才具

実は前世の私達は基本的に怠け者だった。働きたくなかったし、ぐうたらしていたかった。だが、状況がそれを許してくれなかった。それどころか、三者三様に『過労』を大元の原因として死んだ。


生まれ変わった時はそりゃあ嬉しかった。初めて知る『家族』。そして、知識としては知っていた『貴族』、しかも高位貴族。今生は人を使うだけ使ってハッピーでラッキーな人生だ!……と、思っていた。

生まれた時から自我はハッキリしていた。母様や乳母の乳を吸い、メイド達には甘やかされ、子供の特権として惰眠を貪った。母様も乳母もとても綺麗だし、メイド達も引き締まった者ばかりだが、成長期は来ても性徴期まだまだ来ない身体は欲情することもなかった。働きすぎて死んだ私にとって、ここは正に天国だった。私が求めたぐうたらは、ここにあった。


それが一変したのは、4歳の誕生日。皆が笑顔で食卓を囲む中で母様が告げたのだ。


「トリノ、よく聞いて。母様のおなかの中にはね、赤ちゃんが居るの。まだ男の子か女の子かわからないけど、トリノはお兄ちゃんになるのよ」


――――――最初はその言葉がよくわからなかった。だが、微笑む父様と愛おしそうにお腹を撫でる母様を見ていれば弟妹きょうだいができるのは喜ばしいことなんだなというのはわかった。


「そうなんですか!うれしいです!」


「ええ。お兄ちゃんになるのだし、トリノの甘えん坊も直さないといけないわね。本当はもっと甘えさせたいところだけど……立派な戦士にならないと死んじゃうしね」


――――――その瞬間、私の時が止まった。


それは、微笑みの表情を崩さなかった私を誰か褒めてほしいと思うほどに衝撃的だった。


(弟妹ができたから甘えられなくなる?何故だ?弟妹というのは、製造番号ロットの後だとか、と同じ胎から生まれて母の乳を巡って蹴落とし合うような存在というだけだろう?……いや、違う、この地の人の子は違うのか。だとしても、戦士にならないと死ぬというのはどういうことだ。貴族というのはそこまで武闘派な存在なのか?)


「……トリノ?」


弟妹きょうだい』に縁の無い人生を送った前世の不明が私を混乱させた。だが、『どんな答えを求められているのか』は一瞬で判断できた。


「わかりました、母様。私は立派な戦士になってみせます」


嬉しそうに笑う父様と母様に笑いかけながら、私の『才具』が目覚めた瞬間だった。



---・ --- ・-・・ ・・・


『才具』とは、この世界に存在する異能。年齢、種族に関係無く持ちうる力で、物理法則を捻じ曲げた力を発揮することもある、『才能が具体化したもの』

その形は様々で、刀剣や盾鎧として具現化するものもあれば、火を操ったり、怪力を生んだり、空を飛んだりできるようになるなど、目には見えない力であることも多い。

基本的には一人につきひとつの『才具』を持つが、発現する条件は正確にはわかっておらず、発現しないまま生涯を終える人も少なくない。ある日ある時突然に自分にその才能があることや、自分の中の武具をすることができるようになるのだ。


私の『才具』は、二つ。

一人につきひとつの『才具』が二つ、まあ間違いなく前世の影響だろう。きっと今は分からないだけで、三つめも眠っているんじゃないかと思う。

だが、ずるいとは考えない。今世で楽をするために前世頑張ったのだと考えた方が素敵だと思うし……その方がが報われる気がする。


初めに理解した『才具』は、【電脳】。宇宙奴隷時代に、半身である人形人機エゴが持っていた。演算処理を行ったり、アーカイブを閲覧したり、宇宙船を1人で動かすために使っていた。前世とあまり変わらないが、そもそも【電脳】は人形人機の方に搭載されたナノチップの名称だ。特別な異能などではなく、宇宙時代ならば誰だって持っていた。

それが『才具』という異能として引き継がれたことは不思議だが、違う世界の記憶を持って転生した事実を思えば些細なことかもしれない。

――――――ちなみに、人形人機エゴが何か、ということについてはまた別の機会に是非語らせてほしい。私のぐうたらのためには絶対必要なことだからだ。


【電脳】の目覚めにより、私の情報処理能力は大幅に向上した。8次元プリンタどころか、コンピュータの存在も確認できていないこの地なら私に情報処理能力で敵う者はいないだろう。

――――――いやまあ、ただちょっと、なんというか、私という転生体が観測されている以上は、敵う者はいるかもしれない。調子に乗ろうにも私の冷静な部分が否定を告げてくる。

そもそも、情報処理には長けるが、それだけで人を打ち倒すことができるわけではないし。


あれは武術の授業中、コロコロと好きなように武術の先生に転がされていた時、あまりにも好き勝手されることに腹を立てた私は本気で【電脳】を使った。そして、小さな脳みそに膨大な情報が流し込まれた結果、そのまま目と鼻と耳から血を吹いて気絶してしまい私の武術の先生は母様にブチギレられることになった。ごめん。


それからしばらくは安静に過ごすことになった。

私としてはしばらく頭痛がしていたくらいで平気だったのだが、これは情報収集をする上で渡りに船だった。

興味の無かった書斎に入り浸る、もしくは人を見るや問答を繰り返し、【電脳】に知識をぶち込んでは倒れるを繰り返した。


そして知った。

ここが辺境の地であること。

内陸と違って魔物との戦闘が多く、貴族だからといって戦いから逃れることはできないということ。


『大森林』から魔物を間引くという国防の意味が分かっていない一部の貴族バカからは『蛮族』と陰口を叩かれていること。

なにより、それが改善される気配もないということ。

――――――人を使うだけ使ってハッピーでラッキーな人生なんて夢のまた夢だということ。



(これではぐうたらできなくて死んでしまう……ぐうたらしていても母様の言う通り死んでしまう)


立派な屋敷、優しい父母、綺麗な使用人に有り余る富。そんなものは先細りが確定した虚構に過ぎなかった。


(だが……いいのか、ぐうたらを諦めて。一体諦めた先に何があるというのだ)


諦め。そう、諦めとはとても優しいものである。決して諦めとは『逃げ』とは限らない。『戦い』のための諦めというものは存在する。

しかし、ここで諦めるのは違う。それは『逃げ』だ。


(私は――――――ぐうたらを諦めない)





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