

 僕の隣で奴が動いた。


「ち、違います! サインじゃないです! 別のお願いがあって来ました!」


 お、踊梨……。お前、生きていたのか……。

 驚いて見ると、彼女は口元から一筋の血を垂らしていた。

 緊張で飛びそうだった意識を、唇を噛み切ることで覚醒させたらしい。

 現実の学校でそんな真似する奴がいるとか軽く引くけど、今だけは彼女が格好良く見えた。


「そうなんだ。――って、あれ? 血が出てない!? 大丈夫!?」


 先輩もそれに気付いたらしく慌ててハンカチを取り出している。

 えっ嘘超優しい惚れる。

 彼女に心配してもらう為なら、舌噛み切るくらいなら辞さない。


「大丈夫でふっ!」


 当の踊梨は制服の袖で勢いよく口元を拭っている。

 こいつ、先輩のハンカチに接触する機会をふいにしやがっただと――!?


「そ、そう? ……それで、えっと、どんな用事だったのかな」


 先輩は再度そう問いかけた。

 それに対し、踊梨は元気よく答える。


「実は、私にメイクのしかたを教えて欲しいんです!」


 その応答に、僕は思わず感嘆の溜息をつきそうだった。

 踊梨、ちゃんと言えたじゃないか……!

 僕が理性を失いそうになってしまう相手と、ちゃんと話ができるなんて。

 そんな踊梨の答えに、高遠先輩は数秒きょとんとした顔で、目をぱちくりさせていた。


「……えっ、メイク?」


 かわいい。


「メイクのしかた? それを聞きに来たんだ?」

「はい」


 彼女にしてみれば、当然不可解な頼み事だっただろう。

 確認の意味を込めてなのか、僕の方にもその顔を向ける。

 直視したらまずいと思って僕はすぐさま首を縦に振った。


「……そ、そっかぁ。メイクのしかたかぁ」


 僕と踊梨の顔を交互に見ながら、そう繰り返す。

 そしてその後、しばらくの沈黙。

 だがやがて、先輩が堪えきれないとばかりにくつくつと肩を揺らし始めた。


「……ぷふっ……、くふふっ……! メイク……、メイクのしかたって……!」


 手で覆った口元から、笑い声が漏れてくる。


「えっと、高遠先輩?」

「あはは、ごめんごめん。今までそんなお願いされたことなかったから、ちょっと面白くなっちゃって……。あーおかしい」


 謝りながら、彼女は目元に滲んだ涙を拭っている。

 そんな彼女を見ながら、僕は彼女に対して抱いていた緊張感がほぐれていくのを感じていた。

 楽しそうに笑うその姿を見て、安心したのかもしれない。


「ていうか、男女二人で来るようなお願いじゃないでしょぉ。もう、一体なにかと思っちゃったよ」

「すみません……。ちょっとこいつが心配だったもので……」


 僕がそう弁明すると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふぅん……。やっぱ二人は付き合ってるんだ? 肝胆をも相照しちゃってる感じするもんね」

「いえ違います。今のは、こいつが先輩に何しでかすか心配だったという意味です。いわゆる損者三友ってやつで、先輩も気を付けて下さい。こいつ、お願いを聞いてもらえなかったら力尽くで言うこと聞かせるとか平気で――」

「あんたは黙ってなさい!」


 踊梨の危険性を教えようとした僕の口を勢いよく塞ぐ踊梨。


「変なこと言って、私のイメージが悪くなったらどう責任とってくれるのよ!」

「取り繕ったってどうせ無理なんだから諦めろってむがっ!」


 口どころか鼻まで塞いで来る。殺す気だ。

 僕の口封じをしながら、


「それで、どうですか? 教えてもらえませんか、お化粧」


 そう頼み込む彼女に先輩は、


「うーん……」


 困り笑顔で首を傾げ、


「ここじゃあなんだし、落ち着いてお話しできるところで話そっか」


 そう提案してくれたのだった。


     ◇◇◇


 この高緑高校は、敷地内に様々な設備が整っている。コンビニやレストランから始まりセレクトショップから美容院まで、若者が利用しそうな店はおよそ全てだ。

 それもこれも全て、TCシステムを効率よく稼働させる環境構築と、社会実験の為。

 敷地内にある全ての店では、TPでの決済が可能になっているのだ。


 昼休みともなれば校舎近くのカフェやレストランでランチを楽しむ生徒も多く、そんな中で高遠先輩とテーブルを同じくしているわけだから、僕達は物凄い量の注目を集めていた。


 まあ、先輩は別格としても、僕と踊梨もそれなりに知名度はある方なのだ。

 だからその組み合わせが余計に人目を引くのだろう。

 僕とて人の視線を浴びることに慣れていないわけではないのだけれども、流石にこのレベルは経験が無く、ちょっと気分が浮き足立っていた。


 先輩は落ち着いて話ができるところをと言ってここに連れて来てくれたのだが、残念ながら全く落ち着けそうにない。

 けれど先輩自身はさして人目気にしている様子も無かった。

 恐らくこの程度の注目は日常なのだろう。

 改めて住んでいる世界の違いを思い知る。

 因みに、踊梨は身体を縮こまらせてメロンソーダをずびずび啜っていた。


「あー! キミが例の三上クンだったんだぁ。あんまり学校来てない私でも、噂は聞いてるよ。よろしくね」


 最初に改めて自己紹介ということで僕が名乗ると、彼女はそんな反応を返してくれた。


「まさか知っていただいているとは、光栄です」


 どんな噂であろうと先輩に名前を知ってもらえるだけで有難い。

 まさかこんな幸運に恵まれるとは。

 もしかしなくても後でファンに殺されるかもしれないので、覚悟を決めておこうと思う。


「それでそっちの子は……」

「えっと、垰止踊梨といいます……」

「えっ!? あの!? すごい! 二人とも有名人じゃん!」


 なんかはしゃいでますけど、この場にあなた以上の有名人はいないんですよ、先輩。


 にしても、踊梨の名前まで知っているとは。

 ということは、当然彼女がどういう人間かも聞き及んでいるのだろう。

 先輩は「ははあ」と唸って、得心いったと頷いた。


「なるほど……。ちょっと読めてきたよ。あのお願いの理由が」


 理解が早い人で助かる。頭の回転の速さも超魅力的だ。

 こうして間近で接してみると、高遠璃咲という存在はその仕草や表情、どこを取っても非の打ち所が無い人だった。

 人の心を掴んで離さないのには、それなりの理由があるというわけだ。


「ええ。実はこいつ、五月の女子力評価次第では退学って決まってまして……。それをなんとかしようと修行を始めたんです。そしてその一環としてまずは化粧を覚えようってことになりまして。先輩ならきっとメイクも上手いんじゃないかってこいつが思い付いて……。いきなり不躾な頼み事をしてすみませんでした」

