第1話:現実の私と、その様々なこと 3
「その、友達が先に席をとっていると思うんですが。私と同年代の、ブラウンの髪の長い……」
≪わかりました。少々お待ちください……すみませんが、お客様のお名前をお伺いしてもよろしいでようか?≫
「はい、今原。イマハラといいます」
私が名乗ると、受付のパッド端末に少々お待ちくださいというメッセージと、この店のマスコットキャラクターのぺこりとお辞儀をする可愛らしいアニメーションアイコンが浮かぶ。
≪――はい。ご確認が取れました、イマハラ様。お待たせしてしまいまして、申し訳ありません。いまこちらの配膳ロボットが、お席の方にご案内いたします≫
「いえ、こちらこそ。ご丁寧にどうも」
ここの店はイタリアンとはいってもチェーンのファミリーレストランのようなところで、二人でも三千円でおつりがくる。彼女と気兼ねなく過ごせるこの店は、なんとなく私にとってはそれ以上の場所だけど。
「遅れてごめん。待たせちゃった?」
「もう、淋しかった……一人で食べちゃおうかと思ってたよ」
「えっ、ほんとにゴメン。私、そんな……」
「うそうそ、ジョーダンだよ。まだ来たばっかり」
ミズキはそう言って、ドキリとするような顔で悪戯っぽく笑ってみせる。
まつ毛はカールして上に向いて、ブラウンに染めた髪にはいつも瑞々しい光沢が。薄いチークの乗る透きとおった頬は、ゆっくりと柔和に歪んでいく。
配信アプリでもそれなりの数フォロワーを持つ彼女には、それこそこんなふうに、魅せられている人も多いんだろう。
≪それではごゆっくり。メニューの方はそちらのタッチパネルの画面操作か、音声によってもご注文できます≫
「あっ。どうもご案内、ありがとうございました」
≪いえいえ。当店をご利用いただき、まことにありがとうございます≫
配膳ロボットは静かだが耳に残るモーター音をその場に残し、厨房の方へと消えていく。
「ふーん……それで、なにか見せたいものがあるんだって?」
「うん。その事なんだけど、えっと。これ……」
鞄からスマートフォンを取り出すと、パッと咲いたヒナギクのアイコンのショートメッセージ。ハルから仮編集完了のお知らせに、クラウド・ストレージから動画のDLリンクが張られている。
「なになに……もしかして、今やってるゲームの事?」
「うん。それで――」
私を良く知る人にだって、すこし怖い。でも、いざアップロードしたからには、誰にだってみられる可能性のあるものなのだ。私はすぐにその動画をクラウド上からストリーミングで再生し、画面を向けてミズキにわたす。
「どうかな?」
「そうだね……っていうか、T.S.O.ってこういう感じなんだね?」
「えっと、私のいるのは安全な場所で。まあ、いろんな人がいろんなところで宇宙船で戦争してたり、銃を持って戦ったり……とか、そんなゲーム」
「カエデは、強いの?」
「わからない」
「じゃあ、宇宙船とかに乗って……とかは?」
「えっと、一応そうかな。私はほんとに、安全なところしか行ったことないんだけど。ここのほかにも、いろんな星があって……」
ミズキは私のスマートフォンの動画を見つめ、いくつか質問を尋ねてくる。彼女の滑らかな肌や、スッと通った鼻すじ。まつ毛は長くて、桃色の薄い唇がスッと一文字に結ばれている。
「――うん、いいんじゃない?」
「えっ、ほんと?」
「ふふふ……うん、ホント」
そういうと動画に目を向けたまま笑い、にんまりと唇の縁を歪ませる。
「なに……? やっぱりなにか、おかしな所とか?」
「ううん、カエデは可愛いなあって」
そういってスマートフォンから顔を上げ私を見て,さらに薄桃色の唇を、いっそう淡い色に引き伸ばして見せる。
「——ただし、ちょっとこのままだと表情が乏しいかな。これから続けていくのなら、人が向こうにいるって思っても、自然には笑って見せられるようにならないと」
「うっ……それは、まだ」
「それに、話の途中で言いよどんじゃうの。本当はあんまりよくないよ。この動画では……うん。結構そういうのも含めてって、感じにはなってるけど」
「そうだよね……」
「でも、とってもいい。とってもいい動画だよ、コレ。すくなくとも、私はスキかな」
「でも、それは――それは、だってミズキは……」
眩しい彼女の笑顔に思わず目を伏せ、またしても言葉につまってしまう。べつに人前で話すことが出来ないわけではないのだが、こんなふうにストレートな言葉で真っ直ぐに見つめてくるミズキの前では、どうしても気後れしてしまう。
≪失礼します。ご注文をお持ちしました≫
「あっ、はい」
というところで、注文していた料理が届く。おそらく先ほどの配膳ロボット同じだろう、表情アイコンの表示画面の左上に、すこしだけ傷がある。
≪上段から、ご注文のドレッシングサラダ、オニオンスープ二つづつ。中段、ボロニア風ミートパスタ。下段、アラビアータ・ペンネとなります。順番にトレーを机の高さまでお上げしますので、焦らずお取りください≫
「わかりました。はい、サラダとスープ。ミートスパ……あと、ミズキのペンネ」
「はい。ありがと」
≪ご注文は以上でしたでしょうか。ドリンクバーはあちらですので、ご自由にお飲みください。お帰りの際は、こちらのカードが伝票となっておりますので、忘れずレジまでお持ちください≫
「いえ……はい、わかりました。どうも、ご丁寧に」
スーッと下がっていくロボットを見送って、二人でドリンクバーに行こうかとミズキの方へ顔を向けると、彼女はまたニヤリと笑い悪戯っぽい目で私を見ていた。
「えっ、なに?」
「いやあ、ほんとうに私のカエデは可愛いなあって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます