第9話 棒( ˙꒳˙ )oh......
「いやああああ」
「やめ、やめてくれぇ!」
「あ、が、たす、助け」
遺跡に潜った先の開けた場所、そこは正に酒池肉林の宴の最中だった、ゴブリンにとってのだが。
「これまた酷いな……」
「げえ、ゴブリンの子作りなんて百害あって一利なしっスよ。とっとと殺りましょ」
ヤンスが心底嫌そうに呟く。屈強そうで汚い野郎とゴブリンのまぐわいなんて俺も見たくないからそれ自体は賛成だが。
「あ……あ……」
フンバルの目線は一際デカい個体—―――――恐らく
「じゃあ作戦を始める。事前の打ち合わせ通り、ゴンスとアバッキオが前、ヤンスと俺が後ろだ。フンバルはその辺に立ってて。邪魔しないように」
「了解でごんす」
「狙い撃つっス」
「わ……かりました」
各員から了解の返事が返ってくる。
と、そこにアバッキオから待ったが入った。
「なあ、隊長さんよ」
「なんだアバッキオ」
「ちょいと作戦を変えねえか」
「は?こんな土壇場で、か?」
「なに、難しい話じゃねえ。見たところゴブリンは精々40匹そこらだ。俺が突っ込んで暴れて気を引くから、お前さん達は回り込んで奥の上位個体をやってくれねえか」
こいつ本当に何言ってるんだろう、数の暴力という言葉を知らないんだろうか。
「駄目に決まってる。あの数に囲まれて無事で済むとでも?」
「余裕。だからこんなこと言ってんだ」
アバッキオは首を竦めてなんでもなさそうに言った。
その眼には微かな怯えもない。どうやら本気でどうにかできると思っているようだ。
「…………わかった。俺たちは回り込むから陽動を頼む」
「任せろ。殲滅するからよ」
アバッキオとフンバルをその場に残してゴブリンたちのいる場所を回り込むように進む。
暗がりを歩いているから早々には見つからないだろうが、身を潜めて急ぐ。
「いいでごんすか。流石に無謀だと思うでごんすが」
広場を2/3ほど回り込んだ時、大きな身体をなるべく小さくしながら前を進むゴンスが言う。
アバッキオのことを言っているらしい。まあそりゃそうだ。
正直なところアバッキオが失敗しても構わない。
俺達3人なら戦士ゴブリンも撃破できるだろう。頭を失った群れなど追い立ててツギノと挟み撃ちにしてもいい。上位個体を逃さなければなんとでもなる。
「うーん、でも本当に大丈夫かもしれないっスよ」
「ふうん、なんで?」
「さっきは本人の前だったので言えなかったっスが、もしかしたらあれはとんでもない人物かもしれないっス」
「そういえばさっき知った名前だと言っていたな。なんで本人に確認しなかった?」
「いやー……もし本物だとしたら怖かったので。それに、あんな称号持つ奴が盗賊やゴブリンに負けるとは思えないっス。というか、若様も二つ名の方は絶対知ってるはずっス」
ヤンスがそこまで言う人物に心当たりは無い。そもそもアバッキオはそんなに強そうに見えないので、二つ名なんて持ってる気もしない
「もし、自分が知ってる名前と同一人物なら――――――」
その時、風が吹いた。
会話の端でアバッキオが突撃するのが見えていた。
ゴブリンがろくに警戒もしていないところからの一撃。
それは大爆発したように瓦礫ごと10体を超えるゴブリンを吹き飛ばした。
突然の乱入者に混乱するも、戦士ゴブリンの咆哮がそれを律する。
対するアバッキオは足を止め、ゴブリン達を睥睨する。
俺達は急いで戦士ゴブリンの後ろまで回り込むことに成功し、次の陽動を待った。
アバッキオが戦闘態勢を整えたゴブリンの群れに突っ込む。
その戦いは正に嵐だった。
ゴブリンの頭を握ればそのまま砕く。腹を殴れば風通しのよい穴が空く。脚を掴めば鈍器として叩きつけられる。
「遅せぇ!弱えぇ!あーっはっはっは!」
血霧が舞い、肉が飛ぶ。
その中心で高笑いする男は、不気味で恐ろしい程の魅力を放っていた。
