第10話 君の名は
「あー、アー ユー 暴王?」
「いきなりどうした」
「大丈夫ですか若様」
「急になんっスか」
「いや、違っ。アバッキオが『暴王』なのかって聞きたかったんだよ!」
ちょっと混乱していて変なことを口走ってしまった。
だって仕方ないじゃないか、暴王だぞ暴王。暴力の『王』だ。覇気の欠片も無いのに、絶対勝てない奴が目の前にいるのだ。
『王』の悪名と力は俺だって知っている。それが目の前にいるのだ。
「そうだな。言ってなかったが俺ァ『暴王』だ」
はい確定ー、ほぼ確定だったのが確定に変わったよー。変わって欲しくなかったよー。
「そんな凄い人がなんで盗賊なんかに捕まってたでごんすか?」
俺が遠い目をしだしたからか、ゴンスが言葉を継いでくれた。
「そりゃまあ、あれだ。俺ァちょっと帝都で騒ぎを起こしちまってよ、しばらく辺境にでも身を隠そうかと思ってな。そしたら丁度よく帝都と逆方向に向かう馬がいるじゃあねえの」
たしか、メイドのセイレンがなんかそういう噂話を拾って来ていた覚えがある。
盗賊をタクシー代わりに……まあ、隠れ蓑か。隠れ蓑代わりに使って移動したということか。
しかしよりによってなんでうちに来るかね。
「そんでまあ、この俺の顔じゃあ辺境に行っても女たちが放っておかねえだろ?だからこいつらを手土産にして、どっかの貴族に匿ってもらうかと思ったんだけどよ……」
アバッキオがイケメンかは置いておいて、確かに盗賊には相応の額の懸賞金がかかっていたはずだ。
俺達は公務の一環で来たが、アバッキオが討伐した場合はそのまま懐に入って来ただろう。
「大金が自分の足で目的地まで運んでくれるんだ。至れり尽くせりだもんで、風呂入れねえくらいは我慢してたんだがな……まさか俺が昼寝してる間にゴブリンに負けるとは」
ため息をつくアバッキオだが、罪悪感や嫌悪感は感じない。本当に盗賊のことは『土産物』でしかなかったのだろう。
「で、だ」
嫌な予感がする。
「隊長さんよ、あんたこの辺りの貴族に連なるもんだろ?ゴブリン退治と盗賊退治、同時にこなしたってことで俺を雇っちゃあくれねえか」
だよね、そうくるよね。
「そもそも盗賊を捕まえたのはゴブリンだし、そのゴブリンも皆で倒すところを独り占めしたんだろ。それを戦果に数えるのはちょっとかさ増ししすぎじゃないか」
盗賊退治とゴブリン退治、どちらもアバッキオがいなくても――――――苦戦はした可能性があるが、こなせただろう。
それどころか、こいつが辺境に来るために利用したんだから俺達には利がない。
「そうかぁ?俺からしてみれば、ゴブリンもお前さんたちも俺の得物横取りに来て、タダ働きさせられたんだぜ」
「……いや、志願してきたじゃん」
「おう。結果をだした志願兵に『自己責任だ』といって捨てるのが辺境流かい?」
「ぐっ」
確かに……アバッキオは志願して勝手に着いて来たが、囮役を任せるなど役割を与えて、かつ果たしきったのは事実。
死んだならそれはそれで心を痛めることも無かったが、仕事に見合った報酬を渡さないというのは駄目だ。
屁理屈にやり込められている自覚はあるが、これは俺の中の譲ってはいけないラインだ。
「なぁ、頼むぜ。このままだと食うにも困る。腹が減っては女も口説けねえよ。世の中の女が可哀想だとは思わねえか?」
「……………………わかった。うちで面倒見る」
「っしゃあ、話の分かる隊長さんだぜ!あ、そういや隊長さんは名前なんてんだ?」
アバッキオが肩を組んで来て軽快に笑う。こいつびっくりするほど馴れ馴れしいな。
「トリノ・ジャモンだよ……身を寄せるつもりなら名前くらい先に聞いてくれ」
「ジャモン……?ああ、貧乏辺境伯のトコか!ん?今は違うんだっけ?」
うちの領地は確かに10年前まではびっくりする程貧乏だった。
「今は違う。冒険者の雇用形態で俺の護衛ってことでいいな?」
「構わねえよ、トリノ。飯食えて女口説けるなら大体のことはやってやらあ」
敬語……いや、いいや。
『暴王』に敬語使わせてたら後で変なやっかみでも受けそうだ。