「謝らなくていいよ、私も笑わせてもらったし」


 頭を下げる僕に、先輩はそう言って美しい苦笑を浮かべる。


「それにしても、結果次第で退学かぁ。なかなか大変というか、この学校も残忍というか酷薄というか……」

「まあ普通の学校ってわけでもないですからね。ある程度の成果主義は仕方がないでしょう」


 むしろ踊梨のような生徒を早々に追い出すのは正しい自浄作用とも言える。

 今のご時世、遅れている人間を手取り足取り支えてゴールまで導くような余裕はそこかしこで失われてしまった。

 先輩は根が優しいのか余裕があるのか、踊梨に対しても同情的な目を向けてくれているようだけれど。

 そんな態度に踊梨も可能性を見出したのだろう。彼女は、彼女にしては珍しく伏し目がちに先輩を見やって訊ねた。


「……それじゃあ、協力してもらえますか?」


 そんな問いかけに、先輩は難しい顔で唸る。

 そして返ってきた答えはこうだった。


「……ごめんなさい。なんとかしてあげたい気持ちはあるんだけど、難しいかな。それにお化粧だったら私以外にも上手い人いっぱいいると思うし……」


 申し訳なさそうな顔で、そう告げる。


 僕としては、まあそりゃそうだろうなという感じだった。

 多忙な彼女にはそんな暇なんて無いだろうし、あったらもっと別のことに費やすだろう。

 まずもって、こんな風に話を聞く場を設けてくるだけでも有難い話なのである。


 だがそうは納得できなかったらしい踊梨こまったちゃんが食い下がる。


「ええっ、どうしてですか!? どうしてもですか!?」

「踊梨、あまり先輩を困らせるようなことを言うな。そもそも分不相応な頼み事だったんだ」

「ちょっと! 聞き分けよく諦めないでよ他人事だと思って! 私にとっては死活問題なんだから!」


 そうは言われてもなあ。

 自分の要求や要望が全て通ると思うのは傲慢だ。

 思い通りにならないことなんて至る所あちこちに幾らでも山ほどある。

 それが世の中というものだ。


「今回は諦めろって。駄々をこねるのは子供みたいで見栄えが悪いぞ」

「納得いく理由を説明されないと到底受け入れられないわ! さっきの話じゃ納得出来ない! 私はこの先輩に教えて欲しいの!」

「どこまで傲岸不遜なんだ……。少しは恐れを知れ。立場を弁えろ。自分を磨くのなら、まずは自分の価値を正確に見極めることからだぞ」

「うっきー! 私だってこれでも貴石と呼ばれるくらいには高価なんですけど!?」

「路傍に落ちてるやつじゃん」


 そんな僕達の言い合いというか言葉の応酬を、先輩は笑えない漫才を見ているような、そんな気まずそうな表情を浮かべて眺めていた。


「ほんとにごめんね。……私、アイドルっていうお仕事してるからさ。誰かに特別に入れ込んだり、一定以上に仲良くなったりっていうことはしないようにしてるんだよ。ファンの人達を心配させたくないから……。学校では、サインや握手だってお断りさせてもらってるし……」


 心苦しそうに、彼女はそう教えてくれた。

 彼女は本当に申し訳なさそうだったが、発言の内容を責めるのは誰にも出来ないと僕は思う。


 アイドルとは、大勢の人からの好意に応える仕事だ。

 そうである以上、プライベートには一定の制限が、暗黙の了解のように存在している。

 彼女のことを好いている人は人の数ほど存在して、例えばその中から誰かを選ぶというような行為は選ばれなかった者達から反感を買うかもしれない。

 だから誰かと一定以上に仲良くならないと語った彼女のその信条は、彼女の処世と言えるだろう。

 アイドルとしての矜持なのかもしれない。

 彼女は決して冷たいわけではない。

 全ての人間に平等に接しているだけだ。

 そしてそれが言葉で言う以上に難しいことであるということを、僕はなんとなく察していた。

 比べるのも烏滸がましいことではあるけれど、彼女の信条は僕の考え方に通じるものがあるように感じたからだ。


 僕は女の子が好きで、好きだからこそ、誰とも付き合わないと決めている。

 僕程度の独り善がりな思想と彼女の矜持を同列に語るような真似はしたくはなかったけれど、それでも誤解を恐れずに言うなら僕と彼女はどこか似ていると思った。

 だから僕は彼女の生き方を支持すると同時に、彼女は本当にそれで幸せなのだろうかと、身の丈に合わない心配を仄かに抱かずにはいられなかった。

 抱いたところで、何かをどうこうできるというわけでもないけれど。


「じゃあ、仲良くなる理由があればいいんですね! 一緒にいてもみんなが納得するような、そんな理由が!」


 急にそんなことを言い出したのは、勿論踊梨だ。

 どうやら彼女の辞書に諦めるという文字は存在しないらしい――まあ他に欠如しているデリカシーとか淑やかさとか常識と比べれば、前向きな欠損ではあると思う。


 こんな状況でもなお食い下がれる彼女の胆力に、僕はちょっと笑ってしまった。


「……理由? うーん……。参考までに、例えばどういうのか教えてくれるかな」

「いいでしょう!」


 言って踊梨が立ち上がる。なんでお前が偉そうなのさ……。


「私達が、先輩のボディーガートを買って出ます! 人気者は変な人間に絡まれることも多いでしょう? 私はこう見えても腕に自信があるので、そんな暴漢から先輩を守ることが出来ます! そしてボディーガードなら、一緒にいても不自然ではないでしょう!? どうですかこの完璧な作戦!」

「な、なるほどぉ……。面白いこと考えるねぇ、キミ」


 先輩は、踊梨の勢いにたじろぐように苦笑した。


「――でも、大丈夫だよ。それほど困ってないし。いざとなったら、護身用TDがあるし」


 そして、やんわりとそう断る。

 女子力の無い踊梨ならいざ知らず、先輩ほどの女子力があれば大抵の障害はTDでどうとでもなるのだろう。

 懐から取り出された、暴漢対策に特化されたデバイスに踊梨が「ぐぬぬ」と唸っている。


 そして僕にこんなことを耳打ちしてきた。


「ちょっと伊吹、あんたも何か言いなさいよ、このままだと言い負かされちゃうじゃない」

「そうは言ってもね。先輩が要らないと言う以上――」

「私達がボディーガードになれれば、あんたもこれから合法的に先輩とお喋りし放題なのよ?」

「――お前天才か? シャベホってこと? 断固として引き下がるわけにはいかないんだが」


 マジじゃん。

 この踊梨の作戦が成功すれば、僕もおこぼれで先輩のお近づきになれる寸法じゃん。

 そしてこれを逃せば、先輩と仲良くなれるチャンスは今後無いかもしれない。

 さっきまで日和ってた自分をぶん殴りたい。

 他人事ではなかった。

 これは僕の戦いでもあるのだ。


 先輩と自分が釣り合うとは思っていないし、傍に立つことすら烏滸がましいことは重々承知しているが、それでも目の前にチャンスがあるなら足掻いてみるのが男ってもんじゃないのか。

 僕も踊梨を見習って、男らしく生きよう……!