「間違いないなら、あれは『暴王』っス」
◆
『暴王』
それはここナーロッパ帝国における7つの座のひとつ
かつてこの国を呑み込んだ魔物と人との生存争い、その中で生まれた『王』の二つ名。
その名を継ぐ自由と力の象徴。
昔は全員が皇帝直属だったらしいが、今では名を継いだ者たちが好き勝手に過ごしている非常に傍迷惑な集まりだ。
どこぞで暴れたとか、脅したとか、斬り伏せたとか、一部を除き悪名の代名詞の様になっているので勝手に名乗ろうという者も居ない。
名乗れば。その悪名に付随する罪を全部背負うことになるのだから当然といえば当然だ。
彼らの存在が許されている理由、それは2つ。
ひとつは単純に個々が強過ぎるということ。
戦闘力だとか経済力だとか組織力だとかが強過ぎて取り締まることも難しい。
もうひとつは、外敵に対しては容赦無く戦うということ。
魔物の暴走、他国の戦争に始まる国の危機には必ず『王』が駆けつけこの国を守っている。
「で、あれが『暴王』?『暴王』ってエクスとかいうおっさんじゃ無かった?」
「その情報はちょっと古いっスね。今は代替わりして、先代暴王が育てたアバッキオ・エクスが『暴王』のはずっス」
「……そういう大事なことは先に言わないかな、ヤンス?」
「い、いや、悪いとは思ってるっスけど、あんなみすぼらしいのが今代『暴王』なんて思わなかったっスよ」
即報告しなかったことは問題だが、ヤンスの言うことはもっともである。
俺は彼が強者であることも全く分からなかったのだから。
「……まあ、詳細は本人に聞けばいい。今は
「ごんす」
「っス」
わからないことは後回し!
少なくとも作戦通り陽動……殲滅?をやってくれているんだから、突っ立っている場合じゃない
腰から強化ポーションを取り出し、飲む。同時に、身体が軽くなって集中力も増す。
もう一本薬瓶を取り出す。こっちは致死性は無いが麻痺の効果が高い毒ポーションだ。
「オラァ!」
アバッキオの投げたゴブリンの頭部が戦士ゴブリンにぶち当たり、脳を揺らす。
指揮官を攻撃されたゴブリンは、さらに包囲を狭めていく。例えそれが死の嵐に飛び込むことであっても。
これだ。知能の低い生き物の群れは、この恐怖しないこと自体が脅威だ。
ただしそれは、上位個体がいるときに限る。
「好機だ、行くぞ」
アバッキオにゴブリンが集中することで、戦士ゴブリンの守りが空いた。今なら――――――
「もいっちょお!」
ゴブリンの包囲をアバッキオが蹴り抜いた。
蹴られたゴブリンはそのまま戦士ゴブリンに追撃をくらわせ、戦士ゴブリンはそのままひっくり返った。
「は。ちょうどいい重さじゃねえか!」
わしっ、と戦士ゴブリンの足首が掴まれる。
そして戦士ゴブリンは、鈍器となった。
「ははっ、あーっはっはっ!」
そこから先は一方的な蹂躙だった。最初からそうだったと言われればそうなのだが。
統制を崩したゴブリンを鈍器で殴り殺していく。
「逃げんなよぉ、命おいていけや!」
実に楽しそうにゴブリンを殺す。手に握られた戦士ゴブリンは首が折れ、頭蓋はへこみ、全身の骨があらぬ方向に曲がっている。ゴムで作った人形の様だ。
「はあっ――――――はー、楽しかった」
嵐は数分で過ぎ去った。
鈍器をポイ捨てした『暴王』の周りには血と肉がこれでもかと散乱しており、生きている魔物は一匹も残らなかった。
「……アバッキオ、作戦は?」
俺達はアバッキオに歩み寄って聞いた。
「ああ?……あー……ああそうだった、作戦か。スマン、途中で忘れた。ほら、戦場は流動的って言うだろ?だからまあ、許してくれ」
血に酔ったのかギラついていた目は、覚めたように戻りヘラヘラと笑う。
これが今暴れ回っていた男と同一人物と言われても、中々信じられないのではないだろうか。
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