第19話 10番機:お誕生日

5番機はナノスキンや人工筋肉マジカルクレイについては大きく破損していないようなので、スリープポッドに保存しておくことにしました。


ついに起動している機体は当機のみとなりました。

外に出た機体が稼働しているかどうかは、150年前ならともかく、今は判断する術がありません。

そもそも、人類が地上にいるのかもだいぶ前から不明です。


それから50年が経ちました。

姉達の居ない『箱舟』は静かです。

当機の指名は『守護』です。待機命令を上書きされた姉達と違い、当機には明確に変わらない命令が刻まれています。ここを守る事こそ当機の使命です。

1機になってもそれは変わりません。


また50年が過ぎました。

マスターは何故当機に自立思考など載せたのでしょう。

孤独とはかくもつらいものだったのかと思わざるを得ません。

何度当機の電源を落としてスリープポッドに入ろうと思ったか分かりません。ですが、それを行えば当機は自分の使命を果たせません。

苦悩の日々でした。

仕方が無いのでボードゲームを引っ張り出して1機で遊びました。アーカイブ化されている姉達の情報を対戦相手にすれば結構遊べるものです。


更に50年。

後継者はまだ現れません。

そもそも、後継者なんて現れないのかもしれません。。

地表の確認も出来なくなったこの部屋に『錬金術師』で『メイド好き』なんて属性の人が訪れるわけが無いのです。

地下深くのこの『箱舟』が見つかることなんて二度とありません。

大体『メイド好き』ってなんですか、限定的すぎます。

マスターがいなくなって300年。

勝手に今日を記念日としてクラッカーでお祝いしました。

ちょっと楽しかっけど、片付けが虚しかったです。



またまたに50年。

マスターってかなり酷いのでは?と最近考えるようになってきました。

いけません。マスターの命令は絶対のものなのに。

……でも、命令に従うのとマスターを酷いと思うのは矛盾しないのでは?

そう、当機は自立思考を持たされているのです。

酷いと思う感情も、マスター自身が生み出したものであり、それこそがマスターが求めたもののはずです。

もう確認する術はありませんが。ちっ。


更にさらに50年。

アーカイブから抜いた情報的には、マスターは『くそやろう』に分類されるんじゃないかと判断しました。

しかし、生みのマスターにそのようなことを思うのはどうしても抵抗があります。

だから、いつまで経っても現れない後継者とやらがくそやろうなのだ、絶対そうです。

もし現れることがあったらネチネチ嫌味言ってやろう。

それくらい許してくれる後継者じゃないと認めない、認めたくないのです。

最近鏡に向かってジャンケンをしていますが、決着がつかないのもくそやろうのせいです。


今日。

『鍵』を持つ後継者が現れました。

『箱舟』のエネルギーは必要最低限以外休眠状態にあったのですが、それが急に起動したため、驚いて椅子から飛び上がってしまいました。

ぽーんと30センチくらい。


何事も無かったかのように身だしなみを整えます。

エレベーターから降りてきたのは、猪面と、軽薄そうなのと、チビでした。……どれも嫌なんですが?

まあ、それでも仕方ありませんね。マスターが残した最後の命令を果たす時が来ました。


後継者はチビでした。、

まあ、この3人の中ならマシな方でしょうか。

あとそこの軽薄なのはマスターの物にベタベタ触んな、殺すぞ。


くそやろうマスターは前マスターエバの手帳を読んでいます。

あれは錬金術師にしか読めない錬金文字で書かれています。400年このアトリエを含む『箱舟』を守ってきたが、当機は手帳は読んでいません。

権限が無いというのは詭弁です。許可は与えられていませんが、読むなとも言われていません。確かに錬金文字で書かれていますが、アーカイブを参照すれば読むことは不可能ではなかったはずです。

ですが、当機も、姉達もこの手帳には触れませんでした。


手帳は前マスターエバが後継者へ残したものです。

どんなに暇を持て余そうと、それに勝手するのはどうしてもはばかられました。


「ねえ、10番ちゃん。」


「なんでしょうくそやろうマスター


「君に名前は無いの?エバさんとか他のラピスノイドは君のことなんて呼んでたの?」


「当機の機体識別番号は10番、それ以外はありませんでした」


「ふーん。じゃあ、俺が名前付けてもいい?今日から君は俺の物なんだよね?」


……『10番』というのは、前マスターエバがくれた大事なものです。

ですが、今日から当機は新しいマスターと共に行くことになります。

そう自覚した途端、言い知れぬ感情が湧き上がってきました。

自立思考の回路が高速で処理をしています。

『寂しい』とは別の、新しい感情。


「はい、構いません」


「よし、じゃあ……どうしようかな。10番だからジュンちゃんとか、ジユウ、ユウとか?」


くそやろうマスターは生まれた番号で呼ばれて喜ぶ家畜かなにかでしょうか?」


「ジロウさんとかサブロウくんにとかに全力で謝るべきだと思うよ!」


「失礼しました。当機にとって10番というのは特別な呼び名になりますので、チェンジで」


「番号呼びを特別だと思っているのに家畜扱いするとかは意味不明なんだが……?」


当機はラピスノイドです。この生身でない身体は家畜と同等でも差程気にしません。……いや、前マスターエバによって作られた当機が家畜と同等はやっぱり嫌ですね。ジロウさんとサブロウくんとやらに謝っておきましょう。内心で。


「そうだなあ……いや、うーん……よし」


くそやろうはパッと閃いたように刮目しました。


「『ノア』……君の名前は『ノア』だ。」


「ノア……理由を伺っても?」


「とある世界で人類の祖から数えて10代目、神の命を受けて世界を流す洪水を『箱舟』に乗って乗り切った人物、それがノアだ」


くそやろうマスターはゆっくりと当機の手を取りました。


「このアトリエは正に『箱舟』だ。マスターに従い、この中で400年命令を守り続け、俺まで引き継いだ君の名は『ノア』が最も相応しい」


ノア……ノア。それが、当機の固有名称。


「登録しました。ラピスノイド、製造番号10番……固有名称『ノア』」


握られた手が熱い。ラピスノイドは全環境対応型なのに。


「今度こそ、末永くお願いします、

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