 俄然スイッチ入ったぜ。


「高遠先輩。信用出来ないかもしれませんが、この垰止踊梨という人間、戦闘力だけは確かに桁外れなんです。昨日殴り倒された僕が保障します」

「えっ、あの噂って真実だったんだ……? また流言が飛んで語られてるものだとばかり……」

「そしてそんな僕も僕で護身術には覚えがあります。三歳で空手、四歳で柔道、五歳で剣道、六歳でキックボクシング、七歳で截拳道を始め今日まで続けています。女性を守る為の鍛錬を積んできました」

「お父さんが総合格闘家かなにかなの……?」

「TCシステムの発展に伴い女子力の高い女性の価値が上昇し続ける昨今。戦略人的資源でもある先輩の身柄を狙う危険な輩がいつ現れてもおかしくありません。いくらTDがあると言っても油断はできませんし、不測の事態もあり得ます。ボディーガードとは言わないまでも、一人で行動するのは危険です」

「だ、大丈夫だよぉ。仕事があるときはマネージャーさんが送り迎えしてくれるし――」

「学校では? 休日は? 部屋の中は? 寝ている時に襲われたらどうするつもりなんですか? 誰にでも平等に距離を置くことを責めるつもりはありませんが、いざという時に頼れる人はいらっしゃいますか?」

「そ、それはいない、けど……。まさかとは思うけど、寮の部屋の中でも離れないつもりじゃない、よね……?」

「ちょっと伊吹、先輩が引いてるじゃない! 勢い余って変態性漏らしてんじゃないわよ!」

「はっ、しまった! ブレーキ踏み損ねた!」


 つい高遠璃咲のシャンプーの匂いを嗅ぎたいという欲が勝ってしまった。

 踊梨に止められるとは、相当やばいところだった。

 僕はあからさまに咳払いをして話を戻す。


「とにかく何が言いたいかというと、先輩は誰か頼れる人間を持つべきだということです」


 ……あれ? そういうことが言いたかったんだっけ? 大筋ではズレていないけれど、少し立ち入ったことを言っているような気分になってきた。


 けれどそんな僕に、先輩は柔らかい笑顔を向けてくれた。


「……ありがとう。心配してくれてるんだよね」


 そしてどこか哀しげでもあるその表情に、僕は呆気にとられた。


「嬉しいよ、私のことを考えてくれて……。でも、やっぱりボディーガードは要らないかな。……私の生活に危険があるなら、なおさらキミたちを巻き込みたくないし。だから、ごめんね。お化粧の先生は、誰か他の人に頼んでもらえる?」


 お化粧……?

 ああ、そう言えば元々そういう話だったか……。

 先輩のお近づきになるという目的に囚われすぎて忘れていた。


 そして問題の高遠先輩は、これでこの話はお終いとばかりに席を立った。

 その所作からはこれ以上この話を続けたくないという意思がこれまで以上に感じられて、僕は押し黙った。

 さしものの踊梨も、複雑そうな顔で、それでも何も言い返さなかった。


 結局、僕達では先輩の住んでいる世界には踏み込めないということか。

 元々高望みはしていないつもりだったけれど、なんだか少し惨めな気分ではあった。

 店の会計は先輩がまとめてTPで払ってくれて、払おうとしても「いいのいいの先輩だから」と断わられてしまった。


 女性から奢られることについて否定的な意見が存在することは僕も承知しているが、僕は場合によっては有りだと考えている。

 一度奢られておけば、今度は自分から「以前のお返しに」と誘いやすくなるからだ。

 人には何か施しを受けたときにお返しをしなければならないという心理が働く。

 これは誰しもに覚えのある感情だから、相手に「お返しである」と認識させれば心理的障壁が下がり、普通に誘うよりハードルが低くなる。

 これが僕の生み出した返報利用メソッドである。

 だから僕は素直に先輩の厚意に甘えた。


 余談はともかく。

 先輩について店を出て、少ししたところで彼女は僕達を振り返った。


「二人とも、今日は楽しかったよ。ありがとね。私は力になれないけれど、応援してるから」


 僕達に向けられたのは、いつもテレビで見ているような輝く笑顔。

 その表情が逆に、彼女との縮まらない距離を感じさせた。


「いえ……。こちらこそありがとうございました」


 そう言って、僕は頭を下げる。

 こちらがお礼を言うのは当然として向こうから礼を言われるようなことは何もしていないし、なんなら菓子折の一つでも携えて謝罪しなければいけないのではという失礼ばかり働いた気がする。


 そう内心をハラハラさせる僕に、先輩はどこか気不味そうに言った。


「――あの、さ。ところで三上クン」

「なんですか?」


 やっぱり何か問題があっただろうか、と息を飲む。彼女は言った。


「私のTP、八十七万ポイント増えてるんだけど……。これってもしかして……」


 あっ。そんなに。


 そりゃあ僕は彼女にトキメキっぱなしだったけれど、どこでそんなに加算されたんだろう。

 心当たりが多すぎてわからない。


 隣で踊梨が驚愕と軽蔑が入り混じったような複雑な顔で僕を見ている。


「……誤差みたいなものでしょう、先輩を前にしているんだから」


 そんな僕の遠回しな釈明に、先輩は曖昧な笑みを浮かべる。


「……いくら私のことが好きでも、部屋には入れないからね……?」


 どうやら僕は相当警戒されてしまったらしかった。

 やっぱり、彼女のお近づきにはなれそうにない。


     ◇◇◇


「納得いかないわ」


 放課後、寮に戻ると既に彼女も帰ってきていて、僕が部屋に入るなり開口一番そう言った。


「僕は同じ部屋で暮らしていながらおかえりも言ってくれない君に納得がいってないけどね」


 日中に色々あったせいで疲労困憊していた僕は鞄を置いて溜息をついた。


 昼休みの高遠先輩との一件以降、午後は何事にも集中出来なかった。

 周りから見れば完全に心ここに在らずな状態だっただろう。

 結果はどうあれあの高遠璃咲とお茶をしたという経験は末代まで語り継ぐ武勇伝なのだけれど、その挙げ句に危険な男認定されてしまったっぽいことは悔やんでも悔やみきれない。

 いっそのこと僕という存在を忘れて欲しい。そちらの方がまだ心に対して言い訳がつく。


 これからしばらく、僕はテレビで彼女を見る度に涙を流すだろう。


「あんたより全然、私の方が納得いっていないわ。どうして先輩はボディーガードを断わったのかしら」

「もうその話は止めにしよう。過ぎたことでうじうじするのは男らしくない」


 今まさに過ぎたことを悔やみまくってる我が身だが、それはいいとして。


「私は女だから、納得いくまで忘れないわ」


 普段から女子としての自覚に欠けている彼女がそんなことを言っていた。


「……そうは言うけどさ。実際先輩が言ってたように、TDがあるから心配無いんだろう。これまでも特に問題は起こってこなかったみたいだしさ」


 あの時言った僕の言葉も、ほとんど先輩の危機感を煽るために誇張したものだ。

 いくら彼女が有名でその女子力に価値があるあるからといって、では実際その身柄を狙う恐ろしい事件が街中で起こるのかと問われれば、想像がかなり難しい。

 そんなのは漫画やアニメの中の話だと思うし、そうであって欲しいと願う。


 だから、そもそもボディーガードなんて必要無いのだ。


「でも、あの人は私達を危険に巻き込みたくないからと言ったのよ。そんなの、実際に危険が存在すると思ってないと、出てこない言葉じゃない」

「……それは――」


 否定しようとして、僕は一瞬口ごもる。

 踊梨の言い分にも一理あると思ってしまったからだ。


「――それは、後腐れの無い断り方をしたかったんだろ。気を遣ってくれたんだよ」

「私には彼女が嘘や誤魔化しを言っているようには見えなかったわ」

「そりゃあ僕もそう思うけど……」


 踊梨の真っ直ぐな視線に思わずたじろぐ。

 じゃあ何か? 高遠先輩は本当に誰かに身柄を狙われるような生活を送っていて、本人もそれを自覚していて、だからこそ僕達を遠ざけたとでもいうのか?


