ぐうたらへの1歩


私がまず始めたのは—―――――そう、金を稼ぐことだ。

ぐうたらとはなにか、と考えた時『自分のやりたいことを、全て自分以外がやってくれること』だと思った。

それに必要な物。……それは、金、人、物。

しくも社会における必要なものと同一である。いや、人の求めるところはいつだって同じということかもしれない。つまり社会の頂点に立ってそれを自由に使えるものこそ、ぐうたらの王であるのだ。

ここでのは国の王に限らない。

家、集落、部族、人種、会社、なんでもいい。私の望みを全部代わりにやってくれるなら、どんな小さなコミュニティでもいいのだ。


それを可能にする一番手っ取り早い手段が、金。

貨幣経済における、ありとあらゆるモノと反対の天秤に乗せることができるもの。人と物は金があればなんとかなる、これがあれば私のぐうたらは実現する。……逆に、無ければ非常に曖昧なモノに頼らざるを得ない。—―――――金では買えない、とても曖昧なモノに。




さて、金を稼ぐにあたっても金と人と物が必要なのだが……もちろん4歳の私にそんなものは無かった。そのため、父様と母様にねだる、ということになったのだが。


「トリノ。ジャモンの人間は清貧に甘んじ、質素倹約を家訓に生きています。故に、贅沢はできません。トリノのことは愛しているけど、あげられるお金はないのよ」


と、よくわからないことを母様に言われた。清貧ってつまり貧乏だってことだし、質素倹約って意味被ってるし、贅沢してないなら父様のあのポヨポヨのお腹はなんだって思うし、愛しているけどお金あげられないって素直に意味わからない文章だし。

なにより母様の目の泳ぎ方がおかしかった。昔宇宙船のソフトウェアがバグった時にあんな動きを見た。

まあ『愛している』ってところだけは真っすぐ私を見ていたから、何も追及はしなかった。無い物は無いのだろう。


しかし、そもそも何故このジャモン辺境伯領という国防の要のはずの領地に金が無いのか、という疑問が湧くが、それは【電脳】が収集した知識が解決してくれた。


――――――このジャモン辺境伯領が一度滅びた地だからだ。


正確には、私が生まれる前まであった『シモタ辺境伯領』という名前の地が滅びた後にできたのが『ジャモン辺境伯領』だ。

シモタ辺境伯領は負けた、『大森林』という魔境に。


『大森林』――――――それは、人跡未踏の大自然を含む、魔物たちの楽園。あるいは魔物たちにとっても地獄。


砂時計のような形をしたこの大陸の中心に位置し、大陸をほぼ二分する魔物の住処すみか。私が生まれ育った『豊穣帝国・ハヴェステラ』はこの森の南部に位置する多民族国家だ。『大森林』の真南から東の海岸まで広い地域、つまり帝都から見れば最北端で壁のように細長くなっている土地がジャモン辺境伯領ということになる。

山と海に接する領地は、言葉だけを聞けば肥沃で発展性のある土地に聞こえるが、実際はそんな旨い話は無い。『大森林』だけでなく、海にも恐ろしい魔物がいるため、ここでは魔物との戦いが日常。護国ための盾、それがこの地に生きるものの宿命だ。


シモタ辺境伯領滅亡の原因は『大森林』より飛来した一匹の『竜』。

『大森林』の上空には、ワイバーンやアナドルゴンなどの竜の姿はよく見かけるが、その『竜』は恪が違ったらしい。


深紅の鱗を持つ火竜。


その息吹は瞬く間にシモタ辺境伯領を焼き払い、シモタ辺境伯の一族を灰に変えた。

指揮官である貴族を一族ごと失ったシモタ辺境伯領は大混乱に陥り、軍は正しく機能しなくなった。

それでも、人々が黙ってやられていたわけではない。国への被害を抑え、情報を伝達し、才具持ちを集めた。

その時中心となったのは、『冒険者』と呼ばれる、未知や魔物と戦う荒くれ者どもだ。『パル』『宿クラン』『部隊パーティ』などの様々な部類分けがあるのだが――――――討伐に成功したのは、【ザラヤ】。父様が居た『パル』だ。

そしてそのまま父様は『ジャモン』として名と爵位を貰い、辺境伯として封ぜられた。すべてが焼け落ちた元シモタ辺境伯領に。


平民の冒険者が一日にして帝国の上位貴族となった。勿論それには色々な裏の事情もあるのだが、とにかくジャモン辺境伯領はそれから始まったばかりなのだ。

理外の外的に備える焼け落ちた地、それは金が無いのも仕方ないというものだろう。


それにしても……それから10年は経つのに、魔物との生存競争に必死で、領地の発展まで手が回ってない。父様は現場の指揮、母様は社交で大忙しで事務方を行う文官が足りていない。しかも、領民は辺境に住むだけあって、逞しいがあまり頭脳労働には向いていないときている。


――――――生まれ変わっても文官不足に悩まされるのか。


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