第18話 10番機:姉たち
マスターが帰って来ません。
「そろそろ一息つけそう」
そう言って出かけたマスターが、この部屋に帰って来ません。
1年前、外部モニターが真っ赤に燃える隕石のようなものを捕らえました。
それは大地に突き刺さり、この世の終わりを思わせる轟音と振動を地下深いこの場所にまで与えました。
いくつかの動力系がダウンし、防衛設備も破損。。
だが、まだ致命的ではありませんでした。問題は、その後急速に変化した環境と生態系でした。
隕石の跡地と思われる場所を起点に、緑が生い茂る現象が確認され、同時に、魔物と呼ばれる生き物が凶暴化し――――――元より凶暴ではあったが――――――更に強くなって大地を埋めつくしました。
度重なる『箱舟』への攻撃に、防衛設備も弾切れを起こし、『箱舟』の地上部分は蹂躙されました。
当機はアトリエの『守護』のために、防衛範囲の縮小を決定しました。
ここさえあれば。
マスターさえ帰って来たならば。
そうすれば、どうとでも復旧できる。
だが、マスターからの連絡は、隕石の落下時以降途絶えたままでした。
「マスター……」
更に1年経っても、2年経っても、マスターからの連絡はありませんでした。1番機と2番機もです。マスターは何故か今度だけは他の機体には待機命令を出していました。
5年が経った頃、最も攻撃的な4番機がキレました。マスターが居ないストレスに耐えきれなくなったのです。
気持ちはわかります。
と、それが合図だったかのようにデータベースが更新されました。
その文言は、
「このメッセージがインストールされたということは、私は長らくアトリエに帰って来れない、もしくは死亡したということだろう。ラピスノイド全機に命じる。この部屋の『鍵』を開けたものを私の後継者とする。その者を新たなマスターとし、この『箱舟』の全てを譲渡しろ」
というものでした。
メッセージを姉達と共有した結果、4番機を全員で説得し、当機達はこの場所を引き続き防衛、保存することにしました。
――――――――――――10年、20年が経っても後継者は現れませんでした。
やがて50年が経とうという時、またもや4番機がキレました。
『鍵』を開けた者が後継者なら、開けられそうな人物をこちらから探しに行くべきでは無いかと言い出したのです。
当機は止めました。それは誇大解釈であると。
しかし、快活な9番機が今回は5番機に賛成を示しました。
待つだけがマスターの意向では無いと。待機命令は上書きされたのだから、自立思考に従い命令を遂行すべきだと。
そして5番機と9番機は旅立ちました。
それから更に20年後、今度は3番機と6番機が旅立ちました。5番機と9番機が帰らなかったことから、このままではマスターの命令が遂行出来ないと考えた様です。
6番機は非常に実直な性格であり、外部へ向かおうとするのは意外だが当然でもありました。当機達にとって、マスターに失望されることは……何よりも、怖いことです。
3番機は開放的な性格をしているので、むしろよく我慢したくらいだとは思いました。
残されたのは5番機、7番機、8番機、そして当機の4機。
また30年が経ちました。怠惰な7番機と気弱な8番機から提案がありました。提案というより、願いと言った方が正しいでしょうか。
ただ待つのがつらい、
非常に後ろ向きな意見ではありました、一考の余地はあることでした。
この『箱舟』はアトリエを中心として状態保存の魔法がかけられています。
しかし、その魔法もいつまで持つのか当機達にはわかりません。もしかしたら、すでに魔法は効力を失っていて、当機達の劣化は始まっているのかもしれません。
当機たちもこの『箱舟』に所属するマスターの『持ち物』です。故に、後継者が現れた時に『譲渡』されなければなりません。
そのため状態の保持を行うことは間違っていません。間違っては、いません。
5番機と当機が残りました。
5番機は母性的であることをコンセプトとした機体でした。姉達の中で一番他の機体を気にかける自立思考をしていました。
5番機にも色々と考えることがあったのでしょうが、5番機は当機を独りにしない選択をしました。
他の姉達が自己解釈でマスターの命令を果たそうとしたのに対して、5番機は当機と共にここで後継者を待って過ごすことを選んだのです。
その5番機が、ある日動かなくなりました。
7番機と8番機のスリープから約50年程経った頃でした。
いつものように大して汚れていない部屋の清掃を終えた直後でした。
いつものままの微笑みで、いつものままの温かさで、5番機は機能を停止していました。
理由は定かではありません。ですが、おそらく当機達のエネルギー源である
核である
それに、5番機は当機より前の
耐用年数が当機より短くても不思議ではなかったのです。
マスターからの連絡が途絶えて150年あまり。
当機は、独りになりました。
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