 考えすぎだと思うし、取り越し苦労だとは思う。

 でも今の踊梨の言葉を聞いてから昼間の先輩とのやり取りを思い返してみると、なんだか杞憂だとは切り捨てられない気分になってきた。


「そんな高遠先輩が、次の休日にショッピングに行くという情報を入手したんだけど」

「どうやってだ……」


 謎の諜報能力に眉を顰める僕に彼女は続ける。


「私は先輩の後をつけて怪しい奴がいないか見張るつもりだけど、あんたはどうする?」

「僕は……」


 問われ、僕は逡巡する。


 踊梨の論理に流されて何だか胸騒ぎがしてきたけれど、ただの考えすぎだという可能性の方が遙かに高い。

 勝手に不安がって騒いで結局何もありませんでしたでは、まるで道化だ。


 ――しかし、それの何が悪いのか。


 例えピエロを演じる結果になったとしても、先輩に危害が及ばないのなら他に望むものなどない。

 むしろ何も起こらない事こそが望ましい。

 そして可能性が僅かにでもあるなら、取り越し苦労だろうと構うものか。


 だって僕は、全ての女性を守る為に鍛錬を積んできたんだから。


「もちろん一緒に行こう。せめて先輩の周りに危険など無いと安心できるまでは、望まれなくても目を光らせよう」

「そうこなくっちゃね」


 僕の回答に、踊梨はにやりと笑った。

 そんな彼女に僕も微笑みを返す。


「にしても、君がそこまで先輩のことを心配しているとは思ってなかったよ。悪かったね」


 正直ちょっと見直した。

 だが、僕の言葉に彼女はきょとんと首を傾げる。


「え? なんのこと? 私はただ、私達がボディーガードとして優秀だということを先輩に見せつければ認めてくれるんじゃないかと思っただけだけど」

「あ、そう」


 取り敢えず、次の休日の予定が決まった。


     ◇◇◇


 そういうわけで土曜日。

 僕と踊梨は学校を離れ、街へ繰り出していた。

 彼女との女子力修行が始まって初めての休日だが、別に仲良くショッピングというわけではない。


「あっ、先輩店から出てきたわよ、伊吹!」

「……冷静に考えてみると、僕達、相当不審者だよね」


 一人で街を行く高遠先輩から一定の距離を保ち、気付かれないように物陰に身を隠しながら追跡する二人組。それが僕達だ。

 時折向けられる通行人からの視線が痛い。

 警官に見付かったらまず間違いなく補導されるだろうし、そのうち普通に通報されるかもしれない。

 まあ勝手に先輩の警護をすると決めた以上その程度のリスクは掻き捨てる覚悟だ。


 ただ、無用に話をややこしくするのも馬鹿らしいので、なるべく目立たないように気を付ける必要はあるだろう。


「伊吹伊吹! 先輩次はあの下着屋さん入ったわ! 先輩がどんなの付けてるのか気になるから、調査に行かなきゃ!」

「止めろ! あんな店に僕達が入ったら捕まっちゃうだろ!」


 ランジェリーショップなんて男子高校生の僕には場違いだし刺激が強すぎる。

 絶対挙動不審になるし、怪しまれること必至だ。

 騒ぎになれば先輩にだって見付かってしまうことだろう。


「あそこは僕達みたいな人間が入る場所ではないんだ! 考え直そう!」

「いや、あんたは確かにそうかもしれないけど、私は女なんですけど!? なんであんたと同列に語られてるの!?」


 そんな抗議の声を上げる彼女を僕はなんとか制止する。


「どちらにせよ、先輩と同じ店に入るのは発見されるリスクが高すぎる。僕だって先輩の選ぶ下着は気になるけれど、ここは断腸の思いで堪え忍ぶんだ」


 世の中には、大事を生かす為の小事という言葉がある。

 けれどこの場合先輩の下着事情は決して小事ではないので、何の関係も無かった。


「……あんたの気持ち悪さで冷静になったわ、ありがとう」


 侮蔑されるのは業腹だったが、どうやら思い留まってくれたようなので良しとしよう。


 その後も先輩は一人であちこちの店を回って、少しずつ買い物袋を増やしていった。

 僕達はその間、ひたすら陰の存在に徹した。

 先輩の周囲に不審な人間はいないか目を配りながら、先輩と二人でショッピングに出かけている自分を妄想しながら尾行していた。

 先輩は街中で高遠璃咲と知られない為なのか、キャップを目深に被り、フレームの大きい眼鏡をかけ、マスクで口元を隠した上に、主張の控えめなコーディネート。

 だがそれでも、遠目に見ているだけなのにその出で立ちは十分魅力的で、彼女の女子力の高さを改めて実感させられた。

 今は休憩もかねてなのか近くのジュースバーで購入したカップを手に、駅前広場のベンチに腰を下ろしている。


 その画に見とれていた僕に、踊梨が囁く。


「ねえ伊吹、気付いた?」

「ああ。先輩はどうやらイチゴが好きみたいだな。それも糖度が高すぎない、酸味の残ったイチゴだ。イチゴは収穫直後だと数値以上に甘さを感じるから、イチゴ狩りに誘うときは糖度が低い品種のイチゴ狩りに誘った方がいいかもしれないな」

「そんな気付きをするのは世界であんただけよ。そうじゃなくて、あそこを見なさい? なんだか怪しげな人影が複数見えるんだけど」

「なんだって?」


 彼女に促され目を凝らしてみれば、確かにどことなく高遠先輩に注意を向けていそうな連中の姿があった。

 距離が遠いのとサングラスや帽子のせいで顔はわからないが、体つきから全員男であることは明白だった。

 どれほどの距離であろうと、僕が男性と女性の身体を見紛うわけもない。


「……よく気付いたな。確かに怪しい連中だ。三人か?」


 人通りの多い繁華街。

 僕とて先輩の姿に気を取られていたわけではなくちゃんと周囲にも目を向けていたが、気付けなかった。

 踊梨に指摘されて初めて認識できたくらいだ。

 流石は垰止流の修練を積んでいるだけある


 彼女は事も無げに頷いて、


「そうね。……先輩の変装を見破ったただのファンってわけでも無さそうよ。一般人にしては気配の消し方や尾行に手慣れすぎている。さしずめ拉致や誘拐のプロといったところかしら」

