第17話 10番機:『次』

「よし、よしよしよし!耐久力、精密性、適応性、全部向上している!いいができたぞ!」


生まれて初めて聞いた声は、喜びでした。


脳内CPUが活性化する。視覚情報を解析、及び、自身が浸かる培養液と生体部分維持用の管から肉体情報をスキャンする。


自身の作られた目的、『箱舟』の情報、そして何より、マスターの情報をデータベースからインプットする。


「おはよう、10番機。調子はどうだい?」


培養液と管が抜かれ、重力を感じる。先程まで液体の中でぼやけていた視覚情報を更新する。

目の前に居るのがマイマスター・エバ、そして当機と同型の1番機と2番機。

機体制御、周辺情報、再生機能、武装収納、すべて良好オールグリーン


「はい、マスター。当機に問題はありません」


「くぅぅ、いいねえいいねえ。その機械的な感じ!8番機の気弱な感じも、9番機の無邪気な感じもいいけど、クール美人さんってたまんないよね!」


マスターは悦に入り無邪気にはしゃいでいます。


「どれ着せようかなあ……やっぱオードソックスでシンプルなクラシックなメイド服……いや、水色を基調にアリスメイドもいいな。うーん、いやいやいや、ここはあえてフリル沢山のミニスカフレンチメイドでギャップ萌えだ!」


マスターが楽しそうに一人言を呟くのを1番機と2番機—―――――いや、姉達、と呼ぶよう設定されている—―――――は、どちらも微笑ましそうにマスターを見ていました。


1番機はマスターの言っていたクラシカルなメイド服。2番機は……あれはメイド服でいいのだろうか、ほぼナノスキンが露出している服なのですが。一応胸と股が隠れている程度の布地しかない。

私達に支給される服は、マスターが錬金術で作った非常に耐久性の高い物だとデータにありますが、あれは胸部装甲以外守れてないと思うのですが。

疑問、気付き。……これが、思考。

当機達ラピスノイドとただの機械ロボットの明確な差。

マスターが何を考え私達に思考を与えたのかはインプットされていません。

ただ私は、この思考を含めた全てを、マスターのため使います。


私は10番機。『守護』のラピスノイド。


私はマスターが守りたいと思ったものを守るのが仕事。それは最初に生み出すべきだったのでは?と思いましたが、マスターがラピスノイドに求めたのは、マスターの言うところの『メイド』という使用人の能力だった様です。


そもそも、『献身』の1番機も『享楽』の2番機も戦闘能力は備えています。素体としての強度や適応能力は最新製造番号ロットである当機の方が高いですが、戦闘や奉仕の経験は生まれたばかりの当機では敵いません。


当然データベースよりその経験はフィードバックされていますが、知識として知っているだけの私と実体験のある姉達ではいざという時に差が出ます。

いや、出るように作られています。



それから当機は、この『箱舟』の守護を命じられました。特にアトリエを含む『箱舟』の保持と姉達の生体培養液の管理が主な任務となります。

『箱舟』にはあらゆる場所にカメラとタレットが配置されているため、思考をそちらへ繋げて迎撃を行っています。なので、実際にこの身体で戦うことは少なく、また元より姉達が配置されていたためやることと言ったらくらいです。

マスターはそれなりの頻度で外出されます。たまにしか帰宅しない、と言うべきでしょうか。

あくまでここはマスターにとっては趣味用の部屋であり、本来の仕事部屋と住む場所は都市の方にあるとのこと。

それでもマスターはここに入り浸り、釜を混ぜたり機械を弄ったりしています。

マスターは都市の中でも地位が高く、通信機でよく呼び出されて飛んで行っていました。


当機のマスターが凄い人だというのは大変誇らしいです。だけど、少しだけ寂しいです。

マスターともっと触れ合いたい。触覚、嗅覚、味覚。ただの機械であれば必要の無い感覚がマスターを求め、私に『寂しい』という自立思考を生みます。


マスターは都市に戻る際は必ず1番機と2番機、それから姉たちから2機ずつほど連れていくのを繰り返していました。

当機はまだ1度も同行を許されたことがありません。

マスター曰く、『まだ赤ん坊だから』ということです。

データベースからのフィードバックだけではなく、経験を積まないと私達ラピスノイドは成長しません。

今マスターが掛かっている仕事は人間関係の拗れがあるため、対人能力の低い当機では足手まといになる可能性が高いそうです。

真に遺憾ですが、マスターは次は必ず当機を連れて外に行ってくれると言ってくれたので、柄にもなくわくわくしていました。まあ、表情筋はあまり動かないのですが、これもマスターの趣味なので仕方ないですね




そして、『次』はやって来ませんでした。

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