第8話 お茶とか勧めてきそうだな
洞窟の中の檻、そこから気安く話しかけてきたのは1人の男だった。
「いやー、盗賊がゴブリンに拉致られたのはいいんだけどよ。アイツらが檻の前でゲギャゲギャうるせえから飯も取りに行けなかったんだ」
そう言って糧食のレーションを齧る男。気怠げな目元に、中肉中背といった体格、黒い髪はボサボサで伸び放題だ。おそらく繁殖人で、両手首にくすんだ腕輪をつけている。
「これ美味いな。辺境の兵士はこんないいもん食ってんのか」
「それは私が作った新しい携帯食料です。栄養価が高く、長期保存にも耐える優れ物なんですよ」
事情を聞くに、なんでも帝都付近から攫われてきたらしい。いざという時魔物の餌として囮にするためだったとか。
盗賊達が洞窟をねぐらにし、しばらくした後にゴブリンの大群が押し寄せてきたとのこと。盗賊達は奮戦したが、多勢に無勢、しかも出口を抑えられていたから逃げることも出来なかったようだ。大半が手足を折られてどこかへ運ばれた、死体も一緒にだ。
奴らの中の知能が低い個体は死体も平気で犯す。ただし、さすがのゴブリンも死体からは繁殖しない。
「うん、うめえ。あ、そこの兵士さん、水くれねえかな。干し肉よりはマシだけど口の中の水分無くなるわこれ」
しかしまあ牢に閉じ込められていたというのに、なんとも緊張感の無い男だ、違和感しかない。
牢屋はゴブリンに破られなかったから平気だったらしいが、檻の部分はゴブリンの攻撃で今にも破れそうなほどボロボロだったというのに。
「ご馳走さん。ありがとよ、隊長さん」。
「それは構いません。しかし……貴方は何者ですか?ゴブリンにあそこまで追い詰められたら、普通ああなるものだと思いますが」
少し離れた場所にいる牢に入っていた残り2人を見やる。兵に囲まれてはいるが、先程までの恐怖からかガタガタと震え、呂律が上手く回っていないようだ。
命の危機に瀕したと考えれば妥当な反応だろう。おそらく片方は別の理由だろうが。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺ァ、アバッキオ、冒険者だ。女と飯と他人の秘密が大好きな、世に名を馳せる最高に格好良い男さ」
なんて自己肯定感の高い自己紹介だ。
「アバッキオ……?」
「知り合いなの、ヤンス」
「ああいえ、知り合いではありませんが、知っている名前だったので……」
そのまま口を噤む。今この場で言うべきでは無いということかな、なら後で聞こう。
「それでアバッキオさん、この後はどうするつもりです?」
「あ?あー、そうだな……一緒について行ってもいいか?」
「着いてくるって……我々はこの後ゴブリン退治ですよ?」
洞窟の反対側にはやはり別の出入口があった。足跡や血痕が派手に残っていたので、盗賊達はそちらから連れていかれたらしい。
ゴブリン達は巣に帰ったのだろう。そして、ここに残っていた戦力やアバッキオ達の証言を鑑みるに巣はそれなりの規模と思われる。
しかも、大量の苗床を抱えたことになる。これを放置すればゴブリンは爆発的に増え、やがて領民に被害が及ぶ。
故に、放置はできない。味方の兵数は少ないが討伐に向かうしかない。
「大丈夫大丈夫、俺ァこう見えて結構戦えるからよ」
さっきまで盗賊に捕まり、ゴブリンに囲まれていたのに何を言っているのだろうか。
危機的状況からは救出したのだからこれ以上面倒を見る義理もない、領民でもないし。だが、本当に戦えるのならば、戦力は多いに越したことはない。
「それならまあ、お願いします」
「おう、任せとけ。ところで、服ねえかな? 腹がたまったらくっせえのが気になってよ」
この人とことん図太いな。
「メイド服でいいならありますよ」
「おう。……おう?」
「似合わない男に着せるのは私の美学に反するのですが、背に腹は代えられませんから……!」
「待て待て待て、着ねえよ? 何言ってんだこいつみたいな目しても着ねえよ? 逆になんで俺が着ると思った?」
「メイド服を拒否する人が居るなんて……」
「なにお前、野郎のメイド服は美学に反するんじゃねえの」
「反しますし嫌ですけど、メイド服ですよ?」
「メイド服はお前の中でなんなんだよ」
すべてにおいて優先されるものだが?
ゴンスとヤンスと他の兵たちは俺から目を逸らすのをやめるべきなんだが?
「……まあ、着替えはいいや。じゃあ行こうぜ」
「待ちなよ。メイド服着なよ」
丁寧に話すのもやめだ。メイド服を拒絶する者に敬意などいらない。
「いや矛盾してるから。待て待て、こっちににじり寄るんじゃねえ。そもそもなんでそんなもん持って来た、どっから出した」
その後もやいのやいのとやりあったが、ゴンス達からそういうことしている場合じゃないと待ったが入ったので諦めることにした。
いいもんね。俺だって美少女に着せる方が嬉しいし。
「ゴブリンなんて僕にかかればイチコロですよ!」
そのメイド服はツギノに着せた。
その辺は素直なんだよなこいつ。涙と涎と小便塗れの服が嫌だったんだろうけど。
「この討伐で、兄様が領地に居なくても大丈夫って証明してみせます!」
そういう迂闊な発言は直して欲しい。
洞窟を抜け森を進むと石造りの柱がたっているのが目に入ってきた。
「これは……遺跡か?」
遺跡といっても、四方に変な像が4つ立っているだけだ。その交点には地下への穴が空いていて、足跡もそこへ続いている。
中からはうっすらとだがゴブリンの饗宴が聞こえてくる。
「突入は俺とゴンス、ヤンス、アバッキオ、それとフンバル、君も来い」
「え!お、俺もですか?」
牢から助けたうちの1人、フンバル。ガリガリに痩せている。正に骨と皮と獣耳だけの少年だ。
「何故です兄様!こんな奴より僕の方が役に立ちますよ!」
「洞窟でも思ったけど、穴ぐら燃やしたら味方まで死ぬだろう。ゴブリンがこの中にいるので全部とは限らない。ツギノと兵たちには後ろを守って欲しいんだ。地の利も無いのに挟撃されたら目も当てられないからな」
「つまり信頼してるということですね! ならば僕の前に現れたゴブリンは全部消し炭にしてあげますよ!」
さっきまで泣きべそかいてたのに自信満々なことだ。まあ実際のところ、さっきの戦闘でも遠距離からゴブリンを一掃したのはツギノだからな。
開けた場所で兵が護ってくれるなら大体の魔物には勝てるだろう。
「フンバル。……君にはやるべきことがある。だから着いてこい」
「……はい」
色々と不安はあるが、今持っている物で動くにはこれがベストだろう。
俺達はツギノ達を残して地下への階段を降りた。
思いのほか遺跡は傷んだ形跡がない。階段も床も泥だらけだが崩れたりもしていない。
これ石造りじゃ無いな?というかこれは……
アバッキオと目が合う。同じく足元を気にしていた様でこちらに意味ありげな目線を寄越したが、ゴブリンの声が近くなっているからか何も言っては来なかった。
「……ゴブリンを発見。どうやらお楽しみ中みたいっスね」
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