「それを見抜く君も一般人離れしていてちょっと怖いけど、助かったよ。……本当にあんな連中がいたとはね」


 高をくくっていたわけではないが、できれば僕らの杞憂であって欲しかった。

 先輩をつけ狙う連中がいるなんて妄想、現実になって欲しくはなかった。


 だがこうなってしまっては、やることは決まっている。


「とにかく警察に通報しよう。何かが起こってからじゃあ遅きに失するかもしれない」


 ポケットからスマホを取り出す僕に、しかし踊梨は、


「待って、悠長に説明している暇は無さそうよ。――先輩が動き出したわ」


 そう言って素早く歩き出す。

 見ればジュースを飲み終えた先輩がベンチを離れ、動き出していた。

 怪しい男達もそれに合わせて移動している。

 そして先輩は先程までとは違い、どういうわけかどんどん人通りの少ない路地へ向かっているようだった。


 紛れる人通りも身を隠す物陰も少なくなり、追跡の難易度が上がっていく。


「先輩、なんでこんな路地裏に――」


 このまま気付かれずに一定の距離を保つのは不可能だ。

 いっそのこと姿を現わして、先輩に危険が迫っていることを伝えるべきかと思い立ったその時、


「――伊吹、奴らが!」


 僕達と違う道から先輩を尾行していたらしい連中が、突如走り出していた。

 辺りにひとけは無く、先輩の周りには誰も居ない。

 向こうにとっては事を起こす絶好の機会だったのだろう。


「くそッ!!」


 機先を制されたこちらに判断の余地は無かった。

 警察への通報は間に合っていない。

 先輩に声をかけたところでどうにかなる問題でもない。

 そうなれば取れる手段は一つだけで、考えるより先に僕は駆け出していた。


 小学生時代に女の子に格好良いところを見せたくて駆けっこの練習に明け暮れた過去を持つ僕の健脚は、五十メートル走で六秒を切る。

 そんな僕の全速力に踊梨も余裕で追従してくるのだから、大したものだ。


 とにかく、僕と踊梨は連中が先輩に襲いかかろうとする寸前で、なんとかその間に割り込むことができた。

 先輩が息を飲む気配を背中に感じながら、僕は三人の男達を目前に見据える。

 突然の闖入者に、サングラスの向こうの表情は若干強張ったようだった。

 だが踊梨の見立て通りその道のプロということなのか、走る勢いは落とさずに、そのまま標的を僕に変更して拳を振り抜く。

 僕はそれを内側から左腕で弾いて、右腕で相手の顎へ裏拳をかました。

 これまで道場での稽古しか経験の無い僕なので急所への攻撃は気が引けたが、躊躇するような余裕は無かった。


「がァッ!?」


 そして視界の端では、踊梨がもう一人の男の真の急所へ容赦無く蹴りをぶちかましていた。

 垰止流恐ろしい。


 何にせよ三人の内二人はこれで倒れて、残り一人。

 僕は先輩を後ろに庇いながらその最後の男と対峙する。


「……その構えは」


 僕は男の独特な構えに見覚えがあった。

 七歳で始めた截拳道は様々な武術の影響を受けているが、詠春拳という少林武術の流れを引く拳法が源流であると言われている。

 そして男の構えは、その大陸系の武術に通じるものがあった。

 そうなると、この男達の正体にもいくつかの仮説が立てられる。


「大戦以降、大陸側からの入国は禁止されてるはずなんだけどな……。単なる身代金目当ての誘拐というわけではなさそうだ」


 恐らく目的は金ではなく、先輩の女子力そのもの。

 戦略人的資源である彼女の価値は、半永久的に稀少資源を得るに等しい。

 海外の国や組織にとっても、リスクを冒してでも手に入れる価値がある存在というわけだ。


「……踊梨。君は手を出さないでくれ。こいつはこの僕が直々にぶちのめす」


 気が付くと、僕はそんなことを言っていた。

 ガラにも無く頭に血が上っていた。


「伊吹、あんた……」

「許せないな。勝手な事情で先輩をつけ回すなんて。襲いかかるなんて言語道断だ。そして何より、先輩の価値を女子力にしか見出していない感じが気に入らない。高遠先輩は、モノじゃないんだぞ!」


 何が戦略人的資源だ。

 先輩は人間で、女の子なんだ。

 レディーの扱いは丁重に。

 それが男の常識だろう。

 彼らと僕は相容れない。

 そして僕がこの世で一番許すことができないのは、女性を不幸にする男だ。


 だから、あいつは僕がこの手で倒す――


「いくぞおらァ!!」


 そう勢い勇んで飛び出そうとした、その寸前。

 目の前を稲妻が走り、男を直撃した。

 真っ白な痛いほどの発光に目が眩み、爆弾が爆発したような轟音が耳を劈く。


「――えっ」


 視界が元に戻った時、そこに男は立っていなかった。


 目の前には地面に倒れ伏した三人の男。

 呆気ないそんな光景に、高遠先輩の声。


「一件はこれにて落着、かな?」


 理解の埒外にある出来事を、どうにか僕は解釈する。


「……今の、先輩のTDですか?」


 恐る恐る振り向くと、先輩が困ったような笑顔を浮かべている。


「うん、指向性のある電流を飛ばすスタンガンみたいなデバイスなんだけど、ちょっとTP使い過ぎちゃうんだよねぇ、いつも」


 そんな台詞に、僕は先程の現象を思い出す。

 あの雷みたいな攻撃、もはや護身ってレベルじゃない。

 そのデバイス本当に個人が持ってていいものなんすか……。


「ていうか今、僕が格好付けて戦おうとしてたところだったのに!」

「でも私は手出ししないよう言われてないもん」


 いやそりゃあ言ってないけれども。

 釈然としない僕に、先輩が続ける。


「それに、どうしてキミたちが来ちゃうかなぁ。私、ボディーガードは要らないって言ったよね?」


 そんな僕達を咎めるような台詞は、けれど責めるような響きは無く柔らかな声色だった。


「見ての通り、私は一人で大丈夫なんだよ。……巻き込まないように急いでこの人達をあぶり出したのに、それでも間に合っちゃうんだもんなぁ」


 そう笑って溜息をつく先輩に、僕は三つほど疑問に思った。


「待って下さい。それじゃあ、先輩は始めからこいつらの尾行に気付いてたんですか?」

「うん。……変に心配させたくないから言わなかったけど、私こういう風に襲われたことって一度や二度じゃないから。怪しい人達の視線には敏感なんだ」

「そして、僕達にも気付いてたっていうんですか?」


 完璧な尾行だと自負していたのに……。


「だって今日一日、ことあるごとに莫大なTPが振り込まれてたんだもん。そりゃ気付くよ、キミがいるって」


 あー、そういう……。

 踊梨が非難がましい目で僕を見てくる。


「その上で、僕達を関わらせたくなかったってことですか? どうして――」

「それに関しては理由が必要? 普通のことじゃない? 自分の事情に誰かを巻き込みたくないっていうのは」


 そう答える先輩の表情は、やはり笑顔だった。

 だがその時の笑顔はどこか寂しげで、僕は儚さのようなものをそこから感じた。


 そんな会話の途中で、どこからかパトカーのサイレンが近付いてくる。

 先程の稲妻を誰かが通報したのか、それともこの現場の目撃者がいたのか。

 なんにせよ、この男達の処遇にも困っていたところだし、さっさと引き渡してしまおう。


 そう考えていた僕に、先輩は言う。


「ほら、警察も来るみたいだし、キミたちはもう行きな。後は私が上手いことやっとくから。正当防衛とはいえ、取り調べは面倒だよ。今日のお礼はまた後日改めて――」


 なるほど。

 どうやら本当に、先輩は僕達を関わらせたくないらしい。

 それが彼女の善意や良心から来る気遣いであることは僕も理解していて、しかしだからこそ、聞き入れるわけにはいかなかった。


「――いえ、付き合いますよ、僕達も。そして諸々終わったら、落ち着けるところで僕達にも話を聞かせて下さい。今度は、僕が奢りますから」


 先輩にはまだまだ聞きたいことが山ほどある。

 そして、言わなくてはいけないこともある気がした。


 僕が「この前のお返しです」と言うと、先輩は諦めたように「仕方がないなぁ」と笑った。


     ◇◇◇


 現場に到着した警察から色々と事情聴取を受けて、取り敢えず今日はここまでと解放されたのが夜の八時頃。

 学校まで送りますという警察の申し出をこの後用事があるからと先輩が断り、良い店知ってるからと連れて来てくれたのは駅前のビルの最上階にあるレストランだった。

 広々とした店内にぽつりぽつりと幅を開けてテーブルが置かれ、夜景が映えるよう意識された暗めの照明に包まれゆったりとした空気が流れている、回転率など捨て置いたタイプの見るからに超高級なレストランだった。


