第4話:追うもの、追われるもの 1

 この森に火を放ち、そしてあの森林迷彩服のプレイヤーを仕留めた、スナイパー。


 手には銃身の長い、狙撃用ライフル。彼自身の黄色い迷彩によって身体の輪郭は掴みづらいが、その銃によって彼がどちらを向いているのかはよくわかる。


 彼は非常に用心深い獣のように、あの紫の人物――倒した獲物を物色している。


 今は相手の背中に手をかざし、おそらく、そのストレージにアクセスしているのだろう。まだまだリーグは序盤戦、しかもあれほど手際よく倒せたのだから、彼はかなりの戦利品を獲たはずである。


「――いえ、ダメです。すみません……」


 その場でさっとトリガーガードから指先を抜き、ライフルを斜めに寝かせ、出来るだけ低く姿勢をなおす。一瞬、ドキリと跳ねた心臓を無理矢理に押さえつけるように、身体全体をその場の地面に押し付けた。


「ごめんなさい……その。今回はすこし、様子を見させて下さい。ほんとうに、つまらないかもしれないけれど……すみません」


 配信の向こう、そして自分に言い聞かせるように、その場に呟く。


 あのスナイパーは、かなり強い人……なのだ、と思う。それこそあんなに手際よく、先ほどの人を倒せるほど。


 あの森の中で聞いた銃声は、土煙の上がったしばらく後に響いてきた。つまり彼は銃弾と音速の差が、それほどはなれる距離から狙撃をしていたのだ。


 もしかしたら、あの時間は私の感じた錯覚なのかもしれないけれど、それでもかなり長距離からシールドを割り、そして立て続けに命中させて、逃げるあのプレイヤーを倒してしまった。


「レティクル……っていうんでしょうか? その、スコープの目盛りで距離とかいろいろ測るんですけど。あの人が警戒して立ち上がらないから、距離も全然わからないんです……」


 そのスコープを覗くと、銃口の延長を示すT字の照準の他に、横に伸ばした√記号のようなレンジファインダーと呼ばれる目盛が描かれている。レンズ越しの風景の対象物の大きさとその目盛の数とを計算すると、目視でおおよその距離を測ることができるらしい。


 この種の対人中距離用スコープではこの√字のメモリと立ち上がったときおおよそ170cmとなる人間の身長とを合わせれば、簡単にその人物との距離を測ることができるはずだった。しかし、あのスナイパーはそれを警戒してか決してその場で立ち上がらず、またおおよそ24cmと計算できる頭部のシルエットもその迷彩で隠している。


 本当ならば、それでもいろいろ方法はあるのかもしれない。でもには私はそれをわからないし、今この場で複雑な計算とかしてそれをやれと言われても、この緊張感の中ではとても無理だろう。


 ここからでもそれなりにあのスナイパーとは距離があって、不用意なまま撃ったとしても、無理矢理に距離を詰めようとしても、彼に返り討ちにあう予感しかしない。たとえ彼が気づかないままあのスコープをこちらに向けた場合でも、私はすぐさまこのライフルを倒し顔を伏せ、彼に見つからないことを祈るしかない。


 それほどにあのスナイパーに、私は圧倒的な脅威を感じていた。


「本当に申し訳ないんですが、このまま私は隠れることに専念して、状況が変わるのを待とうと思います。少なくともあのスナイパーの人が、警戒している場面では動かない方がいいと思っています……もし、まだ配信を見てくださっている方がいても、ずっとつまらない画が続くと思いますが。それは、ほんとうにすみません……」


 もう何度目かと自分でも思うほど謝って、じっと息をひそめてトリガーに手をかけないまま、斜めに伏せたライフルのスコープを覗き続ける。


 あのスナイパーがああして倒した相手を物色しているということは、とても幸運なことだと思う。あの人におそらく私が死んだと思われていることは、ほんとうに私にとって運がいいことだ。そう思うべきなのだ。


 すくなくともあの狙撃ライフルで狙われず、そして相手もどうやらこちらの方向は、完全に人がいないと考えている。だから彼が次の縮小範囲を目指すときには背後を取れ、他の誰かにあのライフルを向けている場面で、奇襲を行えるかもしれないのだ。


 私はまたその場の灰を身体に塗り付け、じっとスコープの向こうの相手を観察しつづけた。


 ***


 ようやくチャンスが巡ったのは、あと二回ほどバトル・フィールドが縮小し、非常に慎重な彼が敵に狙いを定めた時だった。


 現在、スナイパーはこちらからすぐの丘陵地の頂から覗き込み、その向こうの状況を確認していた。私はギリギリまで待って縮小していくフィールドの境界スレスレから彼を追い、幸いなことに彼はまだこちら側へと気付いていない。


 単に幸運からだともいえるが、私はあの時の経験から土や灰で、相手が何の気なしに見た程度ではごまかせるくらい、偽装できる技術は学べたのだとも思う。決して平坦ではない大地の凹凸でシルエットをごまかせば、意外にもそこに人がいるとは気づきづらいようだった。


 それに彼は慎重に移動をおこなって、比較的範囲の端を陣取っている。そしてだからこそ、もう背後から敵が来る可能性はほとんど無いと見なしているのだろう。


「今あの丘の向こうの方から銃声が響いていて、あのスナイパーはその人たちに漁夫を仕掛けるつもりのようです。彼が狙撃を開始し始めたら近づいて、十分な距離から仕掛けてみたいと思います」


 漁夫。漁夫の利。


 浜でシギとハマグリが争っていたところ、その両方を漁師が簡単に獲ってしまったという故事から、人と人との争いの最中、第三者が利益を得てしまうことのたとえ。


 横文字の多いゲーム関係の言葉の中で、不思議なほどにそれは馴染んでいる。


 あのスナイパーはあの丘の向こうの戦いの、そして私はそんな彼の戦いを、横槍でかっさらおうと狙っている。そしてそうした場面にあたって、私自身がまた誰かに狙われるリスクを冒さねばならない。


 そしてもちろん彼自身に、私が狙っていることを気取られてはならないのだ。


 しばらくのあいだ、彼がそうして戦いの準備を行うたびに、奇妙な”だるまさんが転んだ”が繰り返され、私の心は焦るばかりだった。


 相手が向こうを覗くたびに、歩を進めるためのルートを探し、次に隠れるべき遮蔽を探す。そしてその地点から彼までの位置が何メートルくらいになりそうか、何とか把握しようと努める。


 彼が狙撃を始めたら、その遮蔽を辿って彼へと近づく。そして十分な距離へ近づくことが出来たなら、一気に射撃を開始して、彼が立ち上がったり振り替えったりする前に、弾丸を浴びせてシールドとHPを削りきる。


 問題は、彼があの丘の向こうの戦闘によって、どれほど相手が消耗した時点から狙撃を開始しはじめるか。


 あの森での戦いでは私のグレネードのフラグが当たるまで、おそらく無傷であったろう相手をおびき出し、長距離射撃による3~4発で仕留めてしまった。もしも今回もそうならば、私はせめて三回の射撃に際して距離を詰め、相手のその次の一発を期待しながら、すぐさま奇襲を行わなければ。


 私はじっと息をひそめ、その時をうかがった。

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