15.ぽつんと建っている薬屋

 とりあえず先ほどの串焼き屋に戻り、お礼も兼ねて串焼きを一本購入する。大きな牛肉が串ギリギリまで刺してある。


 ちなみにこれは二番目に小さいサイズ。

 大きいものだと私の腕ほどの大きさの肉が刺さっている。先ほど魔物を持ち込んでいた獣人のように身体の大きい人が食べる用なのだろう。


 一方で小さな串に一口サイズの肉が二、三個だけ刺してあるものも。


 獣人という種族間でも体格差があるからだろう。

 この店限定のサービスなのか、はたまたビストニア王国では当たり前のサービスなのか。是非とも味と一緒に確かめねばならない。


 串を横に持ち、豪快に肉を引き抜くように食べる。


 社交界なら間違いなく眉を顰められる行為だが、ここはビストニア王国の城下町。

 食べ歩きをしている人は私だけではなく、大通りに出てくるとほとんどの人が何かしら食べ物を持っていた。道のど真ん中で立ち止まる人もいるほどだ。皆が好き好きに食べている。


 私もビストニア国民を見習って、串焼きの味を堪能することにしよう。


 もぐもぐと口を動かしながら向かうのは、先ほど教えてもらったばかりのパン屋である。思いの外近かったので、牛串を食べきるまでその辺りをぷらぷらと歩く。


 西側から歩いてくる人が多いが、あちらに屋台があるのだろうか。大きな門もある。とりあえず門を目印にして歩いてみよう。


 串焼きを食べ終わるとすぐに手の中の食べ物をバゲットに変更し、食べ物に惹かれるように西門を目指して進んでいく。



「わぁ!」

 歩いてきた道にも多くの店が立ち並んでいたが、こちらは段違いだ。


 料理以外も野菜や果物、本に骨董品と多くの商品が並んでいる。

 ざっくり食べ物とそれ以外のエリアとで分けてあるものの、食べ物だけでもかなりの種類がある。半分ほどまで食べたバゲットを一旦紙袋に入れ、マジックバッグに入れる。


 夕食を控えているのでこれ以上食べ歩きをするつもりはないが、何か部屋に持って帰れるものはないか。


 保存が利きそうなものは……と店と店の間を歩き、お菓子類を中心に買い漁る。


 食事のデザートとして果物などは付けてくれるが、さすがにおやつはないのだ。文句を言う気は毛頭ないが、ちょうどお菓子が恋しいと思っていた。



 次はいつ城の外に出られるか分からない。

 マジックバッグ内では時間の経過が緩やかだからと自分に言い訳をして、いくつもの店の紙袋をマジックバッグに入れていく。


 こうなると先ほどの店でもパンをもう少し買うべきだったのではないかという気がしてくる。だがパン屋まで引き返すとなると、かなり時間のロスだ。


 城まで戻るためには、そこからさらに戻って初めの路地裏に引き返す必要がある。

 だがここからなら少し歩けば茂みがある。身を隠すにはちょうどよさそうだ。


「パンは今度来られた時の楽しみにしよう」

 もっと食べたいが、パンなら城でも出してもらえる。


 食欲に惑わされ、夕食に間に合わなかったなんてことになったら目も当てられない。脱走したことがバレないうちに戻らなければ。


 心を鬼にして屋台から目を背け、茂みの方へと向かう。


 屋台エリアを抜けてから少し歩くと、茂みの近くにぽつんと小屋が建っているのが見えた。

 よく見れば看板も出ている。薬屋のようだ。


 なぜ城下町の端っこでひっそりと店を構えているのか。普通に歩いていたら見逃しそうだ。


「時間は……まだ大丈夫そう」

 門のすぐ側に設置された大時計で時間を確認する。長居をしなければ夕食に間に合うはずだ。


 ドアを開けるとカランカランと鈴の音がする。

 店内を見渡せば、外観からは予想が付かないほどビッシリと薬や材料が並んでいる。


 材料の質が高い。保存状況も完璧だ。

 ビストニア王国王都付近では採取できない素材も大量に置かれている。


 価格帯はやや高めだが、この質が常に担保されるとなれば相応の額だ。軽く見ただけでも薬屋として非常に優れていることが分かる。


 城下町の一等地に建っていてもおかしくはない。

 なぜ城下町の端、それも隠れるように建てられているのか。ますます疑問が深まっていく。



「いらっしゃい。見ない顔だな」

 商品を見ていると、奥からウサギ獣人がやってきた。

 彼がこの店の店主のようだ。ほのかに薬の香りがする。調薬を行う者特有の、落ち着く香りだ。


「実は今日、初めて城下町に来まして。近くの屋台を見て歩いていたら、たまたまこのお店を見つけたんです」

「なるほどな。それでお目当てはなんだ?」

「えっと、薬草を」


 店主に声をかけられて何も買わないのも……と思い、定番の素材を口にする。

 マジックバッグの中にも大量の材料があるが、薬草は大抵の薬の基礎となる。あって困るということはない。良質ならなおよし。


「嬢ちゃん、薬師か?」

「いえ、私ではなく親戚が薬師なんです。良質な薬草を見かけたら買ってこいって言われていて。あと塗り薬を入れるケースがいくつか欲しいです」


 ケースの使い道は決まっていない。薬草を、と言った後に、そういえばほとんど手持ちにないなと思い出したのである。

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