第2話:戦いのはじまり 2

「えっと、みなさん。こにちは、ニーハオ、ハロー。そして、こんばんは。今原カエデです」


 眼前に弧を張る、黄色の大地。その周囲には淡いブルーの大気が覆い、フラクタル図形を描くように、ビビッドな紫が侵食している。


「えっと、すみません。ほんとうに……ライブ配信は直前まで行うかどうか迷っていたんですけど。すみません。ほんとうに、急になってしまって」


 ギルド鷹の旅団所有、アウタースペースのとある星。Hl_S443_P3と呼ばれるこの惑星は、ゲーム中ではバイオレベルⅡという区分を受けている。


 群体として樹木化した藻類、苔類等の原始植物。細菌、菌類、そして微生物程度の原生生物。黄色の大地に広がったそれらは、不安定な季節の中で活動し呼吸し、老廃物質を排出する。


 そうした老廃物質によって大気は中性化。酸素濃度は高いものの、不活性である窒素の割合もそれなりである。したがって地球の様にコンクリートや腐食対策をした金属物の施設を建て、化学燃料による工業化が可能。


 鷹の旅団はこうした星を、低レベル消耗品の製造拠点としていくつか所有しているらしい。


「……私が居るのは、今からリーグが行われる星の成層圏外の上空です。先日からほかの参加者のクローン素体とともに、私のアバターの素体もギルドの巡洋艦によってこの星系に運ばれ、少し前にそこへインした状態で待機していました。現在は選手ごと隔離された状態でドロップシップに乗っており、私も含めこの戦場へ赴く時を今か今かと待っている状況です」


 どうしてこうも、このゲームの船内は少し窮屈な感じがするのだろうか。以前から考えていたその答えに、配信を始めようとこのゲーム内での様々なツールを弄っていた時に、ふと気づいた。


 真空の宇宙の中で、周囲の大気から伝わる雑多な音がないのである。聞こえてくるのは私自身の出す音と、このスペースプレーンの殆どが電子化されてしまったハイテク機器の作動音。


 この場には圧倒的に、低い音域が抜けているのだ。


「これから私たちは、各ドロップポッドによってバラバラに戦場へと送られ、戦います。フィールドとなるおよそ15kmに及ぶ区域には、高度上空から中立ドローンが巡回。事前に受け取った地図データには常に戦場となる範囲が示されており、その区域を外れると警告を受け、そして無視し続けるとドローンに攻撃を受けてしまいます。この範囲は時間とともに狭まってゆき、最後の一人がチャンピオンとなるまで戦いが続くことになるようです」


 用意された個室でVR上のカメラに向かい、あらかじめ用意した原稿データを読み上げていくが、正直、緊張はまぎれない。それどころかこれが数分の遅延の後には皆に届いてしまうのだと考えると、余計に緊張が高まった。


「前回の動画。コメントをたくさん下さってうれしいです、とても感謝しています。Takenakaさん。アドバイス通り、今回はなるべく扱いやすい小口径アサルトライフルを用意しました。ありがとうございます。油揚げ煮込みさん。ご指摘の通り、なるべくここと近い星を選んで、射撃の訓練をしてきました。ありがとうございます。それからこうして応援してくださっている皆さま。このライブは8分ほど遅延を入れており、チャットコメント等読み返すことは出来ません。本当に申し訳ありませんが、それでも見ていてくださって感謝しています。ありがとうございます……それでは、いよいよ私はこのドロップポッドに乗って、地上へとおりていきます。何度目かになりますが、どうか、応援よろしくお願いいたします」


 VRの中でも、口の乾いた感覚というのは解るものだと、改めて驚く。


 私はひとまず仮想カメラ、そのT.S.O.上でのアバターともいえる小型ドローンを肩にのせ、個室内にある一人用小型ドロップポッドに向き合う。ポッドの内側には何かクッション性の素材が人型に――背嚢を背負い銃を抱えた人物のシルエットに凹んでおり、なんだか映画でみる死んだ兵士を運ぶための棺桶のように思えた。


 私はゆっくりとその中に腰を下ろし、バックパックの位置を確かめながら、寝転がる。そして肩上の仮想カメラにむかい、緊張を伝える。


「あとほんの数分で始まりますが、なんていうか……すごく緊張しています。心臓がすごくドキドキしていて、ほんとうに、なんか……あっ」


≪参加者の皆さまは、装備をご確認の上ポッドに御搭乗ください≫


 登録しておいた大会アナウンス用のチャンネルから、自動音声と思われるボイスチャットが流れる。ほんとうに、いよいよ始まるのだ、という緊張がいっそう深まった。


≪事前に通知いたしました通り、本大会には歩兵用装備全般についてのみお持ち込みいただけます。したがって車両、航空機等機械兵器の転送要請、または航空支援、軌道上支援要請を行うビーコンなどの支援要請アイテムについては、あらかじめお断りさせていただいております。ポッド内の手荷物・ストレージスキャンにてそれら装備が認められた場合には、当該装備を整理したうえで今一度のご確認をお願いしたしますが、万が一の持ち込みそれらを使用した場合には、戦域内に巡回する自立ドローン、または惑星軌道上の本大会主催ギルド鷹の旅団所有の戦闘艦船にて、それら支援機械等について攻撃を行う場合がございます。準備がお整い次第、ご了承を頂いたうえでポッドのドアを密閉、ドア内側のパッドにて最終確認への同意を頂きスキャンを開始してください≫


「……えっと、大丈夫だと思います。そもそも、そういうアイテムはまだもっていないので……ええ、大会への参加同意――と」


 真っ暗なドロップポッドの内側に、薄黄色の枠と文字が現れ、確認の文章が現れる。その文面にはアナウンスで流されたような、大会中の不正アイテムの扱いの他、持ち込んだ装備類は大会中他参加者によって収奪される恐れのある事が注意として書かれている。


 さらりと目を通すだけで、どれも既に知らされていた情報だとすぐにわかる。この狭いポッドの中でどうやって操作するのだろう、と思うが、目線認識によって文面の上にカーソルが踊っている。


「ええ……読み上げていいものか分かりません――というか見えているのかわかりませんが、簡単な合意の確認とルールの説明ですね。問題ないので、同意します」


 マイク出力を配信へ切り替え、同時に文書下部の同意確認の項目を注視・瞬きをするとダイアログが現れ、またその中の「はい」のボタンへ注視し、また瞬きで合意する。


≪参加者全ての合意が頂けました。ありがとうございます≫


「いえ、あの。こちらこそ」


 密閉されたポッドの中、私の返答にその声が答えることはない。


 しかし着実に、そして確実に、私の闘いのときは近づいていた。

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