第4話:追うもの、追われるもの 2
金管楽器を吹くようにフーと細く長い息を吐きつづけ、その瞬間に集中する。
見るとスナイパーはジリジリとその場で位置や体制を変え始め、狙撃の準備を確かめている。私はもう一度頭の中で辿るべきルートをシミュレートし、ライフルの射撃モードをバーストへと切り替える。
そしてこちらもジリジリと、移動のための体勢へ移った。
――ターン!
まずは一回。ここはなるべく速度を稼ぎ、一気に距離を詰めていく。
ターン!
そして二回目。すこしだけ腰を低く保ち、動きを抑えて、地面を擦るように移動する。
ここではたと気付いたが、おそらくこの星の大気の中では、音速そのものが少し遅い。
星々のその大気の中での音速は、その大気の組成成分に大きく影響を受ける。きっとこの星の大気は酸素やアルゴン等の割合が多く、気温も低いために音速が遅いのだろう。別々の星では重力も、大気も、そしてそうした環境に依存するあらゆる自然現象が、まるで違うと考えなければ。
——ターン!
三発目。首尾よく最後の地点へとたどり着き、その場にしゃがみ、次の射撃まで一拍まつ。相手がスコープを覗くであろうタイミングでなるべく向こうへ近づいて、あの大きな発砲音に合わせてその背後へと射撃するつもりだ。
すべてが上手くいったなら、素早く彼の荷物をあさり、この戦場から離脱できる。
しかし、私が身を乗り出したタイミングで、スナイパーが振り向いた。あの長いライフルをグルリと回し、その場に仰向けになって、目が合ったのだ。
何故……と、一瞬頭の中が真っ白になるが、彼の背後で砂煙が立つ。
遅れて丘の向こうから銃声がして、彼もバレたのだ、と気付く。
「くっ……!!」
素早くその場に片膝をつき、ギュッとその場で全身を固める。思わず喉がなるけれど、今は構っていられない。立てた膝上に左ひじを置き、その上にライフルを据えてスコープを覗く。
タタタッ!
グリップを握る拳、ストックを押し付けた肩に鋭い衝撃が加わって、一瞬膝と左腕の肘から重さが消える。あのスナイパーの少し左に土煙。
跳ね上がりの戻ったスコープの中のレティクルを読んで、背中や肩を力いっぱいに捻り、少しだけ方向を修正する。
――タタタッ! タタタッ! タタタッ! タタタッ!
素早く指を切って、さらに数回。
トリガーを引くのとともに全身を力ませ、暴れる銃を制御する。
数発目からようやく相手のシールドを削り、ビビビッっという電子音とともにXの字のヒットマーカー。以降、ズビッという生身に対するヒット音が続き、マガジン内の半分ほどを打ち切ると、相手の腕からライフルが落ちた。
黄色の砂煙をあげながら丘の斜面を、彼の大きな狙撃ライフルが、こちらの方へと滑り落ちた。
「…………はっ、はー」
しかし肺の三分の一を吐き出したところで、思い返して息を止めた。
まだ、まだ終わっていない。
まだ丘の向こうには、敵がいる。
どうするべきか。いや、そんなことは決まっている。この場で迎え撃たなければ、今の私には逃げ場はない。
今まであのスナイパーが油断していたのは、彼がエリアの端を背にしていると考えていたからだ。私は彼とゾーン端との狭い間を縫ってきたが、そんな芸当が許されたのも、このバトルエリアから先ははるか上空の、自動ドローンが狙っているから。
フィールドから出るということが、無慈悲な死を意味するからだ。
今この場から後ろへ逃げれば、そのドローンに殺される。もしもエリアの端を沿って逃げたとしても、現在の狭まったその弧の中では、向こうの敵からは丸見えとなる。
私はその場に立ち上がると、胸のポーチからグレネードを取る。あえてレバーに手をかけずにピンを抜くと、一息飲んで二つ数える。
なるべく山なり、大振りに。向こうの丘をめがけて投げつけた。
上手く空中でパンと爆ぜたが、案の定相手の方にも当たらなかった。そして運のいいことに、その飛び散った破片は私の方にも当たらなかった。
それでも、これで相手への牽制にはなったはずだ。少なくともこの破片の散った範囲を迂回して、相手はあの丘を越えてくるはず。投げ方の癖でだいぶ右側によっていたが、なら正面から左に賭ける。
私はもう一度その場で射撃姿勢を固め、息を殺して相手を待った。
先ほどはあの丘陵の頂にいた、あのスナイパーへの射撃は成功した。皆に言われていた通りかなり弾丸は直進し、浅い角度でのゼロインの調整は功を奏した。だからあの丘の向こうから出てくる相手も、ほぼ同じ射撃感覚でいけるはずだ。
何度か息を整えようとしてみるが、心臓の鼓動が収まらない。さきほどから落ち着けようと何度も息を貯めて、そしてゆっくりと吐き出してゆく。そしてそうしている間にも、まだ敵はあらわれない。
相手が逃げてくれたのか、それともあのスナイパーに撃った射撃は牽制で、むしろあのときから既に逃げるつもりだったのか。だとするとあのグレネードは他の参加者に意図せずこちらの存在を知らせてしまう、単なる悪手だったのではないのだろうか。
じっと眺める丘の稜線に、スッと何かが頭を出す。私はある程度この大地の砂に塗れており、向こうからはおそらくまだ見つかっていない。
その相手はゆっくりとその稜線の上から辺りを観察し、そしてゆくっりと、ゆっくりとだがその稜線を越え、こちら側へ……。
――タタタッ! タタタッ! タタタッ! タタタッ! タタタッ!
素早く指で、五連続。三点バーストで計15発ものマガジンに残った弾丸を、間髪入れずに打ち込んだ。
その後も何度かカチカチとトリガーを引きつづけ、相手がダウンしたと気づくまでにしばらくかかった。
「はぁ……はぁ。私……私、やりました……二人。二人も……」
今しがた何キロも走ったように体が重く、鼓動が速い。VR中の運動に疲労はしないはずだというのに、身体や胸が、なぜか異様に重く感じられた。
「これで……この場にはもういないと思いますが……はやく戦利品などで補給して、次の縮小に備えないと……すみません。ほんと。ちょっと……上手く身体が動かせなくて……」
突然どうしたのだろう? VR機器の異常だろうか? それとも何か体調不良で、私の脳波が整わないのだろうか?
現代のVRはそんな大まかな仕組みではないはずだが、なにかが私のVR操作を阻害していた。
「すみません。いま、いますぐ……」
フラフラと立ち上がり、両手で斜面を掴みながら傾斜を上る。スナイパーのストレージにアクセスすると、応急パックやシールドセル等、とりあえず使えるものを取り出していく。
「あっち、も……そうですね」
それから、同じくこの丘の頂上で倒れた先ほどの誰かの方へ向かおうとしたが、立ち上がった瞬間、その丘の向こうの麓で何かが動いた。
「なに? 誰……?」
思わず言葉を出したその口を自分で塞ぎ、素早く稜線のこちら側に身を隠した。
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