作品13:『唇』 中尾よる・著

抽選日時:10月27日16時

応募総数:48

有効応募数:25


中尾よる

https://kakuyomu.jp/works/16817330668158255146


全1話 完結作品

7267文字

ジャンル:恋愛


 この作品を一言で表すなら、アイデアの勝利です。


 作品のストーリー自体は至ってシンプルな、男女の別れの物語になっています。特別珍しい話ではありません。しかし、その物語を紡ぐ視点が『唇』、この唇というのは、誰かの名前などではなく、そのままの意味の唇です。唇から見た別れの話になります。何を言ってるか分からないよ、という人は、これ以上説明しようがないので本文を読んで下さい。

 今までの人生で様々な作品を読んできましたが、この唇視点というのは、あまり記憶にありません。有名な作品の中に、唇ではなく、どこか別の体の一部を視点にした作品があったと思います。しかし、あった気がする程度で詳しくは覚えていません。そのぐらい珍しい作品で、アイデアの勝利という所以ですが、本作には問題点もあります。唇にはそもそも目がないわけで、それを無理に視点としたために、作中に数多の矛盾が生じてしまっています。例えば冒頭、いきなり「僕は、彼女の唇を見ていた。」と、「見る」という唇ではなく目の役割になってしまっていたり、通常の視点と変わらず「見た目」の描写があったり、人間の会話を「聞く」という耳の役割をしてしまったり、「考える」という脳の役割だったり……つまり唇に徹し切れていないわけです。これでは唇視点ではなく、主人公視点だとしても大差ない内容になってしまっているのです。


 そこでもう少し知恵を絞って、唇、もしくは口全体の仕事である、喋る・話す、味覚・触覚といった感覚、これらを前面に出し、それのみで物語が紡がれていたら、恐らく素晴らしい作品になったのではないでしょうか。これも一例ですが、作中にコーンスープのくだりがあります。彼女がスープを食べるだけのシーンで、もし口・唇であるなら、彼女に食べさせるより自分自身、唇自身がそれを食べて、口当たりや味そのものに対する描写をする方が、真の唇目線になるのかなという事です。

 唇視点という発想と着眼は良かったので、そこからもう一歩進んで、唇自身に分かる感覚や仕事といったものだけで、上手く物語を完結させるアイデアが欲しかったですね。その意味で、とても惜しい、残念な、勿体ない作品だと思います。

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