第7話 しけぇ!
とまあ、弟のツギノが生まれた時、俺は初めて『庇護欲』というものを知った。
基本的に俺は身内にしか優しくない。
なぜなら、身内は俺に優しいからだ。とても簡単な理屈だ。
だから、子供という理由で俺が優しくする理由は無い、無かった。
だがまあ……赤ん坊というのは、それはそれは可愛いのだ。
目が開けば透き通る瞳でこちらを見てくるし、小さな手足をあぶあぶと動かしているのはいつまで見ても飽きない。
おしめを替えるときにおしっこをかけられたこともあるし、抱っこしている時は耳元で延々泣かれてこっちまで泣きそうになったことがある。
ちなみに妹の時も同じような経験をした。
そうすると不思議なもので母性というか父性というか。ともかく、護ってあげなければという『庇護欲』が生まれるのだ。
それは、10年経った今でも変わっていない。だから、まあ……
「に゛い゛さ゛ま゛た゛す゛け゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
生意気で、領主の座を奪おうとしていて、泥と鼻水と涙に塗れて、おしっこ漏らしていて抱きついて来ていても可愛い弟なんだ、うん。
何があったか少し時を遡ろう。
俺達は盗賊が発見されたという街道から森に入り、ねぐらと思われる洞窟へ忍び寄っていた。
「見張りが……いない?」
帝都から逃げてこれるような盗賊団がそんな不用心なことを?
「兄様、僕の『才具』に任せてください」
ツギノが自信に満ちている。大声を出さないだけの分別があるのはいいのだが、ちょっと猪突猛進すぎる。
ツギノは『才具』に目覚めている。生涯『才具』に目覚めないことが珍しくないことを考えれば、才能に溢れているのは間違いない。状況的にも、敵の殲滅なら向いている。
「……いや、駄目だ。明らかに様子がおかしい。ツギノの能力なら全滅はさせられるだろうが、中のモノもすべて駄目になってしまうだろう。」
「それはまあ、そうですけど」
ツギノは不満そうに言う。
「でも盗賊の穴倉なんて残してても仕方ないじゃないですか」
「複数の反応がある。洞窟にいるのは盗賊じゃないかもしれない」
視界の隅にレーダーが表示される。
これは私の『才具』に由来する観察能力だ。レーダー上の点でしか判断はつかないが、俺にとって友好、敵対、中立、な存在を色分けすることもできる。
これによれば洞窟の中は友好0、敵対が多数、そして、その敵対に囲まれた中立が2。
この中立がまずい。
盗賊団は帝都側からそれなりの距離を移動してきている。略奪の過程で領民を攫っている可能性がある。殺しはしていないと聞いているが、あくまで村単位だ。旅人なんかが攫われた可能性はある
まあ、こういう場合に旅人の命はあまり考慮されないのだが、領地の評判としては無事に助けるに越したことはない。
正直なことを言うなら、洞窟を崩落でもなんでもさせて盗賊を一網打尽にしたい。ツギノに任せたっていい、俺は突撃に向いてないし。
ただまあ……行かないわけにはいかないだろう。友好反応ではない以上、その場で処分の可能性すらあるのだから。判断できるのは俺だけだ。
「洞窟内に入るぞ。ゴンス、先頭をまかせていいか」
「勿論でごんす」
隠れていた茂みから出て、洞窟へ近づく。すると様子のおかしさが更に顕著になった。
「坊ちゃん、戦闘の跡でごんす」
「見ればわかるさ。しかしこれは……」
洞窟の入り口をくぐれば、篝火が倒れ、壁面には人の血と思われるものがべったりとこびりついていた。
「まだ固まりきっていない……戦闘が行われてから時間は経ってないな。おそらくは魔物、洞窟内だから小型だろう。死体が無いということは……ゴブリンだろうな
「ゴブリンなら余裕ですね兄様!」
ピリピリとした緊張を解いたツギノが意気揚揚と進み出す。
「ツギノ待てっ、その先は敵が」
忠告は間に合わなかった。
ヒュッという風切り音が聞こえたと思った時には、ツギノまで矢が届いていた。
同時に、洞窟の中が明々と照らされた。
ツギノの目の前に大きな炎の壁が現れたからだ。
「ツギノ!」
咄嗟のことに、ツギノは尻餅をついてひっくり返っていた。
「大丈夫か、怪我は!」
