第3話:植物たちの星 4

「ええ……みなさま。大変お見苦しい姿でしょうが、すみません……」


 幾本も並ぶ、腰ほどの高さの黒い柱。私はそのなかの一つに這いよると手を伸ばし、そのボロボロになった表皮を掴み、身体中に塗っていく。


 辺りはまだモウモウと白煙が包み、ゆっくりと熱ダメージでHPバーが減っていく。その場でぐでんと仰向けにかえると、ポーチを開いて応急パックの封を開け、拳銃型の注射器を右腿に当て打ち込んでいく。


「これで、三本目です。先ほどからのダメージ量の減少を見ると……もうそろそろ、この場の熱ダメージは収まるはずだと思います」


 再びその場で腹這いになると、バックパックを降ろしてストレージへとアクセスする。なるべくシルエットを変えないように、地べたに身を伏せたままモゾモゾと、イモムシのように作業を進めた。


 あれからしばらく、あの銃声は聞いていない。本当にあの最期の一発で、彼はやられてしまったのだろう。


 だとすれば、彼を狙っていたスナイパーはかなり集中してそのスコープを覗いていたはずで、私がこちら側へと逃げたことを、まだ気づいていないはずだ。上手くすれば森を出ていない私のことを、ここで焼けてしまったと考えるはずである。


 ——確かにこんな状況、現実でならば生き残れない。


 炎のいざ燃えている部分をスッとジャンプで飛び越えたくらいで、その熱から逃げるだなんて不可能だろう。


 ましてその焼け跡の地に伏せ、こうして潜伏なんてできるはずがない。本当ならば今頃の私は全身重度の大火傷、あるいは熱い煙を吸い込んで、肺が焼けてしまっているはずだ。すくなくとも今この場にこうしているだけであっても、焚火の跡の焼き芋のように、ふっくらと焼けてしまっているはずなのだ。


 T.S.O.の他の要素に比べると、そうしたキャラクターのステータスがかなり簡易に作られているのは、ゲーム的なデフォルメか。あるいは様々なプレイを許容するVRMMOで、残酷な行為を再現させないためなのだろうか。


 応急パックをこうして打てば、どこの箇所、どのようなダメージだろうとも、簡単に身体を回復することが出来てしまう。


「ストレージから応急パックを補充して、シールドセルも交換しておきます。そういえばグレネードも、もう何個か用意しておけばよかったですね……ごめんなさい。ほんと見苦しい姿だとは思うんですけど、今はこうして……なるべく身を隠さないといけないので……」


 もう一度、焼けた株に手を伸ばし、辺りの灰と混ぜて身体に塗り付けていく。


 今は辺りがどうなっているのかは分からないが、まだあのスナイパーは周囲を探ってるかもしれない。こうした灰や煤のパーティクルがどれほどの寿命を持つのかは分からないが、この煙が晴れたあとも、しばらくは姿をごまかせるはずである。


 ふと焼け炭をむしった木の芯が、意外なほど綺麗に焼け残っていることに気が付いた。その半ばまでは火の通ったタマネギのようにもなっていたが、さらに芯の方は、殆ど生のまま残っていた。


 あるいはこの植物だけの惑星で、彼ら樹木の栄養は、こうして出来上がっているのではないか、と考える。


 あれだけの植物が日々陽を浴びて光合成をつづけていれば、だんだんと大気の二酸化炭素は減って、酸素ばかりが残ってしまう。現にこの星の大気は酸素が多く、ああした森林火災は、地球では見られないほど激しいものだ。


 しかし、そうした火災を織り込み、こうして地上の茎や葉を犠牲にしても生き残れるなら、その種はこの星の中で半永久的に繁栄できる。ほかの植物が焼けてしまっても、自分たちの若木が焼け尽きても、その灰によって土地を改良し、この星の大気に大量の二酸化炭素を放出できる。


 彼らは偶発的にいつか火が熾ることを知っていて、またその灰の中から、芽吹く時を待っている。そしてそうしたサイクルによって、この星の生命はゆっくりと、静かに呼吸を続けているのだろうか。


 プロシージャル生成と呼ばれる技術は、ゲームやCGの世界ではもう何十年も研究されている分野らしいが。そうした数的アルゴリズムは、どれほど細緻にこの宇宙を創り出しているのだろう……。


≪バトル・フィールドの縮小を開始します。参加者の皆さまは、地図で地点をご確認ください≫


「えっ……?」


 少し考えていたと思ったら、意外なほどに時間が過ぎていたようだった。ゆっくりとその場で姿勢を変え、身体に隠しながらホログラム地図を確認する。


「ああ、すみません。まだここは、大丈夫なようです」


 地図には既にフィールド外になった地域が暗い斜線で表され、その中に薄いオレンジの丸と、さらにまた小さな円状の地域が通常表示で示されている。幸いなことに私のプレイヤー・マーカーはその小さいほうの円の中に納まっており、今回のフィールド縮小では対象とならない地域だった。


 しかも、ちょうど今私の背にしている範囲が、先のオレンジの範囲の端でもある。そちらの方から他プレイヤーが、この範囲へと来る可能性は低かった。


「運がよかったです。いましばらくは、ここで身を隠していれば……いえ。えっと、ちょっと待ってください……」


 思わずその場で顔を上げ、ライフルを立ててスコープを覗く。倍率はさほど高くないが、それでも肉眼よりはしっかりと見られる。


 この黒い灼けた森の端。そこから少し離れた場所に、先ほどのあの紫迷彩の人が倒れている。シルエットはその場にうつ伏せで分からないものの、この黄色い大地の中ではやけに目立つ。


 補色効果というのだろうか、本当に浮き上がって見えるほど、その存在は特徴的に目立っていた。


 目には痛いと感じつつもじっとその方向をスコープで覗くと、なにか今度は黄色いものが、倒れたあの人物の周りで動いていた。


「すみません。ちょっと、見えますでしょうか……?」


 素早くドローンに指示を送って、手元によせる。両手に保持して詳細設定のメニューを開くと、双眼鏡のように構えてあちらをズームし、マークする。


「おそらく、あの紫の迷彩を着た遺体が、先ほど交戦した人物。そしてあの黄色い迷彩の人が、この森に火を放ったスナイパー……だと、思います」


 ドローンを手放しその場に浮かすと、もう一度ライフルを構えスコープを覗く。


 あちらも警戒はしているものの、スコープや双眼鏡のようなものは時折にしか使っていない。今はこちらの方が相手を覗き、その挙動が手に取るように観察できた。

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