第3話:植物たちの星 2
≪――バトル・フィールドの縮小を開始します。参加者の皆さまは、地図で地点をご確認ください≫
そうして移動し始めて解ったことは、VR上ではいくら動いても疲労しない事、そして重力の低い星では一歩一歩の感覚をかなり長めにとらなければ、上手く走れないことである。
疲れることがないというのはなんとなくいままでにも感じていたが、本当に無制限に走り続けられることを実感したのは今このときであった。
ドキドキしたり胸に感じる苦しさは、あくまでVRとは関係のない私の緊張からくる身体反応であり、ゲームシステムとは無関係。私はこんなにも不安な、緊張した重苦しい心を感じながらも、時速数十キロくらいで地上を走り回ることが出来ていた。
T.S.O.には簡単なステータス振りと、装備重量による運動制限のシステムがあるが、さらに重力の影響もあるのでこの星では足が軽い。まるで自由な夢の中で走るように、意識を向けるとどこまでも飛んで行けそうな気分だった。
「もうすぐ、マーカーの地点に到着します。いったんあの森へ身を隠して周囲を警戒しながら、他プレイヤーが来ないか待ち伏せてみようかと思います」
追従に設定したカメラドローンに向かって、説明する。音声は周囲へのチャット設定ではなく配信マイクへなのでこの場へは響いていないが、逆に配信の方には走りながらでもしっかり伝わっているはずだ。
コンパス上のマーカーから少し離れた森のほうへと意識をうつし、すこし減速し身を低くしてライフルを持つ手に力を込める。人差し指でトリガーガードを軽くなぞると、指先を少し、その内側へ滑り込ませた。
いよいよその紫の森へと近づくと、周囲にはぬるりとした苔が生えており、一瞬足を取られそうになる。
「なんか、すごいですね。この星の植物……なんですけど、すごくおかしなものなのに、ほんとうに何処かの国にあるみたいな」
毒々しい紫のバナナの木の様な植物が、向こう側が見えないくらい鬱蒼と生えている。芯が通っていて樹木と呼べるほどには大きいが、その茎を包むように生える葉の根元は青白く、どこか瑞々しさも湛えていた。
上を向くと天井に傘状へ茂った葉は羊歯のように、その裏には赤い色の蕾がポツポツと並んでついている。今はこの木々の実りの季節なのだろう。時折その蕾が開くと、同じく赤い色の胞子が舞って、この森の空気の中に漂っていた。
そこで私はハッと気づき、手で口を押えその場にしゃがむ。
「すみません……どうやらここは、生物毒の判定があるようです」
視界の左下、HPバーの上に錨を模した家紋の様な、緑のバイオハザードマークが浮かんでいる。よく見ると少しずつHPが減っており、先ほどからこの地域で発生している毒ダメージの判定に当たっていたらしい。
流石はVRと言うべきか、所詮はゲームと言うべきか、こうして息を止めて数秒すると、その毒ダメージは消えていく。口から手をはなし、息を吸い始めるとまたダメージを喰らってしまう。
この毒のDOT(ダメージ・オーバー・タイム)そのものは、プレイヤー・キャラクターのステータスでも変わるらしいが、プレイヤー自身の身体操作で息を止めれば、回避もできる。幸いにもこの地域の毒は低度のもので、ある程度なら問題ない、とも思われた。
「どうやらダメージは低くて、それほど問題ないみたい……です。他のプレイヤーに見つかって遮蔽もなにも無い場所で戦闘になるリスクを考えると、今回はこちらを進んでみようと思います」
正直なところを言えば、他のプレイヤーと出会うことが、私は怖いのかもしれなかった。なんとなく自由に宇宙を飛べるゲームとしてこのT.S.O.を選んだものの、そこにはあまり人がいないということが、私にとっての安心だったのかもしれない。
「どうやら、こんなふうに……はい。息を止めている間は、ダメージを防ぐことが出来るみたいです。VRをやっている私自身は寝ているようなものなので、いざとなってもゲーム上では動きながら、数分くらい止めていられるかもしれません」
三分か、二分だろうか? もしかしたら、実は一分でもかなり苦しいかもしれなかったが、いざとなった時の移動速度もこちらでは早いので、この森がどれほど広いかを地図で確認しておけば大丈夫だろう。
つぎのラウンドが始まり範囲の縮小が開始されるまで、この森の中でやり過ごすか、上手く奇襲を行えそうなら、機会をうかがうことにする。
「それでは、すこし移動して進んでみましょう。この森の事をある程度見て回り、どのように迎え撃つべきか考えたほうが良いかもしれません」
それから慎重に森を進み、この森のことを知っていく。どうやらこの同じ種類の羊歯に近い植物がこの森を支配していて、そこに地に落ちた葉や胞子をまた栄養にして地面には細かな苔類が生えている。
この羊歯の胞子は毒性だが、それは進化的に機能を持ったものではないだろう。あくまでこの羊歯の胞子のたんぱく質が、私達プレイヤーにとって毒となる成分だっただけのはずだ。なぜならここには、毒を持って自分を守らなければならないような、草食動物はいないのだから――
「……っ! いま、誰か動きませんでしたか?」
もちろん配信の向こうに聞いても答えは帰っては来ないが、一応こういうリアクションも、必要なのだろうとは思う。
ただ下手に動いて、向こうにこちらの位置を与えるわけにはいかない。近くの木に背をあずけて慎重にあたりを見渡すが、相手の位置はわからない。
ダダダッ!
近くの木がいきなり爆ぜたと同時、森の奥から銃声がした。すぐさま私もライフルを身体に引き付け、その銃声の方向から隠れられるような木に飛びつく。
ダダッ!
すかさず移動した私は次の発砲を受けたものの、幸いにも当たらなかった。相手の方向はこれでだいぶ絞れたものの、実際の位置までは視認出来ていない。
この深い紫の森の奥から、見えない何者かに狙われているらしかった。
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