17.回復ポーションを作ろう

 翌日。昼食後に早速薬作りの準備を開始する。

 窓を開け、マジックバッグから『外出先で使える調薬基本セット』を取り出す。


 セット内容はすり鉢とすり棒と薬ベラ、漉し器、携帯薬釜、携帯魔法コンロ。

 コンロには火魔石をはめておく。



 今日作るのは回復ポーション。

 薬師が一番初めにマスターすべき薬であり、最も需要が高い薬でもある。


 材料は薬草と水のみ。今回は昨日薬屋で買った薬草と、水魔石から出る水を使う。


 教会では三大聖女に認められる品質の回復ポーションを作れるようになってようやく、他の薬の作り方を教えてもらうことができる。


 この段階で調薬を学んでいくのは難しいと判断されれば、薬学以外の仕事を中心に覚えることになる。


 ちなみに次の三大聖女として指名された者に逃げ道などない。

 私はシシア、サーフラと共に先代の三大聖女にバッチリと扱しごかれた。そのおかげで回復ポーション以外も基礎的な薬は一通り作れる。


 思いがけぬところで身につけた技術が役立つものである。

 小遣い稼ぎと暇つぶし目的なところが申し訳なくもあるが、嫁入りは国のためでもあるので許してほしい。



 まず水魔石を薬釜に入れ、コンコンと指で軽く叩く。

 じんわりと水が出てくるので、薬釜の半分を少し超えたあたりまで溜まるのを待つ。初め同様、コンコンと軽く叩くと水が止まる。引き上げてタオルで魔石に残った水気を拭う。


 ちゃんと魔石保管専用ケースにしまうのも忘れない。

 忘れると何かの拍子に衝撃が加わった水魔石がバッグの中を水で満たしてしまうのだ。聖女見習い・神官見習いは数人に一人、このミスをする。


 ちなみに私も聖女になったばかりの頃、ケースの蓋がしっかりと閉まっていない状態でバッグに入れてしまい、大慌てしたことがある。


 先輩達はよくあることだと笑いながら、一緒になって私の荷物を乾かしてくれた。翌年以降は私も乾かす側に回って……。


 思えば風魔法を覚えたのはそれがきっかけだった。いい思い出である。



 携帯魔法コンロの上に薬釜をセット。火をつけ、沸騰直前まで待つ。その間に薬草をすり潰しておく。


 力を入れすぎないことと、数回に分けて薬草を投入するのがポイント。

 また気にしすぎないことも大事だ。


 若干葉っぱや繊維が残っていても、最後は漉してしまうので完全にすり潰す必要はない。

 といってもある程度はしっかり潰さないと薬効が下がってしまうのだが。このあたりの塩梅は慣れるしかない。


 すり潰した薬草は薬釜に投入。すり鉢の間に挟まった薬草も大事なので、何度かすり鉢にお湯を注ぎながら余すところなく使っていく。


 この動作に「貧乏臭い」と眉を顰める者もいるが、素人の感想は全て無視していい。

 外部の声よりも効果の高い薬。質を安定させられる方法があるなら実践すべきだ。



 ヘラでかき混ぜながら、貧乏臭い発言の張本人である元婚約者と妹を思い出す。

 あのまま婚約を結んだとして、ロジータに王子妃が務まるとも思えない。


 あの子は我儘で、強制されることと勉強が何よりも嫌いだった。

 当事者は誰一人としてろくに考えていないのだろうが、大事なのは子を成すことよりもその後。


 特に重要なのは、王位を継ぐ人物がハイド王子ではなくユーリス王子であるということ。子供が一人しかいなかった先王の時代とは話が変わってくる。


 またハイド王子の場合は愛人の子供である。

 今は大した仕事もしない三大聖女とその妹を取り替えたくらいの認識でしかないのかもしれない。だが冷静に考えれば『王が愛人に産ませた子供』が『婚約者以外の娘』を孕ませたのだ。


 ロジータの身分は当時の愛人よりも高いとはいえ、ハイド王子が婚約者以外の女性に手を出したことには違いない。


 彼の行いは父である国王の過ちと似たようなもの。彼らの子供の代で再び繰り返されてもおかしくはない。



 二度あることは三度ある。

 だが一度目を起こす前から大問題になると分かりきっていたことを、そう何度も繰り返さないでほしい。王族相手とはいえ、いい加減学べと言いたくなる。


「ロジータ達がどうなろうと自業自得だけど、王妃様とユーリス王子が困るような結果にだけはなってほしくないなぁ」


 王妃様はもちろん、ユーリス王子は立派な方だ。

 父を反面教師にしつつ、祖父と母の背中を見て育ってきた。義姉になるからと私にも気遣ってくれる優しさまである。


 次期国王としては少し優しすぎるくらいだが、そこも彼のいいところだ。

 彼ならきっと、私がいなくなった後も教会のことを気にかけてくれるはず。


「薬の調合みたいに邪魔なものだけ取り除ければ一番なんだけど、現実はそう甘くないもんね」


 煮立った薬を軽く冷まし、漉しながら瓶に入れていく。

 回復ポーションを作るのは数か月ぶりだが、我ながら透明度の高いものができた。これなら薬屋で買い取ってもらえるはずだ。蓋はせず、ここからさらに冷ます。


 机の上に並んだ瓶を見ながら考えるのは次回の外出のこと。また美味しいものと巡り会えるといいのだが……。



 いや、その前に買ってきたおやつを食べねば。

 美味しかったらまた同じものを買って。


 せっかくビストニア王国にいるのだ。見知らぬお菓子や現地ならではのご飯も開拓していきたい。


 ゆるゆるとした表情で、今日のおやつとその先の食事に思いを馳はせるのだった。


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