13.城下町には誘惑が多い

 かなりゆっくりと進んだが、城下町に着くまで四半刻とかからなかった。


 上空から見ただけでも、城にいた頃では気づかなかった発見がある。


 過去、私が出会った獣人のほとんどが大柄な男性、もしくは鳥獣人であった。けれど町には小柄の獣人達が多くいるのである。


 子供なのか、小柄な種族なのか。上空からでは判断ができないのだが、私が知らない種族もたくさんいるかもしれないと分かっただけでも大きな収穫である。


 路地裏で降り、脱いだ隠密ローブをマジックバッグに手早くしまう。ワンピースの皺を軽く手で伸ばし、そのまま大通りへと足を進めていく。


 ビストニア王国の城下町に来るのは初めてだ。今までの訪問は全て王子の付き添い。ギィランガ王国を代表してのものだった。城の外に出られるはずもない。


 今は人質とはいえ、貴族や王族といったレッテルを剥がせば身軽なものだ。

 といってもなくなったのは散策に邪魔な立場だけではない。財布も軽くなっている。


 手元にもお金はあるが、それだけでは些か心許ない。

 今のうちに実家から持ち出した宝飾品を換金してしまいたい。近くに宝飾店、いや買い取りを行っている店があればいいのだが。



 店を探しながら、私と同じくらいかそれよりも背丈の低い獣人の観察も行う。

 じいっと見ては失礼なので、あくまでもすれ違いざまに確認する程度。それに共に歩く人や話し方に注目するだけでもかなりの情報が得られる。


「ままぁ、あたし、あれ食べたい」

「今日の売上はいまいちだな。子供の誕生日ケーキ分、頑張って稼がないと」


 前者は丸い耳と尻尾を持つ獣人。

 おそらくクマ獣人だ。私よりもやや背が高めだが、服装や話し方、顔つきにあどけなさが見える。かなり大柄の母親の腕に掴まり、おやつをねだっているところも『子供』らしさを感じさせる。


 一方で後者、紐のように細長い尻尾を持つ彼はネズミ獣人だろう。

 人間の子供ほどの背丈ほどしかないが、その顔に幼さは見えない。また会話から子供がいることが窺える。提げている仕事道具も使い込まれており、その道に携わって長いのだろうと予測が付く。


 また同じ尻尾を持つ獣人が彼のすぐ横を走り去っていったのだが、その子は彼よりも頭二個分背が低かった。


 他の人達の様子も見たが、私が上空から見かけた『小柄の獣人』はやはり子供と小柄な種族の両方であったことが分かる。


 少し考えれば分かることではあるのだが、想像や予測でしかないものと実際この目で見て得た情報とでは大きな差がある。


 それに新情報は獣人という種族の体格差だけではない。正直、体格よりももっと重要な情報が目の前をちらついていた。


 むしろこちらから少しでも気を逸らすために、道行く人に注目していたと言っても過言ではない。



「さすがビストニア。料理を出す店が多い……」


 上空からでは感じることのできなかった美味しそうな香りが鼻をくすぐるのである。

 調理済みの料理を売っている店も多いが、その場で作って提供している店も多い。視覚と嗅覚、聴覚に『美味さ』を訴えかけてくるのである。


 今は手持ちが少ないこともあって堪えてはいるが、私の自制心は揺れに揺れている。


「なんだ、お嬢ちゃん。この町は初めてかい?」

 声をかけてきたのは串くし焼やき屋の店主。匂いに釣られるように近寄っていく。


「はい。最近この国に越してきたばかりで。あの、この辺りに買い取りをしてくれる店ってありますか?」

「金を作りに来たってことか。それならここの通りを右に曲がったところにあるよ。そこなら大体のものを買い取ってくれるし、ダメなら別のところを案内してくれるから。まずはそこに行ってみるといい」

「ありがとうございます。後で買いに来ますね」

「ああ。待ってるよ」


 ひらひらと手を振って、通り沿いを歩く。


 教えてもらった店は想像以上の大きさだった。

 店自体もだが、入り口が一つだけドンッと開いている。まるで大きな口のよう。身体の大きな獣人にも配慮されている。店の看板を見上げていると、大型の魔物を担いだ獣人が横切っていった。


 どうやら身体の大きさのみに配慮しているのではないようだ。自分の身体よりもやや小さな魔物を一人で担ぐなんて、人間ではまず無理だ。力持ちの獣人が住むビストニア王国らしい光景だ。


 また魔物を丸々持ち込むのも珍しいことではないようで、入り口付近で突っ立っている間に魔物を担いだ獣人が数人通過していった。だが驚いているのは私だけ。この国では日常の一コマらしい。



 私と同じくらいの背丈の獣人ですら背中に魔物を担いでいる。

 もちろんそれ以外の買い取りも多いのだろうが、どうしてもギィランガ王国では絶対にお目にかかることはなかった光景に目がいってしまう。


 だがずっと驚いてもいられない。

 私はこれからビストニア王国で暮らしていくのだから。


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