「で、俺の方はそれでいいとして、だ」
アバッキオが首を回した先に居たのは、さっき戦士ゴブリンに弄ばれていた女性と、それに縋り付くフンバルだった。
「アイツはどうすんだ?」
「お頭!お頭ぁ!」
フンバルは女性の身体を揺すって叫び声をあげるが、返事は無い。既にこと切れている様だ。
俺はフンバルに近づき、その背後に立つ。
「フンバル。君をここに連れてきた理由……分かっているな?君が盗賊団の一員だからだ。そして、ここの連中が全員そうなのか確かめるためだ」
彼の反応は牢に入っていた時点で赤色、つまり俺にとって敵対者を示していた。
捕らえてからも反抗の気配がなく、戦闘力も低そうだったので盗賊の選別のために連れてきたのだ。
まあ、アバッキオの戦力評価を間違っていた以上、このフンバルが強いという可能性もある。
「ちくしょう!なんでお頭がこんな死に方しないといけないんだ!」
どうやらフンバルは興奮状態で俺の声は聞こえていないようだ。滂沱の涙をながして死体を抱きしめている。
「お頭は貧民街の孤児である俺らにも分けてだてなく接してくれた。殴ったり、魔物と追いかけっこさせられたり、村の偵察に出されたりしたけど、最後には『お前のためだ』って抱きしめてくれた!他の奴らは屑だったが、お頭だけは……お頭だけは……!」
少年は虚空に向かって叫ぶ。
「この世に神はいないのか!お頭は優しい人だったのに!ちょっと女子供を10人ばっかし殺めたくらいで!」
そりゃ神も見放すわ。
「フンバル。悲しんでいるところ悪いが、ここにいる誰が盗賊で、誰がそうじゃないのか教えてくれないか。このままだと全員死んでしまう」
さっきから足元で呻き声が止まない。
ゴブリンとアバッキオの戦闘中に足元に居た人達は、戦闘の余波でほとんど息を引き取っている。
生きてる人も居るが、どいつもこいつも凶悪そうなツラと尻を丸出しで転がっている。
ほぼ間違いなく盗賊だろう。俺的には根拠のある断定だ。
しかしまあ、一応ね。敵対心のある民間人の可能性がゼロではないわけだし。
「……全員、盗賊です」
「そっか。……一応聞いておこうか。フンバル、どうして欲しい?」
まあ、連れて帰ったところで処刑だろうけど。
フンバルは勢いよく顔をあげて言った。
「はい!全員ここで殺すべきだと思います!」
情緒不安定だな君は。
「身内じゃないの?」
「身内じゃないです!俺たちに優しくしてくれたのはお頭だけでした。飯をくれてのも、頭を撫でてくれたのもお頭だけです!こいつらには殴られたことしかないです!」
「ゴボッ……ま、て、フン、バル…………それは、おかしら、の、めい……」
「うるさい!」
ボゴッ、ゴキンッ。
声をあげた盗賊の頭にフンバルの蹴りがあたった。そのまま盗賊は動かなくなった。
「ん、んー……なあ、君はいつからこの盗賊団に入ったんだ?」
フンバルが最初から赤色反応だった。盗賊なのは間違いない。
ただ、頭目への依存度と団員への強い敵意がないまぜになっている。下っ端ではあったんだろうが、なんだかちぐはぐな印象を受けた。
「俺は、というか俺らは帝都を出る時にお頭についていった……行きました」
俺ら、とさっきから言っているのは気になっていた。
こいつら盗賊のことなのかとも思ったが、先程の躊躇いのない見事な蹴りを見るにそうでは無いんだろう。
「帝都にある貧民街、そこが俺らが生まれ育った場所です。兄弟2人で、盗みと残飯漁りをしながら身を寄せあって生きてきました」
出身はスラムか。現在の皇帝は非常に優秀だと聞いているが――――――人が集まれば貧する者も増える。帝都は賑わっているが、光あればまた闇深し、その法則からは逃れられないらしい。
「この前、急にどっかの貴族が来て貧民街を『掃除』すると言いだしました。それから、『掃除』が始まってからは、朝も昼も兵士がやって来て、みんなを連れて行きました。抵抗した人は、動けなくなるまで殴られました」
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