手を引いてツギノの身体を起こす
「あ、う、え、あ、あ」
ツギノは混乱しているようだが、状況は待ってくれない。炎の壁が消えた先から赤い反応が大量にこちらへ迫ってきている
「ゲッキャ、ゲギャゲギャア」
それは大量のゴブリンだった。こん棒を持った個体がほとんどで、奥に弓をかかえる個体が1体みえる
「に゛い゛さ゛ま゛た゛す゛け゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
ジョバッっと音が聞こえるほど、液体という液体を放出したツギノが縋りついてきた。うんまあ……怖かったろうけど、動きにくいし、きちゃないから離れてくれないかな
◆
ゴブリンの奇襲は失敗した。
いや、ツギノはかなり危なかったけど。
「あっちいけえ!こっちくんな!」
そのツギノは火の玉を生み出しては投げ、生み出しては投げしている。
洞窟で火とか危なすぎるので使わせる予定は無かったのだが、どうやらこの洞窟は空気穴か他の出口があるようで風が通っている。一酸化炭素中毒で全滅ということにはならなさそうだ。
ツギノの『才具』は【火】。『攻め』系の非常に強力な才具だ。
「このぉ!このぉ!このぉ!しけぇ!」
泣きじゃくりながらも1玉1殺を繰り返すツギノは立派な戦力だ。助けてって言われた俺の立つ瀬が無いけど、まあそれはいい。
ゴブリン――――――小鬼とは、体長1メートルほどの魔物だ。
凶悪な目つきに
知能の個体差が大きく、ほどんどの者は簡単な道具を扱うのがやっとだが、稀に高い学習能力を持つ上位個体が発生する。
「ツギノ、そこまでだ。もう敵はいない」
ぜえぜえと息を吐くツギノの肩に手を置いて暴走を止める。
残る赤い反応は、ツギノの火の玉を当てられてなお足元で息をしている個体。こいつは、弓を持っていた奴だな。
「ゲギャ……ギギ……」
止めを刺すために抜身の剣を突き付ける。
ゴブリンは自身の死を察したのだろう、
「ギ、ギギギ!ゲギギ!」
ああ、これは、命乞いだ。
戦意を失った、無害なものの目。敗北を認めた、弱き者の声。
頼む。頼む。命だけはどうか見逃して欲しいと、知らない言語なのに伝わる。
その姿に憐憫を誘われ、突きつけた剣先を離す。
よくわかった、コイツらは本当にもう敗北を認めているのだ。
だからこそ、殺さなければ。
高く離した剣先をひと息で振り下ろす。剣身は不格好ながらも首を断ち切るに至った。
人の社会に生きず、自然の理にのみ従う魔物。
なのにコイツは『命乞い』をすれば生き残れるかもしれないという知恵がある。
知恵ある敵を今見逃せば、失うのは未来の無実な生命。
姑息さ、卑怯さ、矮小さ、それを知っているコイツと相入れることは無いとわかってしまった。
結果を見ればただのゴブリン退治。だが、ツギノが射られたことといい、実は紙一重だった。火の玉に耐えた耐久力からも、おそらくこいつは普通のゴブリン以上、上位個体未満くらいの成長株だったはずだ。
「で、盗賊はどこいったでごんすかね」
「大方、ゴブリンに攫われたんだろう。あいつらなんでも犯すからな」
ゴブリンはほとんどが雄だ。その生殖は、他種族の雌雄問わずに性を植え付けて出産させる方法だ
「あいつらにかかれば雄でも苗床だからな……」
雌の場合はその子宮を乗っ取り、雄の場合は腸内に性を放つことでその生物に擬似子宮を作り出しゴブリンを産むことになる。
変異した腸は戻ることなく、その歪な生殖方法から女性は元より男性に毛嫌いされる魔物だ。
「マジで勘弁して欲しいっスね……」
「俺は、あいつらを差し置いて俺達が繁殖人という名前の種族であることに納得いってないがな」
「ああまあ、あいつらは魔物っすからね。同じヒト種として扱われる方がいやっスよ」
ヤンスが苦笑する。
「まあ、ここで何があったかはそいつらに聞いてみた方がいいだろう」
俺達が辿り着いた先には、牢屋—―――――恐らく盗賊が作ったものであろう――――――があり、中には3人の人が居た。
「よう、少年。なんか食いもん持ってねえか?」
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