 やばい、違う世界の住人に軽々しく奢るとか言うんじゃなかった。

 普通に血の気が引く。


 執事風の出で立ちのウェイターさんに案内された席は一番奥の一際厳かな一角。

 慣れた様子の先輩に倣って恐る恐る椅子に腰を下ろす僕。

 踊梨は「私こんな店初めて~」と子供みたいにはしゃいでいた。

 畜生、人の金だと思って。

 はしゃぎたいのは僕もなのに。


「先輩は、こういう店によく来るんですか?」


 緊張で声が裏返らないよう細心の注意を払いゆっくり訊ねる。


「うん、そだね。食事の時はマスクも帽子も外すし、人が多いところだと気を遣うんだよ」

「なるほど……」


 有名人には有名人の苦労があるのだなぁ。

 庶民生まれ庶民育ちの僕がこんな生活に浸れば肩が凝って体調を崩すだろう。

 そんな僕の感想を知ってか知らずか、からかうように先輩が言う。


「三上クンは、こういうお店は初めてだった?」

「当たり前ですよ。ファミレスだって贅沢な気がするんですから」

「あはは。私は気にしないけど、色んな女性に好かれたいならこういう店にも慣れておいた方がいいかもよ? 私は気にしないけど」

「仰る通りです……」


 あらゆる状況でも女子に格好付けたい僕にとって、これは絶好の社会勉強と言えるだろう。

 だがしかし、今日は別にそんな勉強がしたくてここへ来たわけではない。


「ですが今の僕にとって一番大事なのは先輩と話すことですから。……不躾だとしても、色々聞かせてもらいますよ」


 先輩にとって今日のような事件は珍しいことではないのか。

 そうだとしたら、僕達のボディーガードを断わったのは何故なのか。

 自分の事情に巻き込みたくないからと一人でいようとするのはどうしてなのか。

 はっきりさせたいことはいくつもあった。


 そんな僕と、隣の踊梨に先輩は言う。


「うん、わかってるよ。巻き込んでしまった以上は、ちゃんと話す。……ただ、まずはお食事にしない? 流石に私お腹空いちゃった」

「賛成です! すいませーん! 注文お願いしまーす!」


 先輩の提案に踊梨が元気よく賛同してウェイターを呼んでいる。こういう店ってそういう風に呼ぶんだっけ……?


 まあ食事の最中にするような話でもないのだろうし、僕もお腹は空いていた。

 それに先輩にも話をする準備と心づもりが必要なのだろうと察して、僕は名前を見たこともない料理を、値段を見ないようにしながら注文した。

 しかし後から気付いたことだが、メニューに値段は書いていなかったようだ。怖すぎる。


 果たして、運ばれてきた料理が美味しいのか美味しくないのかを判断する余裕は僕には無かった。

 この後の会計のことを思うと気が気でなかったし、こんなお洒落な店で高遠璃咲と食事をしているという事実に意識を向けると気が気でなかったし、踊梨が明らかに場にそぐわず作法を気にしない自由な振る舞いをするので追い出されやしないかと気が気でなかったからだ。

 ただ救いと言えるのは、先輩が踊梨の振る舞いや僕のぎくしゃくした態度を楽しげに見守ってくれていたことだ。

 彼女の顔を見ていると、僕はここにいていいんだと思うことができた。


 そうして時間が過ぎデザートが運ばれてきた辺りで先輩は不意に言った。


「改めて二人とも、今日はありがとね。あんなことに巻き込んだ上に、ここまで付き合わせちゃって」

「お礼は要りませんよ。私達は実力を先輩に認めさせて、ボディーガードにしてもらおうと思っただけですから」


 はきはきとそう答える踊梨。

 それはぶっちゃけ過ぎだが、礼を言われる立場ではないというのは同意する。


「僕達が勝手にやったことですし、先輩に付き合わされているわけでもないです。お話しがしたいと言ったのは僕ですし。……先輩は、僕達に気を遣い過ぎですよ」


 それは予てから気になっていたことだ。

 学校で急にお願いをしに行けばカフェで話を聞いてくれるし、休日に後をつけ回せば面倒事に巻き込まないよう苦心してくれる。

 お人好しというには少々過剰だ。


 そしてそれは恐らく僕達に対してだけではなく他の人達全員に対して同じなのだろうから、軽く常軌を逸している。

 彼女と関わろうとする人間は百や二百ではきかないのだから。


 僕の言葉に、先輩は眉尻を下げた。


「そうかな……。うん、多分そうだね」


 そして、小さく息を吐いて先輩は僕に向き直った。


「……三上クン。キミはさ、幻滅しない? 私が何を言っても」


 突然そんな質問をされても正直戸惑うが、僕は即答することができた。


「勿論です。むしろ、誰も知らない先輩の一面を知る事ができるのであれば普通に喜びます」

「キミが言うと説得力があるね。ただ別の方向で心配だけど」


 そう曖昧に笑って、先輩は続けた。


「――私はさ、怖いんだよ。人の期待を裏切るのが。こんな人だと思わなかったって幻滅されるのが、怖いんだ。私は誰かの期待に応える生き方しかしてこなかったから」


 そう語る声は普段の元気な彼女の声とは対称的に消え入りそうなほど小さく、か細かった。


「実はアイドルを始めたのも、お父さんの期待に応える為なんだ。……六歳の頃だったかな。当時発表されて間も無かったTC理論にお父さんが注目してね。当時から資源エネルギー庁の官僚だった父は、この理論こそが国を救うって意気込んじゃって。私をより大勢の男性をトキメかせるアイドルに育てる為に養成所に入れたり色んな習い事に通わせたり……」


 困ったものだと言いたげに笑って肩を竦め、


「お母さんはもっと小さい頃に亡くしてたから私の家族はお父さんだけだった。だからお父さんの期待に応えてお父さんの喜ぶ顔を見ることだけが、当時の私の目的だった。レッスンはしんどかったけれど、お父さんの望む自分になりたくて頑張ってた。……その頃から染みついてるんだろうね。誰かが望む自分を演じることが」


 彼女は努めて明るく話そうとしているようだったけれど、そうしている時点でその話題が彼女にとって重たいものであることは明白だった。


「……プロのアイドルになってテレビに出たり一人でライブをするようになってファンもできて、私に期待してくれる人もそれだけ増えた。だから私はみんなが求めてるアイドル像に近付けるように頑張った。それ以外に生き方を知らなかったからね。でもみんなが求める高遠璃咲であろうと努力するうちに、それが本当の私なのか、私にもわからなくなっちゃった……。だからさ、三上クンが知ってる私は、私じゃないんだよ」


