第4話:追うもの、追われるもの 3
あれは誰なのだろうか?
なぜ、こんなところにまだ人が?
混乱して、分からない。ただとにかく、彼もまた返り討ちにしなければ、自分はここで負けてしまう。そんな不安が急速に襲って来た。
慌ててライフルについたマガジンのスリットを覗き、弾がなくなっていることに気が付いた。いや、確かに先ほど打ち尽くしたはずだったが、そんな事さえ頭の中では忘れていた。
ただ弾が減っているというような、もう曖昧な感覚しか頭には残ってなかった。
「すみません……いま、マガジンを変えて……変えていこうと、その……」
胸のポーチからマガジンを取り出し、その角の部分で奥まった場所のリリースボタンを強く押す。
そう……強く押す。強く押すのだ。
「あれ……? ごめんなさい、おかしいです。なんか、ごめんなさい。全然……押せないです。マガジンの……なんか、なにかおかしいんです」
腕のや指の関節がなぜかガチガチに固まって、マガジンを取り出すのにも苦労する。両手で取り出したそれを片手に握るのもどこかおぼつかない感覚がして、手元の遠近感さえどこか曖昧になっていく。
マガジンの角で、ライフル側面のボタンを押し込む。
マガジンの角で、そのボタンを押し込む。
この角でただあのポッチを押せばいいのに、私はいつまでも見当違いな場所をマガジンの底で打っていて、ガチャガチャと乾いた音が鳴っている。
「ごめんなさい。ごめんなさい……全然、なんか上手く腕が動かせなくて……すみません。そう、相手は? 相手はもう来てますか?」
一旦リロードの作業は中止して、もう一度向こう側を覗いてみるが、しかし、相手はいなかった。
「あれ……?」
その頂から顔を覗き、右を見渡し、左を見渡すが、どこにも先ほどの人影は見えなかった。先ほどは確かにいたと思った、フードとマントを纏った、アンドロイド型の銀のアバター。
どこかに隠れてしまったのか、そもそも私の見間違いか。
――ブーーーーッ!!
しかし突然、目の前に激しく土煙が上がり、ビッビッと青白いエフェクトとともにシールドにダメージが入る。鈍いブザーの様なけたたましい音が鳴り響き、視界の一点で鋭いマズルフラッシュが光っていた。
「ウソ……ずっと、正面に……?」
なぜだかそれまでその男の事が見えておらず、彼が射撃体勢に入っていることさえ気づかなかった。相手はなんの偽装も施さず、先ほど見た時から、まっすぐこちらへ進んでいただけだというのに。
姿勢を下げて斜面のこちらに身を隠すと、先ほどの二発でシールドの殆どが消えていた。撃っていたのは、おそらく中~大口径の機関銃。ほんの一瞬ではあったものの、その手元からは零れるように大量の、薄黄色の空薬莢が飛んでいた。
その場で寝転んだまま転がって、麓の方へ姿勢を向ける。斜面の上で何とか膝に力を入れると、中腰になって二個目のシールドセルを下に押し込む。
「どうしてこんな時に、上手くVRが動かないんでしょうか……全然、指が動きません。どうして……ああでも、何とか相手に応戦しないと」
もう一度マガジンを拾いリロードを試すが、上手くいかない。せめてこの峰から距離を取ろうと踏ん張ると、今度は力が入りすぎて、斜面から飛び上がる形でつんのめり、下のほうまで転げ落ちた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、皆さん。なにやってるんだって思われるかもしれないけど、ほんとうに上手く……身体が上手く動かないんです」
まるで上手く飛ぶことの出来ない、悪夢のようだと思った。
その夢の中では、自分は飛べるはずなのに。ほんとうに鳥みたいに飛べるのが当たり前の夢の中なのに、その世界で自分だけが上手く飛べない。飛ぼうと思うと身体は浮くのに、すぐにコントロールが不能になって地面に落ちる。
私は深い息を吐きながら、ひとつひとつの動作に集中する。
まず手をついて、顔を上げる。それから腰を捻って、右ひざを曲げる。今度は逆に捻って、膝に身体をあずけると、背筋を伸ばして上体を起こす。
「とにかく、応戦しないと……戦わないと」
腰から下が言う事を聞かず立ち上がれないが、すこしは冷静になりつつあった。
右腿のホルスターのベルトを外す。
両手でなんとかボタンをはずし、ベルトの端をめくりあげる。それからゆっくりとハンドガンをひき抜くと、膝の上にのせて右手に握る。親指を掛けてグリップを握り、左手で人差し指を掴むと、慎重にトリガーガードへ押し込んでいく。
――パン!
