14. あなたが最近食べた料理の中で最も美味しかったものは?

「早く慣れないと」

 小さく呟いた。そして自分と近い背丈の獣人を見習って、大きな荷物を持った獣人にぶつからないように気をつけながらドアをくぐる。


 店の中は思ったよりも混んでいるが、買い取り用の部屋はかなりの数が用意されている。一応整理番号の札はもらったが、待機所の椅子に腰掛けてわりとすぐに番号が呼ばれた。


 個室に入ると、銀縁の眼鏡をかけた鳥獣人が待っていた。

 同じ鳥獣人でもメイド達とは違う。頭部にぴょこんと耳のようなものが立っている。


「本日は何をお売りいただけるのでしょうか?」

 店員は手袋をはめた左手で眼鏡のツルの部分をクイクイッと上げる。


「宝飾品です。もらい物なのですが、使い道がないので換金できればと思いまして」


 話しながら、マジックバッグからアクセサリーボックスを取り出す。

 そこから実家を出る際に持ってきた宝飾品を一つ一つ取り出し、机の上に並べていく。全部で八個ある。彼は失礼、と断ってからそのうちの一つをすくい上げ、丁寧に見ていく。


「なるほど。ギィランガの宝飾品ですか」

「分かるんですか?」

「まぁ大体は。見た目はともかく、付いている宝石は立派ですから。解体して売れるんですよ」

「じゃあ結構なお値段になりますかね〜」

「そうですね。保管状態もかなりいいみたいですし……このくらいでいかがでしょうか」


 計算機をパチパチと弾いて導き出された数字は、私の見立てよりも少しばかり低い。


 ギィランガ王国の貴族だと悟られないように『もらい物』と言ったのが悪かったかもしれない。


 価値を知らない相手だと思われればその分買い叩かれる。商売をする上での常識である。

 だがあまりがっついてもいけない。焦りは禁物だ。


「もう少し増えませんか?」

「解体やリメイクの費用がかかりますからね〜」

「そこをなんとか! 最近越してきたばかりなので何かと入り用なんですよ。知り合いに聞いたんですけど、この青い石とか高価なものなんでしょう?」

 もらい物であるという設定を守りつつ、値上げ交渉を試みる。

「えっと、石の名前、なんでしたっけ? ええっと」

「……分かりました。もう少しお値段乗せさせていただきます。ただし」

「ただし?」

「あなたが最近食べた料理の中で最も美味しかったものを教えてください」

「美味しかったもの……ですか?」

「なんでもいいです。お答えできないようでしたら初めに提示したお値段のままで」


 なぜ美味しい料理なんて聞くのかは謎だが、買い取り金額を上げてもらえるチャンスを無駄にはしたくない。


 この三か月で気に入った食べ物の名前を口にする。


「パンです!」

「パン?」

「ビストニアのパンってギィランガと全然違うんですね。ふんわりしていてパクパク食べちゃいます」


 来賓として訪れた際にも食べたことがあるが、お客さん用ではなく毎日のように食べているものだったのかと驚いたものだ。


 使っている小麦からまるで違う。木の実が入っている日と入っていない日があり、パンの種類も様々。


 もし明日の朝食がパン一つだけだったとしても文句が出ないほどに美味しいのだ。

 人質とは思えないほどにいい食事を与えてもらっている。


 思い出しただけで涎が出てきた。今すぐにでもかぶりつきたい。


「ギィランガのパンはどんなパンなのですか?」

「種類はいくつかありますが、大体は硬いですね。美味しさよりも保存性に重きを置いていて、ちょっとパサパサしています。その分、少量でもお腹に溜まるので、少し長めの旅に出る際もパンと水さえ確保しておけばどうにかなります」


 美味しくはないという最大の欠点はあるものの、ギィランガ王国の人間なら子供の頃から食べ慣れている。身分関係なく、文句を言わずにかじりつくのみ。


 また保存という面ではかなり優秀だ。食糧支援の際にも用意しやすく持ち運びも楽。

 なんなら材料だけ持っていって現地で焼くという手もある。これに干し肉やドライフルーツなどを付ければどこの領でも大喜びである。


「なるほど。ちなみに私のお気に入りのパンは、大通り沿いの赤い屋根の店で売っているバゲットです。バゲットとしてはやや小さめ、両手を横に並べたくらいの長さで、食べ歩きにも優れているので、是非一度食べてみてください。……と、こちらがお支払いになります」

「ありがとうございます」


 結局パン情報を共有しただけで終わってしまったが、差し出された金額は確かに最初に提示された額よりも多い。


 もしや増やした分の金でバゲットを買えということなのだろうか。

 クールな表情からは全く意図が読み取れない。ぺこりと頭を下げてから買い取り店を後にした。


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