前世ルーレットの罠

シロイユキ

怪しいルーレット

 私はある日、駅ビルのくじ引きを回そうとしていた。

 

 景品に特別珍しいものはなく、この駅ビルでのお買い物券が金額別で5種類。それでも惹かれてしまうのは、1等の金額が100万円だからだ。

 当たらないと思っていても、もしかしたら…という期待が少しでもあるとつい回してしまうのは、人間の性なのだろう。


 スタッフに福引券を渡し、よくある福引機をガラガラ回すと黒色の玉が出てきた。

 景品欄に黒色は書かれていないので、玉の入れ間違いかしら。


「おめでとうございます。特別賞の前世ルーレットへの挑戦権を得ることができました」


 前世ルーレット…?

 どんなものかわからない上に名前が怪しすぎて、逆に興味をそそられる。


 さすがに駅ビルで正式にやっているくじ引きなので変なものではないだろうし、ここは挑戦させてもらおうかな。


「なんだかよくわからないけれど、挑戦させてください」


「かしこまりました。ご案内しますのでどうぞこちらへ」

 

 張り付いたような笑みを浮かべるスタッフに案内されて奥の部屋へ行くと、真っ白な広い部屋の真ん中にぽつんと台が1つだけ置かれていた。


「こちらが前世ルーレット。ルーレットを回して、当たった目の人物の記憶を引き継ぐことができます」


「なるほど。記憶なんて大それた言い方だけど、その人に関する本が貰えるとかそんなところかしら?」


 目の前にあるルーレットは映画でよくカジノに置いてあるような、1から100までの数字が割り振られたもの。

 そしてその横に置かれた紙には、出目によって誰の記憶を引き継ぐことができるのかが書かれている。

 

 アインシュタイン、ベートーヴェン、ダ・ヴィンチ…。

 有名な偉人の名前ばかりが並んでいるので、基本的にはどの目が当たっても大当たりのようだ。


 一つひとつの目を確認していき、どれが当たっても面白そうだと思いながら100番目の名前を見ると、全く知らない人物の名前だった。


「ねえ、この『 』って誰のことなの?」


「書かれている人に対する詳しいことはお話できません」


 なるほどね。話せないってことはおおよそ過去にこの数字を当ててしまった人の名前で、当てると次は私の名前が入るってところでしょう。

 つまらない生活を送ってる私の記憶なんてもらっても誰も嬉しくないだろうし、この目だけは出したくないわね。


「まあいいわ。注意事項とかはあるの?」


「いいえ、何もありません。ただこのルーレットを回すだけです」


 注意事項もないってことは、やっぱり大したことはなさそうだし、とりあえず回してみよう。


 スタッフから手渡されたボールを回り始めたルーレットの盤へ投入する。

 何もない部屋にカラカラと盤の上をボールが回る音だけが響き、なんとも言えない緊張感が走る。

 手を出すつもりはないけれど、ギャンブルをする時の緊張感はこんな感じなのだろう。


 徐々にボールの動きが遅くなっていき、42番の穴で止まった。

 この目は…アンデルセン。変な人だったらどうしようかと思っていたので、知っている人が当たって普通に嬉しい。


「おお!アンデルセン!やっと彼と再会できる」


「再会…どういうこと…?うっ!頭が…っ!!」


 突然、私の頭に激痛が走る。

 それも風邪や寝不足の時の頭痛の比ではない。

 頭の中をこねくり回されるような、挟まれているような…とにかく痛い…!!

 

「あああぁぁっっっ!!」


 叫びと共に、私の意識はぷつんと切れた。


 *


「全く…君はこの悪趣味ルーレットをまだやっていたのか」


 床に寝そべっていた身体を起こすと今回は日本人の女性になっていた。

 前回は屈強な男性だったので、まだ普通の体格で助かったというか、なんというか。


「悪趣味だなんて酷いですよ。こうしてまた貴方に会うことができる素晴らしいルーレットじゃないですか!」


 このルーレットは前世の記憶が手に入るなんて生優しいものではない。

 当たった目の人間の記憶が上書きされる、『前世のルーレット』だ。


 目の前で嬉しそうな表情を浮かべるこの人間、メグルが開発したもので、このルーレットで目が当たってしまう度に私たちは叩き起こされてしまう。


「そもそも、明らかに怪しいのに警戒もせず興味本位で回す愚かな人間が悪いんですよ。断る人間に無理強いする気はないです。もっとも、断られたことはないんですけどね」

 

「全く…いつ起こされてもメグルは変わらないな。で、今は誰がいるんだい?」


「なんとですね!あの太宰治とマタ・ハリ、マリー・アントワネットが揃ったんですよ!面白そうでしょう?」


 この身体の持ち主に申し訳ない気持ちがありつつも、交わることのなかった面々が出会ってしまうことで起こる化学反応が面白そうと思ってしまうのが悔しい。

 その辺りはメグルと同じ気持ちなのだ。


 この身体の持ち主…彼女が次こそこの怪しい男に引っかからず平穏な生活が送れますように。

 何もないこの部屋でそんな祈りを捧げ、私は部屋を後にした。

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