第1話:現実の私と、その様々なこと 4
ドリンクバーを選びながら、席に戻って食べながら。私たちは他愛のない話をする。
「ねえ。そのギルドって言うのに入れたら、お金って儲かるの?」
「T.S.O.のこと? たぶん、そうだと思う」
「じゃあ。カエデはお金が欲しいから、そのゲームを始めたってこと?」
「えっ? べつに、そういう訳じゃ……」
なんだろうか。今日はミズキに、いろいろと聞かれる日のようだ。ほんとうは私の方がいろいろ聞きたくて誘ったのに、あんな風に言われてしまうと、それ以上聞くべきこともないように思えた。
「でもお金が手に入ったら、なにかやりたいこととか出てくるんじゃない?」
「それは、でも……えっと。まあ本当に稼げるみたいになったら、もう一度勉強して、大学とか言ってみたいかも」
「大学に? へえ、偉いじゃん」
私もミズキも、高校からはべつに進学しなかった。私はそのとき家のことが少し混乱していたし、ミズキはべつに勉強にはそれほど興味はないタイプだった。
「じゃあ、その大学に行ったら? そのあとは何がしたい?」
「そのあと? それは、なんていうか」
なんでだろう。ミズキの質問はどんどんとその先その先を促していて、私はどうしたらいいのかわからない。ミズキはもしかしたら、私の方にも一緒になにか張り合えるような何があって、高め合えるような関係がいいのだろうか。
「わたしは、えっと……そう。あの火星基地の話、いってみたいかも」
「えっ、火星?」
――流石に、あんなものに挑戦して自分が選ばれるだなんて思わないけど、今の私はそれくらい、少し浮ついた気分なのかもしれなかった。国際協力による火星基地計画は、向こうへ物資を送るため莫大な支援金も求めていたが、いつかその火星基地に駐在できる宇宙飛行士の候補も随時募集している。
日本からはまずJAXAに入って、そこの宇宙飛行士候補者からということになるんだろうか。もちろんそれは私にとって針の穴を通るような試練だけど、もしも自分で稼いで大学にも行けたなら、その時は今ほどの難関ではなくなっているかもしれない。
「ふーん、カエデが火星志願か。でもそれじゃあ、残された私は淋しくなっちゃうな……」
「あっ、いや……それは」
「冗談だよ。私はなんだって、カエデがしたい事には賛成」
こんなふうにミズキにからかわれ、自分はいつも迂闊だと思う。でもこんなふうに彼女に振り回してもらわなければ、自分はどうなっていたのだろう、とも感じている。ミズキは、ミズキは私にとって……。
「そうそう。お母さんは淋しがってるよ? カエデ最近、家に来ないから」
「あはは……ごめんね、最近。ちょっと……」
しかしその時、机の上のスマートフォンから音が鳴り、そして落ち着いたハルの言葉が聞こえてくる。
≪ご歓談中のところ、すみません。お母様からお電話です≫
「えっと、お母さんから……? その、出たほうが……よさそう?」
≪よろしければ私の方で要件をお伺いしますが、出来ればそのほうが良いでしょう。緊急の場合もございますので、ご家族の方とは直接話されたほうが誤解が少ないかと思います≫
ミズキの方へと目を向けると、ゆっくりと頷いて無言のままに見つめている。電話をとってかまわない、ということなのだろうか。
私はスマホを手に取ると、連絡先を確認し、ゆっくりと人差し指でスワイプする。
「もしもし、なに? お母さ――」
『ちょっと、アンタ今なにやってんの!?』
「なにって、いま……」
もう一度ミズキのへと目をやるが、彼女は黙ったまま、すこし眉を寄せ、頬はぎこちなく緩ませている。LEDの無数の光源が囲むこの店の中、夜だというのに瞳は少し緊張していた。
『――夕飯! どうするの……? こんな時間まで、勝手に出て行って!』
「えっ……? だから、それは……えっと。と、友達と……」
母の怒鳴る声を聴くと、スッと頭が冷えるような、ズンと心臓が重くなるような感覚を覚える。こんなこと決して珍しいわけではないはずなのに、未だにこういうときの母に、どう言葉を返せばいいのか分からない。
『聞いてないよ? 聞いてないからね、そんな話!? まったく。どうしてアンタって、そんなに自分勝手なの……』
「ごめん……なさい」
『もういいから……コンビニかどっかで、なにか食べられる物買って来て! わかった?』
母に了解したことを伝え電話を切ると、酷く身体が重く感じた。いつの間にか少し持ち上がっていた腰を席に下ろすと、すぐに向かいの席のミズキに、ただ申し訳のなさだけがじっとりと残った。
「あの……ごめ――」
「まあ、しょうがないよね? しょうがないよ。カエデが謝ることじゃないから。カエデはなにも……悪くないから」
今は彼女の顔を、見る勇気がない。ミズキにとって私が悪くなくっても、でも、私はしかたがない、どうしようもない人間なのだ、と思う。
もう冷めて、あまり残っていないパスタをいそいで食べると、ミズキにもう一度断って席を立つ。せめて、というわけではないが伝票カードを取ろうとすると、スッとミズキの手が伸びて、私の手首を強く掴んだ。
「これは……ほら。だって、今日はこっちの番だよ? それに、もともと私の方から相談したくて……」
「そういうのじゃないよ? それに、カエデはなにも悪くなんか――って。だから、本当にそうじゃなくて……」
顔を少し上げミズキを見ると、今度はむこうの方が俯いていた。彼女の手はほんとうに白く細いけど、今はすごく大きくて、力強く感じた。
「今日は本当に、嬉しかったんだ」
「えっ……?」
「だってカエデ。お兄さんの事があってから、いろんなこと、諦めちゃってた気がしたから」
「そんなこと、べつに」
「でも、今日は久しぶりにカエデの方から呼んでくれて。それに、いきなり動画まで撮ってみせてくれて……私ほんとうに、嬉しかったんだよ?」
強く掴んでいたミズキの手が緩み、優しく降りて、私の手を包む。それから、とき解すように私の指と絡んで、伝票のカードを抜き取ってゆく。
「だから、頑張って……ううん、頑張れなくてもいいよ? でも、今カエデのやろうとしてること。本当にやりたいって思うこと。簡単に諦めたりしなんか、しないでよ……」
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