私の騎士様

 私がもっとも苦手とする教科は、体育だ。スポーツのほとんどが出来ず、特に球技が出来ないからだ。

 そして、今日はドッジボールの日。バスケやサッカーでも役に立たないけど、ドッジボールは特にやりたくない。最後に残った時には、最悪の状況になるし。


「はぁ……」


 更衣室で着替えながら、ため息をついていると、隣で着替えていた美空が顔を覗いてきた。


「仮病する?」

「体育の評価を下げたくないから、さすがに仮病はね」

「せめて、出席で稼ぐって事ね。さすが、ギリギリ3で留まっているだけあるね」

「愛想は良いからね」


 体育の実技などでは評価が低くても、積極的に手伝いなどをしていたから、中学では成績3をキープ出来ていた。高校に入って、何回か体育を受けているけど、そこでもしっかり手伝いはしている。


「てか、ちゃっかり美空も評価貰ってるでしょ?」

「まぁね。星那を一人に出来ないし」


 美空の言葉にドキッとしてしまう。そういう意味で言っていたわけではないと分かっていてもね。

 着替えを終えた私達は、ロッカーに鍵を掛ける。そして、体育館履きを持って、体育館へと移動した。

 そして、最悪な体育のドッジボールが始まる。チーム分けで、美空と一緒のチームになった。


「頑張ろう」

「う、うん」


 緊張するけど、頑張って逃げないと。

 ドッジボールが始まり、ボールが飛び交う。外野と内野のパスなども混じっていて、ボールを追うので精一杯の私はあわあわと動くしかない。

 一人また一人とチームがやられていく。人が多いから、狙われる確率が低い。でも、人が減れば必然的に命中する確率は高くなる。


「おんどりゃあああああ!!」


 男子が叫びながらボールを投げた。何で、こんなに元気一杯なのか理解出来ない。


「甘い!」


 私の前にいた男子が、ボールを避けた。つまり、まっすぐボールが私に向かって飛んでくる。甘いって言うなら、ボール取れ。

 これは顔面コースだ。コースは理解出来るのに、避けられるだけの運動神経と反射神経はない。痛いの嫌だな……


「よっと」


 眼を閉じて痛みを覚悟していた私の正面で、パンッという音がした。その音を聞いて、眼を開けてみると、私の前に美空がいた。左手で私を庇って、右手でボールをキャッチしながら。


「ふぅ……うちのお姫様に何すんじゃあ!!」


 美空の投げたボールが、男子の顔面を襲った。


「うぉおっ!?」


 何とか受け止めていたけど、下手したら怪我するのだから、気を付けて欲しい。

 てか、今、美空がお姫様って……


「私が守ってあげるから、後ろにいな」

「あ、うん……」


 笑いながらそう言う美空を見て、顔が火照るのを感じる。ジャージのジッパーを上まで上げて、ちょっと顔を隠しておく。見られると恥ずかしいし。

 その後、私の元に飛んでくる剛速球は美空が全部受け止めてくれた。ただ、他の女の子が投げた緩いボールの時は守ってくれず、そのままアウトになった。ただ私が怪我をしないように配慮してくれたみたい。

 おかげで、授業が終わるまで、私は怪我をせずに済んだ。


「美空、ありがとうね」

「良いの良いの。中学の時みたいに、鼻血を出されたら困るしね」

「あははは……」


 実際、中学三年のドッジボール大会で顔面に命中して鼻血を出しながら気絶した事がある。それからドッジボールがなかったから、すっかり忘れていた。


「それにしても、中々女子にボールが回らなかったから、手が痛い。しかも、ノーコン過ぎる。あんなに気合い入れるなら、しっかり狙って欲しいわ」

「ごめんね。でも、何で男女合同なんだろうね? 力とか全然違うじゃん」

「人数とかもあるでしょ。うちの学校若干女子の方が多いし。てか、星那が謝る事じゃないよ。私が好きでやった事だし。それに、昔は逆だったじゃん? だから、今度は私の番ってね」

「昔……?」


 私が首を傾げると、美空がため息を零す。


「はぁ……覚えてない? よく吠える犬とかにあった時、怯えてた私の前に立ってくれたでしょ? あれ、結構嬉しかったんだから」

「あぁ~」


 言われて思い出した。あの頃の美空は気弱な子だったから、私が頑張らないとって思って行動していた。美空はよく覚えているなぁ。


「まぁ、星那も涙目だったけど」


 本当によく覚えているなぁ。


「あの頃は、星那が騎士様だったけど、今は私が騎士様になれるかなって。だから、星那は私のお姫様って事」

「えへへ、ちょっと嬉しいかも」


 美空に守って貰える。その事実だけで、心臓が高鳴る。でも、いつまでも、そんな関係でいたくはない。いつかは、隣同士で並んで歩きたいな。一緒の歩幅で……

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