 そう、彼女は言った。

 か細い声で、はっきりと。


「私の名前が有名になって多くの人に知られて、戦略人的資源なんて呼ばれるようにもなって、色んな人達に狙われるようになって、ようやく私は高遠璃咲という名前が自分の重荷になっていることに気付いた。けど、気付いた時にはもう引き返せないところにいた……。だからそれ以来私は、自分の人生とはこういうものだと割り切るようにしている。親が敷いたレールの上だとしても、最初にそこを走ると決めたのは私だから、それすらも止めてしまえば本当に自分が自分じゃなくなる気がする……。だから、私は高遠璃咲に向けられる全てを受け入れることに決めたの。期待も好意も悪意も敵意も、手放したら私は誰でもなくなってしまう」


 自分が高遠璃咲である為に。

 彼女は自らの生活に様々な制約をかけてきたのだろう。

 全ての人間に平等に接し特定の誰かと親しくならないという生き方も、誰しもに平等に丁寧に接するという生き方もその為の制約だったのかもしれない。


 けれど、だとすればと僕は思う。

 それが本来とは違う自分を演じる為に無理をしてのことなら、それは彼女にとって重荷ではないのかと。

 本当は彼女だって、誰かと親しくなりたいのではないかと。

 人並みに友達を作って、人並みに恋をして、今日みたいに一人ではなく、誰かとショッピングに行きたいのではないのかと。

 そんな人並みの人生を送りたいのではないのかと。


 そう僕は、思ってしまった。


「……ボディーガードを拒み僕達を巻き込みたくなかったというのも、アイドルを続ける上で生じる苦難を、全部自分一人で受け止める為ですか?」

「うん。自分の力で困難を乗り越えることができないようじゃあ、みんなが憧れるアイドルになれない。――それに、そんな人生を歩むと決めたのは私だから、私は自分の人生に誰かを巻き込むわけにはいかないんだよ」


 最後の言葉は、まるで彼女が自身に言い聞かせているように聞こえた。


 そして僕は知る。

 高遠璃咲という一人の少女が、これまで何を背負って何を思い生きてきたのかを。

 時折感じていた彼女の悲哀や儚さが何に起因するものだったのかを。


 そして知ったからといって、僕には何もできなかった。

 彼女にかける言葉は見付からなかった。


 彼女は今の生き方のせいで少なからず何かを犠牲にしているだろう。

 けれど彼女もそれは自覚した上で今の生き方を選んでいて、そしてそんな決断をさせてしまった一因は僕達のような周りの人間の存在だ。

 これまで彼女を追い詰めていた側の一員でありながら、今さら何を言おうというのか。

 僕には、何を言う資格もない。


 自分の不甲斐なさが嫌になる。

 人より勉強や運動ができて女の子にトキメくことが得意でも、目の前の女性の力になれないならそれに何の意味も無い。

 やはり僕は無力だ。


「でも、あの時の三上クンの言葉は嬉しかったなぁ。先輩はモノじゃないんだぞ! ってやつ。初めて誰かに、私自身を見てもらえたような、そんな気がした」

「――っ」


 不意にそう言われ、僕は顔を上げる。


「この二人はなんでこんな危険な所に来てしまうんだって思ったけれど、嬉しかったよ。助けに来てくれたことも、その後の言葉も。本当にありがとう」


 そう言う彼女の笑顔はアイドル高遠璃咲の笑顔というよりかは普通の少女の笑顔で、演じた上での人物像ではない本当の彼女自身の言葉で。

 故に僕は忸怩たる思いだった。

 彼女にこんな言葉をかけてもらって、僕は黙っていていいのか。

 かける言葉が見付からないとか資格が無いとか言い訳しているだけで恥ずかしくないのか。

 己が無力なら、己に魅力が無いのなら、相手に見合うようになるまで突き進むのが僕の生き方じゃあなかったのか。

 そう奮起した、僕の隣で。


 先程からずっと黙っていた踊梨が、僕より先に口を開いた。


「――先輩は、アイドルを続けることが嫌なんですか?」


 不意にそんな問いを投げかけた彼女に先輩も驚いたようで、僕と同じように踊梨を見る。

 彼女は続けた。


「私は今の話を聞いていて、先輩は皆が望むアイドル像を演じなくても済む、普通の人生を送りたいと思っているんじゃないかと思いました。……先輩は、アイドルを続けることが嫌なんじゃないですか?」


 踊梨はどうやら、先輩の話から僕と同じようなことを考えていたらしかった。


「どう、なのかな……」


 そしてその問いに、先輩はまだ答えを見つけていないようだった。

 目を細めて考え込む。


 そんな彼女に、踊梨は続けた。


「実は私も、先輩と似てるんですよ。似た境遇なんです。……私の家は古くから続く古武術の宗家で、私は生まれたときからその技術を継承することが決まっていました。高緑高校を受験したのもそんな家の意向があったからです。私の人生は両親が決めた枠組みで、私はそこから外れない為に今女子力を高めています。先輩にとってのアイドル業は、私にとっての垰止流古武術と似たようなものなのだと思うんです」


 始めは何を言い出すんだと思ったけれど、言われてみれば確かに彼女と先輩は似ていた。

 どちらも親の意向によって生き方を縛られている。

 先輩もそれを感じたのか、真剣な表情で踊梨の話を聞いていた。


「でも、私は垰止流の武術を学ばなければ良かったとは思いませんし、家を継ぐことを止めようとも思いません。色々と悩んだり考えたりした時期もあったんですけど、結局私はそういう結論に落ち着きました。垰止の家に生まれたおかげで得たものもありますし、別の人生を歩んだ自分は想像ができないからです」

「……そうだね。確かに私だってアイドルをやっていたから手にしたものはいっぱいある。だから私もきっと、アイドルを続けるのが嫌なわけじゃないよ」


 踊梨の言葉を受けて、先輩はそう言った。


「アイドルを続けるのが嫌なんじゃない。自分を演じるのが嫌なんだよ――きっと、人は誰しも自由ではない。誰だって何かに縛られて生きている。自由に生きられたらどれほど良いかと思う……。けど私は同時にそれを怖がってもいるんだ。演じるのを止めたとき、自分が自分ではなくなってしまうような気がして」


 他人の期待に応える為に、完璧な自分を演じる。

 彼女はずっとそうやって生きてきて、それ以外の生き方を知らないと言っていた。

 だから彼女にとっての世界はそれを軸に成り立っていて、それを変えることが恐怖なのだろう。

 踊梨にとって実家の武術が軸になっているように。

 きっと生き方がはっきりしている人間ほどこの軸が明確で、変わることが難しいのだ。


 けれど先輩は、それを変えたいと思っている。

 そしてそう思ったのなら、結局のところ進むしかないのだろう。


 踊梨が言った。


「私には女子力が無くて、それでも家の意向で高緑高校にしがみつくしかなくて、色々苦労してますけれど……。同時に良い機会だとも思ってるんです。今まで見てこなかった世界を知るチャンスだって。……先輩も、何かの拍子にそうやって世界が開けるかもしれません」

