第3話:植物たちの星 3

 どうやら私は、一方的に狙われているらしかった。


 そして私のようにこの森にやってくるものを迎え撃とうとは、彼の方が先に考えていたらしい。


 しばしどうしたものかと考えた後、胸のポーチから手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。そして破れかぶれで顔を出すと、思いっきりそれを振りかぶる。


 ダダダダッ!


 相手はすかさず撃ち込んできて、その内の二発がビビッっと鋭い音を鳴らし、シールドに命中する。しかし幸いにもそれでシールドは削りきれず、薄暗い森の奥に相手のマズルフラッシュが見えた。間髪入れず、私はその方向へとグレネードを投げつける。


 もう一度その木の陰に身を隠すと、心の中で4秒を数える。すると数え終わってしばししたところで爆発し、キンッというような、シールドに対するヒット音。そしてこちらの方にも破砕片が飛んで、周囲の木の表面が破裂したかのように突き刺さった。


 今のでどれだけのダメージを与えたか分からないが、かなりの牽制になっただろう。続けて、あの投げた方向へ威嚇射撃でもするべきだろうか、それともここから素早く逃げて、この森を出るべきなのだろうか。


 じっと考えながら、同時に耳を澄ませてこの森の中で相手の存在を感じようと集中する。風に揺らされる樹木の葉、時折遠くで聞こえるこことは別の戦場の銃声。


 しかしそれらの中に明らかに自分たちに近いところで、なにか分からないジジジという音が近づいてくる。


「なに……この音?」


 と同時に、先ほど相手のいたあたりから、ザザザザと木々を分けて何かが遠ざかる音がする。私はとっさに木の陰からでてその方向へライフルを向けるが、葉が折れたり揺れて相手がそこに居ることは分かるものの、そのプレイヤー姿は見えなかった。


 そちらに向いている意識のよそには、まだジジジというおかしな音が近づいており、さらにパチパチと細かい何かが爆ぜるような音もその中に混じっている。


 いったい何が起こっているのだろうか。私がその音のする方向へ振り向くと、森の奥が激しく白く光り、そしてものすごい勢いで白煙を吹きながら、紫の木々が焦げていく。


「なに……あれ? レーザー!?」


 ジワジワと、そして怖ろしいほどの範囲が、それによって灼けていた。


 まるでインターネットの動画で見る精密加工のレーザー処理のように、黒く焼かれてゆく森の縁が、もうもうと煙を出しながら激しく光を発していた。衛星兵器か宇宙船からの航空支援か、とにかく恐ろしい出力のレーザーで、この森が焼き払われているのだと思った。


 私は振り向いて、間髪を入れず全力で逃げる。一応ハンドサインでドローンを操作し、逃げる私とその奇妙な現象をカメラに収めるように調整する。


「何なんでしょう、アレ!? 恐ろしい速さで森を焼いていきますが」


 もはや先ほどのプレイヤーなど、気にしてはいられない。おそらく彼自身がこれを招いたものではないし、今となってはだいぶ先を逃げているはずである。


 あの判断の遅れが、もしかしたら決定的なものかもしれなかった。すでに森の焼けた蒸気がムッと身体を包み始めていて、もうすぐそこまであの何かが近づいている。


 こうなってはせめてこの森から出たほうが、障害が少なくていいだろう。アレがどこまでも追いかけてくるようなものであれ、外の荒野の方が逃げやすいことは確かだった。


 しかし、私が素早く地図を確認してその森の境界へと近づいていくと。


 ――ターンッ!


 またどこかから、大きな銃声が聞こえた。


 思わずその場に身をかがめ、辺りを窺う。焦る気持ちは大きかったが、それよりも今は、何が起こっているのかを知らなければ、結局は負けてしまうのだ。


 木の陰から銃声のしたほう、そして着弾の跡を探していると、もう一発。どうやら、私を狙っているわけではないらしい。


 みるとこの森を出た先、その向こうの黄色い土の見える荒野に同じく黄色い土煙が上がっていて、そして全身鮮やかな紫の服を着た人物が、その近くを走っている。


 先ほどの二発で、射撃の感覚はつかめているらしい。土煙はかなりあの人物の近くで上がっており、そうこうしているうちに三発目が撃たれると、青白いエフェクト共にあの紫の人のシールドが破壊され、そして遠くから遅れてターンッと、大きな銃声が響いてきた。


 先ほど私と交戦していた人物が、あの紫の人だろう。


 彼はこの星の環境に備えて迷彩装備を用意しており、いち早くあの森で待ち構えていた。しかし……そう。しかし、そういう手を打ってくる人物がいることを考えて、あのスナイパーはおそらく森に火を放ったのだ。


 このバトルロイヤルの選手は誰であれ、あのような森を灼ける軌道レーザーのような大規模兵器は使えないはず。つまりスナイパーがあの現象を利用しているという以上、それは簡易に起こしうる、なにか自然現象の利用だろう。


 そしてそあの狙撃手が意図的にその現象を起こしたのでなければ、こんなにも短時間で森から出た人物を発見して、狙撃を仕掛けられる説明がつかない。


 おそらくこの星では、大気の高い酸素濃度の影響で、あのように森が焼けるのだ。地球のように炎を上げてということにはならず、しかも瑞々しい植物でさえ理科の実験でのスチールウールのように、空気中の酸素とすぐ結合し非常に早く燃焼してしまう。


 あの紫の迷彩の人は、まんまとその罠にはめられて、今や格好の的となっている。彼自身非常に用意周到な人物だが、それ以上にあのスナイパーは狡猾だろう。


 私は意を決すると、今度はさっきとは逆の方向へ。つまりモウモウと水蒸気を発する森へむかうと、その激しく燃焼する火の向こう側へと、思い切って飛び込んだ。


 どこか遠くから、またターンッとあの銃声が響いていた。

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