16.意外とバレないものである

 毒を盛られた時や深い傷を負った時、まずすべきは解毒剤や回復ポーションを飲むこと。

 液体であれば傷口にかけるのも効果的だ。薬を塗るのはある程度症状が落ち着いてから。


 なのでマジックバッグに入っている薬類は液体や錠剤、粉末が多い。

 これらは薬箱に入っているが、塗り薬はほとんどない。


 今後も増やす予定はないのだが、持っていれば後で使うかもしれない。あまり嵩張るものでもないので、この機会に買っておこうと思ったのだ。


「そうか。ちょっと待ってな」

 店主はよいしょっと腰を上げ、店の奥に下がっていった。


 彼が戻ってくるまでの間、店に並んだ薬を眺める。

 種類の多さはもちろんだが、同じ薬でも作り手や容器がバラバラだ。その分、効果などが記入されているとはいえ、薬屋で扱う商品はある程度統一しておくのが一般的だ。


「なんか気になるものでもあったか?」

「並んでいる薬、同じ薬でも全然違いますね」

「ああ、作り手が違うからな。各地から売りに来るから瓶も使っている素材も全然違うんだよ。だがどれも値段以上だぞ。わざわざ薬を買うためだけに城下町に来る客も多い。だからうちは門の近くに店を構えてるんだ」

「ああ、それで……」

「見たいものがあったら声をかけてくれ。一応踏み台は用意してあるが、嬢ちゃんの背だと天井から吊してあるものなんかはちゃんと見えないだろ。言ってくれれば取るぞ」

「ありがとうございます。その時は遠慮なく声をかけさせてもらいます。ところで私が薬を持ち込んだら買い取りってしてもらえますか?」


 私の調薬技術はサーフラの足下にも及ばない。だが簡単な薬であればある程度上質のものが作れる。ちょうどいい稼ぎになるかもしれない。


 なにより、調薬には時間がかかるので暇が潰つぶせる。

 いざという時の逃走資金が稼げて、食べ歩き代も稼げて、暇も潰せるなんて。今の私にとってこれ以上素晴らしいことはない。


「店に並べてもいいと思える品ならな。いい品、期待しているぞ」

「帰ったら親戚と相談してみます」

「ああ、それがいい。で、ケースはどうする?」


 店主が奥から持ってきてくれたケースの中に、教会で使っていたものと同じものがあった。目の前に並べられたケースの中では最も小さい。


 だが大量に作ったはいいが、使わずに劣化させてしまっては意味がない。使い慣れたものが一番だと、それを指差す。


「これを十個お願いします」

「薬草は?」

「五束で」

「あいよ」


 商品を受け取り、マジックバッグに入れる。カランカランと軽い音と共に店を出た。思いがけぬ出会いと買い物ができて満足だ。


「さて、帰ろう」


 茂みに進み、人目がないか確認する。

 マジックバッグから隠密ローブを取り出して、頭からすっぽりと被った。行きと同様に風魔法で足場を作り、その上に座る。ある程度の高さまで飛んだら風の流れに身を任すだけ。


 上空からは城下町で過ごす人達も城で働く人達もよく見える。

 だが誰一人として私に気づく様子はない。開けっぱなしの窓から戻り、バレないうちに元の服に着替える。


 楽しかったなぁとしばらく外を眺めていると、ドアがノックされた。


「夕食の時間よ」

「野菜が溶けてるけど、人間にはピッタリよね」

「これは皮までしっかり食べることね」



 具材が少なく見えるが、スープに溶け出しているだけ。

 このフルーツは皮まで食べられる、といったところか。


 毒が……なんて心配していた頃は言葉の裏側まで考えてしまったが、今では優しさしか感じない。


 ぺこりと頭を下げてから、スプーンを手に取る。彼女達はそれを合図に部屋から出て行ってくれる。


 匂いで外出したのがバレるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、気づかれなかったようだ。帰るまでの道中でかなり匂いが飛んでいたのだろう。



『時間にさえ気をつければ、今後も外出がバレないかもしれない』



 人質とは思えぬ発想が私の脳内でふわふわと広がっていく。

 放置気味の冷遇(?)生活がこんなに素晴らしいものとは思わなかった。


 食べかけパンを取り出し、代わりに夕食で出されたパンを紙袋に入れる。


 これは明日以降のおやつにしよう。マジックバッグに入れておけば美味しく食べられる。だがさすがにパン以外は難しい。


 城下町で食べ歩きをしたせいで、夕食を食べきるのには少し苦労した。

 だがせっかく作ってくれたものを残すわけにはいかない。夕食前に買い食いした私が悪いのだ。


 今度行く時はもう少し自重しようと決め、果物を皮ごと頬張った。


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