「何かの拍子に……」


 そう反駁する先輩。

 彼女と似た境遇で、尚且つ前に進もうとしている踊梨の言葉に思うところがあったのだろう。


 僕も彼女の言葉を聞きながら、正直この場に彼女がいてくれてよかったと思った。

 僕には彼女のような事は言えない。

 先輩と同じ悩みを共感できる踊梨だから意味のある言葉だ。


 そして彼女にしか言えない言葉があるのなら、僕にしか言えない言葉だってあるはずだ。


「――僕は、先輩がアイドルを続けることは嫌じゃないって言ってくれて助かりました。僕は先輩の曲が好きなので、聞けなくなったら悲しいですからね」


 僕が口を開いてそう言うと、先輩は誕生日でもなんでもない日に誕生日プレゼントをもらったときのような、複雑な顔をした。

 まあこれまでのアイドル人生にまつわる様々な苦難や苦悩について話していた中でいきなりそんなことを言われても、どういう反応をすればいいかわからないだろう。

 ただ僕は、そんな彼女にどうしても伝えたいことがあった。


「何度でも言いますけど、僕は先輩の歌が好きです。何故かというと、先輩の曲を聴いたら自分も頑張ろうっていう気になるんです。それってきっと、先輩自身の頑張りが曲に現れているってことなんだと思うんです。立派なアイドルを目指す先輩自身の努力が」


 そしてその努力は、高遠璃咲というアイドル像を目指した先輩自身が費やした努力だ。

 先輩は先程、人から求められる自分を演じるうちに本当の自分がわからなくなったと言っていたが、何の事は無い。

 本当の彼女は、彼女の曲に現れている。

 高遠璃咲を培ってきたのは他でも無い彼女自身なのだから当然だ。

 だから悩むことなんて無い。

 僕はそれを伝えたかった。


「まあこの先どんな道を進むにしても、今すぐ決断する必要も無いでしょう。僕は先輩がこれまで続けてきた生き方にも意味があると思うので、変えた方が良いとは言いません。ですが先輩が誰かに求められる自分ではなく、自分が見せたい自分を僕達に見せてくれることを選んだのなら、僕は喜んでそれを応援します」


 男はいつだって、女の子の新たな一面に恋い焦がれているのだ。


「それに、こんなこと言われても気持ち悪いだけかもしれませんが……。いつか先輩が自分を演じるのを止めて本当の自分をさらけ出せるような日が来て、例えそれで他のファンの人達が先輩からそっぽを向いたとしても、僕はずっと先輩の魅力を知っています」

「……それって、三上クンだけは私のことを見捨てないでいてくれるってこと?」

「そもそも僕に女性を見捨てるという選択肢はあり得ません。この踊梨のことだって見捨ていないのですから、この言葉は信頼に値すると思います」


 僕が胸を張ってそう答えると踊梨が殺意を向けてきた。

 せめて睨むぐらいに留めてくれればいいのに……。


「そっかぁ……。他の女の子は兎も角、私だけは見捨てないって言ってくれた方が、私的にはポイント高かったんだけど」


 はっ、しまった。

 全ての女性を愛してしまう弊害がここに。


「でも、それくらいの距離感の方が丁度いいかもね、私には……」

「えっと、それはどういう……」


 僕が首を傾げると、先輩は悪戯っぽく笑う。


「だっていくらボディーガードとはいえ、同じ年頃の男の子と一緒にいたらやっぱり心配させちゃうでしょ? でもその男の子が私だけじゃなくて他の女の子にも目移りしまくりな子だったら、まあ大丈夫かなって」


 そんな先輩の台詞をゆっくり咀嚼する。

 え、それってつまり?


 そして僕が反応するより先に、踊梨が声を上げた。


「それって、私達をボディーガードにしてくれるってことですか!?」


 ガタッと音を立てて立ち上がる踊梨。

 行儀が悪いとは思ったが、僕もそれぐらいの驚きだった。


「うん……。私の話を聞いてもキミたちの気が変わっていなければだけど」

「変わってません! 初志貫徹がモットーですから!」

「同じく」


 というか、願ってもないことである。

 僕達は始めからそれが目的だったのだから。


 僕達の反応に、先輩は恥ずかしそうに言う。


「キミたちと話して、私も頑張ってみようって気になれたよ。今すぐに全てを変えるわけにはいかないけど、少しずつ変わっていければと思う。自分との向き合い方も、人との付き合い方も。――だからまずはその手始め、というと聞こえが悪いけど、キミたち二人と仲良くなれたら嬉しいな。危険を顧みず私を助けてくれたキミたちなら、信頼できるしね」

「よっしゃあ! ってことは、メイクも教えてくれるんですよね! よしやったぜえええ!!」

「うるせえ! 化粧より先に慎ましさを覚えろ!」


 椅子に足を乗せてガッツポーズをとる踊梨を僕がなんとか抑え付け、先輩が笑った。

 その笑顔はこれまでに見た彼女のどの笑顔よりも自然で、僕は嬉しくなってつられて笑った。


 それから僕達は他愛の無い話をした。

 踊梨に対する僕の不満や愚痴、彼女から僕への心ない侮辱。

 先輩の好きな果物の話や、音楽の話。


 友人であれば当たり前に話すような話題を、当たり前に楽しく話せることが僕は嬉しかった。

 先輩が僕達とそういう話をすると決めてくれたことが嬉しかった。

 そこは僕にとっては場違いな高級レストランだったけれど、とても穏やかな時間が流れていた。


 そしてあっという間に時間は過ぎ、そろそろ寮に戻らなければいけないという時刻。

 夢のような時間を脱し、僕は現実に引き戻された。

 意図的に忘れようとしていたことを思い出す。

 そう言えば、ここの支払い僕持ちだった……。

 財布の中身を確認するのが恐ろしい。

 返報利用メソッドとか言って下手に奢るとか言ったせいで、破産の危機である。

 だが、そんな僕の胸中は始めからお見通しだったのか、先輩は悪戯っぽくこう言った。


「今日はお礼ってことで私が払うから、また今度奢ってね、伊吹クン」

「……助かります」


 僕の考えや僕の支払い能力など、彼女にはお見通しだったのか。

 まったく。

 この先いくら関わりが増えようとも、彼女にはかないそうにない。


     ◇◇◇


 高遠先輩を寮の部屋まで送って、僕と踊梨は自分達の部屋へと戻った。

 時刻は門限ギリギリの夜十時。

 思えば今日は一日中外に出ていて、とにかく色々なことがあった一日だった。

 それ故か、心地良い疲労感と共に妙な達成感を覚える。

 つまり良い気分だった。

 それは踊梨も同じだったのだろう。

 機嫌良さげにこんなことを言ってくる。


「伊吹、今日は助かったわ。あんたが一緒に来てくれたおかげで上手くいったわ」

「それはお互い様だよ。僕だけでは先輩の力になることはできなかっただろう」


 日中の男達との一件然り、夜の先輩との会話然り。

 彼女がいなければ結末は全く変わっていたはずだ。


「にしても、君があそこまで親身に先輩の話を聞くとは思わなかったよ。やっぱり境遇が似ている者同士、思うところがあったのかい?」


 すると彼女はきょとんと首を傾げる。


「え? なんのこと? 私はただ、先輩を心変わりさせない限り私達とは仲良くなってくれないだろうと思っただけよ」

「あ、そう」


 そんな返事をしながら、彼女が敢えてとぼけていることぐらい僕にもわかっていた。

 変なところで恥ずかしがり屋なのか、素直じゃない奴だ。

 何はともあれ。


 明日からのことを思うと、胸が躍った。

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