第2話:戦いのはじまり 3

 VRカメラからの視界は、どうなっているのだろう。


 カメラアバターである小型ドローンは他のPCからは見えないが、偵察用のものとして悪用できないようにあまり距離は離れられず、その視界も外部へ配信しているライブ画面も、ドローンを両手に保持した状態でなければ確認できない。


 だからもう、この狭いポッドに入ってしまった今では、もはや確認のしようがなかった。


≪本機は戦場上空を横断しつつ、参加者のドロップポッドを随時投下していきます。各ドロップポッドの投下予測時刻は、前面のモニターをご覧ください。カウントダウン終了とともに、投下が開始されます≫


「はい。ご丁寧に、ありがとうございました……」


 アナウンスが終了するやいなや、目の前に黄色い数字が浮かび上がり、その前面――どころかデジタルな効果とともに視界が開け、突如、三百六十度の全面に外の風景が映しだされた。


「あっ、凄いです! 見えますでしょうか!? こんなにも……」


 いつのまに、空気を切るような中低音の疑似サラウンドが辺りを包み、自らがこの輸送用スペースプレーンの中にいて、高い高い空の上を飛んでいるのだと実感する。


 輸送機そのものはこのポッド内の全方向モニターに映し出されず透明だが、同じく投下を待つ白色のポッドが私と平行にいくつも並んで飛んでいる。上空は真っ黒な宇宙空間、下方は黄色と紫の大地そして少し緑がかった海が広がり、先ほどの小窓から見る風景よりもずっと大きな惑星だと感じる。


「ああ、ごめんなさい。これが皆さんに、しっかりと見えているんでしょうか。そもそも、配信そのものが上手くいっているのかどうか……今は確認できない状況です。おそらくあと二分くらいで、私の乗るこのポッドも投下されるはずですが……地上に着いたら、もう一度確認してみようと思います。それまでは、もしかしたらお見苦しい画面のままかもしれませんが、どうかチャットなどでご指摘いただけると助かります」


 というか、この投下までの二分間なにか話をして、せめて場を繋げておくべきなのだろう。しかし、今の私はこの風景や情報を飲み込むことに精いっぱいで、なにを話したらいいのか分からない。


 緊張で上がっている、というのだろうか。それとも単に、この景色に圧倒されているのだろうか。


「あっ……」


 思わず喉が鳴り、その声に自分でも驚く。


 どこまでも広がる、巨大な大地。こんな遠くからでも見える、紫の森。照らす恒星の昼間から、昏い夜の方へまで、どこまでも滑らかなグラデーション。


 どうやら、この空を飛んでいるのはこのスペースプレーンだけじゃない。透過処理でこのモニターには映らないが、明らかにもっと遠くの空の方から、ドロップポッドが落ちるのが見えた。スッと大地に吸い込まれるように、輝く流星となって落ちてゆく。


 ここが仮想のものだなんて、頭では分かっているけれど、それでもウソには感じない。


 だってほんとうは、私達、という意識のほうが本来の宇宙からは異質なものだ。恒星や銀河、ブラックホール。ほんとうの宇宙というのは、ただ自然の法則で出来ていて、ずっと観測者もおらずただ存在している。だったら数式で出来ているはずのこの宇宙も、ただ法則でつくられているはずのこの宇宙も、ほんとうはただホンモノのはずなのに。


≪投下開始まで、あと10秒。9、8、7、6……≫


 アナウンスの声にハッと気づくと、目の前のモニターに0が並んでいる。秒数を表す数字はあと一桁で、小数点以下、最後の二桁は複雑なアニメーションのように目まぐるしく変わっていく。


≪3、2、1……投下、開始≫


 とは言われても、正直私自身、とくに変化は感じなかった。


 三半規管の加速度の感覚までは感じられないVRでは、この高さの空中で、自分自身がどんな運動をしているのかまでは解らない。ただアナウンスの終わりとともに、隣のポッドが上空の星空の方へと、逆向きに落下したという奇妙な感覚を覚えただけだった。


 それから数十秒の間。少しずつ空気を切る音が、大きく、そして含まれる音域が広くなっていく。初めはスーっと、次第にゴーッと。ポッド全体がガタガタと揺れ始め、ボッボッボッと不規則に空気の塊にぶつかるような音がする。


 やがて外の風景を映す全方位スクリーンの下部が黒くつぶれ、その端から断熱圧縮で熱せられた赤い空気の層が覗き始める。


「ええと……操作は特に、できるようなものはないんですけど、大丈夫なんでしょうか……?」


 少し不安になり、尋ねてみるも、もちろん誰も答えない。


 そうこうしている間にポッド内のスクリーン半分くらいまでが黒くつぶれ、端からみえる熱せられた空気の層は、さらに赤々と光りを発ししだいに大きくなっている。パチパチと何か砂粒が当たるような音がして、線香花火のような火花が外に飛び散っている。


≪地上へ接近。逆噴射を行ったのち、パラシュートを展開します。衝撃に備えてください≫


「あの、衝撃って……?」


 私のつぶやきも虚しく、問答無用で内部スクリーンがオフになる。そしてシューと内部に噴射される音がして、ポッド内の壁が膨張し始める。


≪3、2、1……逆噴射、開始≫


 ボーっと、音というよりも振動が、私を包むエアバック全体から伝わってくる。それが数秒ほど続いたあと、またガツンっというような衝撃と、ボッとパラシュートの広がった音が響く。


 もはや、どうにでもしてくれという感じで、しばらくその布団圧縮袋のようなポッドの中で、息を整える。おかしな話だが、この息苦しさもあくまで仮想のものであって、別段熱くはないし、呼吸も問題なく行える。ただ皮膚へ感じる圧力や振動はそこにはっきりとあるみたいで、これが数十分も続けば本当に熱中症で死んでしまうような気がする。


 やがてゴツッという振動が背中から広がり、周囲のエアバッグがしぼんでゆく。そしてボッっと目の前のポッドの蓋のヒンジが破裂、噴射して、この星の青い空が広がった。


≪空の旅、お楽しみいただけましたでしょうか? ここからは先はルール無用の戦場です――貴方にどうか、ご武運を≫


「ええ……うん。うん、ありがとうございます」


 こうして、私の初めての戦いが始まった。

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