膝の上で暴発し、視界が一瞬赤いエフェクトに縁どられた。
それなりの距離からの攻撃はシールドが防ぐが、このようなその内側からのダメージは、HPへの直接ダメージとなるらしい。
何度か辺りを見回すと、ようやくあの丘陵を越えてこちらに近づいてくる相手が見える。一面の黄色い大地は見えているはずなのに、なぜこんなにも敵を視認するのに苦労するのだろう。
スライドを引いて、動作不良で詰まった空の薬莢を排莢する。
親指をグッと正面に立てるように。左手は、その右手を包むように。ハンドガンをまっすぐ突き出し、手前の照門と奥の照星が、目線と相手の身体に重なるように構える。
――パン!
ライフルや相手のマシンガンと比べると、まるで現実味のない爆竹の破裂のような音。
「どうして……」パン! 「当たらない」パン! 「なんで……」パン! 「どうして……?」パン! 「ごめんなさい」パン! 「ごめんなさい……」」パン!
しかし相手がその頂を越え、こちらに全身を現すまでに、たったの一度も当たらない。少しだけずれて斜面に当たるということもなく、本当にあのはっきり見えている相手にも掠らず、土煙やヒットエフェクトを残すことなく弾が消えた。
スライドが後退し、弾がなくなっても痙攣したように人差し指が動きつづけ、トリガーを押し続ける。この銃がそういう作りになっているのか、このゲームの仕様なのか、映画やアニメのようにカチリとも鳴らず、押し込まれたままの固いトリガーが冷たく指を押し返した。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
ハンドガンを握ったままの右手が膝に落ち、そのままだらりと肩が落ちた。
相手はいかにも冷静で、私の悪あがきにも動ぜずに、ただ黙々と丘を越える。どうして度々見失うのか。完全に機械となった銀の身体に、黒いラバーの関節が、驚くほどに肉感的に駆動している。
風に煽られ捲くれたマントの隙間には、ベルトに連なった弾薬が袈裟に巻かれ、その背中には針金状のアンテナがのぞく。
バックパック型の、ストレージを排した大型シールド装置、腰に構えたベルト弾倉の機関銃。お手本のようなエネルギー重装型、制圧支援用兵装だった。
こうしてあの大容量のシールドを張りつづけ、あの機関銃を撃つだけでも、瞬く間に大量のリソースを消費するはず。
なぜ彼の様な、短期戦闘特化型の兵装が後半になって突然この場に現れたのか。いままで、あの特徴的な絶え間のない発砲音も、聞いたことはなかったはずなのに——。
そして、そこまで考えて、やっと自らの負けを悟った気がした。
相手はいまのいままでほんとうに、出来る限りの温存をして、ずっとこの時を待っていたのだ。
バトル・フィールドが縮小し、生存者が少なくなれば、おのずと戦況は単純化される。人数が減り、代わりに戦場が狭くなれば、純粋な戦闘力がものをいう、ただ力だけの場に還元される。
彼はあの決してステルスに向いているとは言えない兵装で、ずっと潜伏して待っていたのだ。戦場の動きを読んで、不用意な戦いにあえて背を向け、この戦いの最期の地へと立つために。
彼のその、大きな黒い機関銃。中学校の吹奏楽部の同級生が、いつか吹いていたオーボエが、大きくなったような見た目をしている。彼はその銃を腰に抱え、たたまれたバイポッドを無造作に握って構えている。
ブーーーーーッ!!
私の左後ろから、猛烈な土煙が上がって近づいてくる。まるで目に見えない恐ろしい速さの怪物が、走って襲ってくるみたいに。
私は思わず振り向いて、その見えない獣を腕で防ごうとするのだが、そんな行為には意味がない。
なぜなら私の死は、そのふりむいた背中の側から、あのガンナーの銃口から放たれている。
ドドドドドドドドッ!
シールドが消し飛び、背中に鈍い衝撃が激しく何度も伝わって、私のアバターはこちらの動作を受け付けなくなった。
まるで糸の切れた人形のように、その黄色の大地にパタンと倒れた。
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